九条沙姫3
新しいクラス。
初めの席順は、名前順だったので彼女の席は割と近かった。
俺が、前から二番目。
彼女――九条は、斜め後ろ。
「よう」
同じ学校からの入学は、彼女だけだった。
「また一緒だな。よろしく頼むぜ」
少し緊張しながら、話しかけた。
「?」
カバーをかけた文庫本に目を通していた九条は顔を上げて――きょとんと。見つめ返してきた。その形のいい眉を、ひそめてくる。
「……誰、あなた?」
感情の乗らない声で、そう言った。
言われてしまった。
「うええっ?」
思わず、声が出た。
……いや、ちょっと。
ひどくねえ? 三年生の時同じクラスだったのに。全然、覚えていてくれなかったのかよ。
「ははっ」
俺がちょっとショックを受けていると、後ろから笑い声が聞こえた。
振り返ると、ひとりの男子が肩を震わせている。
「入学早々、ナンパとはね。しかも、撃沈かよ」
「初対面で、失礼な奴だな」
むっとする。
「中学ん時の同級生だよ。一緒のクラスになったから、挨拶しただけだ」
「……ごめん」
あんまりすまなそうな声でなくて、九条。
「覚えてなかった。わたし、あんまり周りに興味なかったし」
実も蓋もないお言葉。
「マジ、ひでえ」
呻く、俺。
まあ、確かにそこまで接点はなかったけどさ。少しくらい、会話したこともあったじゃないか。それとも、俺が自意識過剰だったかな。
どちらにしても、恥ずかしい状況であることに変わりなかった。
「名前、なに?」
「あん?」
「今度は覚えるよ」
「……城阪だよ。城阪藤二」
改めて紹介するのも、微妙な感じだった。
「城阪君ね。うん、覚えたよ。まあ……適当によろしく」
そして、文庫本に視線を戻す。
ぞんざいな対応な気がした。
ちょっとだけ、切なくなった。
「お、おう」
「なあなあ」
何とか言葉を返す俺に――さっきの男子が背中を突いてきた。
「んだよ?」
「俺は、赤池昌介ってんだ。ついでに、よろしくな」
「……はあ?」
「いやあ、俺はこのクラスに知り合い誰もいなくてさ。これも何かの縁だ。仲良くしよーぜ」
俺の不機嫌に構うことなく、にこにこしている奴だった。何だか、肩透かしを食らう。ふむ、悪い奴ではなさそうだ。確かにこれもきっかけと言えばきっかけか。
「まあ、いいけどよ」
「おう、よろしくなー」
軽い調子で、笑う赤池。
まあ、実際。
こいつとは、この先クラスで割と仲良くなるのだった。
こうして、改めて九条と知り合い――俺の高校生活が始まった。
「城阪は、部活はどうするの?」
入学式の次の日。俺と織本は一緒に、部活動巡りをしていた。
「んー、そうだなー」
昨日と今日、道すがらで渡された勧誘用紙の束をパラパラめくる。運動場を抜けると、横目にテニス部の活動光景が見えた。なかなかに活気があった。
「正直、高校では部活入る気あんまりねーんだよな」
赤池は、演劇部に入るらしい。とっとと部室に向かっていった。俺も誘われたのだが、後で気が向いたら行くと言って別れた。気が向くかは、正直わからない。多分、向かない。
「城阪、中学の時はサッカーやってたじゃん?」
「まあな」
割と真面目にやっていた。レギュラーに選ばれたこともあったし、高校でもやってもいいかもしれない。
しかし、どうにもそこまでの熱意もないのだ。
「バイトやってみたいとも思ってるんだ」
進学校の持崎だったら、アルバイトは全面禁止だ。ここの羽月高校なら許可を貰えば、アルバイトができる。昨日のホームルームで担任が言っていた。なので、興味を持った。
「そうかー」
運動場を振り返りなら、織本。
「僕は、運動関係入ろうかな? 中学の時は、文科系で……あんまり活動らしい活動はした記憶ないし」
「文芸部だったよな。そう言えば、何かしてたっけ?」
「名前だけだったからね」
中学の時は、部活動は半強制だった。なので、名前だけで実際はほとんど活動していない部活も少なくないようだった。
「高校は自由でしょ? だからこそ、きちんとやれそうな気がするんだよね」
「まあ、好きにすればいいんじゃん?」
俺は返事を返す。
「たださー、そうすると俺と遊ぶ時間とかはなくなるぜ? 入るんだったら、テキトーはよくねえと思うからな」
俺自身、中学の時。受験で引退する三年一学期までは、練習練習で自由時間はほとんどなかった。まあ、それはそれでやりがいはあったのだが。
「そうか」
織本は顎をさする。
「それはちょっと残念かな。うん、少し考えてみよう」
「そうしろや」
俺は、織本の肩を軽くたたく。
「それに、水無瀬と乳繰りあう時間もなくなるぜ?」
とりあえず、織本の彼女らしい。隣町の女子校に進学した。見た目によらず、結構頭がよかったらしい。
結局、俺達は部活には入らなかった。
放課後はお互いつるんで遊んだり、勉強会をしたりもした。
時には――
「なあ、頼むよー。おまえ、部活やってないだろ?」
「仕方ねえな」
赤池の演劇部を手伝ったりもした。
「ついでに、正式に入ってくれない?」
「それは、断る」
親に条件付きでアルバイトを認めてもらい――学校には保護者の承諾も必要なのだ、週三日ほど働いたりもした。
ちなみにバイト先は、水無瀬の兄さんと一緒だった。
――九条とは、
「おはよう」
「ん、おはよ」
朝には挨拶を交わすくらい。
時折、少し会話をするくらい。
そんな間柄。
まあ、中学時代に比べれば進歩だな。
俺の高校生活は割と順調、そうやって日々は過ぎて行った。
俺は、まだ知らないままだった。
九条がどんな想いを抱えたまま、毎日を生きていたかなんて――知る由もなかったのだ。
彼女の物語を知るのは、まだ少し先のことだ。
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