第弐幕~九条沙姫1
其の伍 城阪藤二
俺の名前は、
あの子の名前は、
その恋は、勘違いから始まった。
いや……恋と言うには、微妙かもしれない。
その時、俺が彼女に抱いた感情は――可愛いでも、愛らしいでもなく、『かっこいい』だったからだ。
およそ、女子に持つ感想ではなかった。
長い黒髪、背は中程度。割と高めの俺からすれば、少し小さく見えたかもしれない。
女子としては平均的だったろう。
なかなかに綺麗な女の子。実際、クラスメイトの何人かが噂しているのを小耳に挟んだこともある。
けれども、浮いた話はきかなかった。
冷たい印象を受け、友達らしい友達もいなかったようだ。恋愛とかにも、興味がなかったのかもしれない。
たまたま聞いた話によると、中学に上がる直前に転校してきて――クラスになじめず、ろくに知り合いもできないまま、中学生になったらしい。
その後も、そのまま孤高を貫いたのだろう。
そんな程度に、思っていた。
無責任にも。
だから、その日まで。
俺にとっても、特段意識することはないクラスメイトに過ぎなかった。
綺麗は綺麗でも、俺の好みでもなかったからだ。
正直俺も、彼女の空気には、近寄りがたかったのだ。
『あんた達、楽しそうだね?』
それは、俺が中学3年生の時。
当時は受験時期で、鬱屈する毎日を過ごしていた。
県内有数の進学校、望崎学園。
何の因果か、気紛れか、その推薦候補枠に選ばれたのが俺こと城阪藤二と、親友であった織本耕介。
ふたりで席を争うことになり――教師や親は背中を押してきた。
耕介はへらへら笑うだけで、漫然と流されている。何もかもが苛立つ。腹が立つ。八つ当たり気味に勉強をしてしまい、下手に結果が出ていくものだから笑えた。いや、笑えなかった。
そんな、ある日のことだった。
その日の授業で、自習の時間。
「――ねえ、しきメールって知ってる?」
クラスの女子のしゃべり声が、聞こえてきた。
少し離れた席。数人の女子が耳に障る甲高い声で、楽しそうに話していた。
しきメール。
当時、話題になっていた都市伝説だった。その手の話題に疎い俺は知らなかったのだが、その女子達が親切に、事細かに話してくれやがった。
自殺を望めば、死姫という存在がやってくる。
優しく、苦しまずに、あの世に連れて行ってくれる。
「毎日毎日、大変だもんねー」
つぶやきながら、携帯電話をもてあそぶ女子。
「あたしもしきメールやっちゃおうかな」
「よしなよー、本当に死姫ちゃんからメール来たらどうするの?」
「あはは、そしたらメル友になっちゃおうかな」
「まったくねえ、楽に殺してくれるなら死にたいわー」
面白半分に盛り上がるその会話に、心がささくれだった。
「毎日毎日、生きてても辛いだけだもんねえ」
「あ、でもさあ。知ってる? となり町で、本当に死んじゃった女の子がいるらしいよ?」
無責任に、楽しそうに。
死ぬとか、死んだとか。
そんな話題が、そんなに楽しいのか。
無性に、腹が立った。
だからって、何か文句を言えるわけでもなかった。
……なあ、おい。笑いながら、そんな表情で交わせる内容かよ?
「……っ」
ただ、歯を食いしばるだけしかできなかった。
その時だった。
俺の横を、誰かが通り過ぎた。
長い黒髪が、翻る。
彼女は、女子達の近くに立つと――会話を途切れさせて、自分を見上げてくる相手に。
殊更に恫喝するわけでもなくて。
静かに、淡々と。
「あんた達、楽しそうだね?」
けれども、
確かに、そう言ったのだった。
鋭く、刺すような。
そんな言葉に、心奪われた。
『死にたいとか、誰かが死んだとか、よくもへらへら笑いながら話せるものだね』
そんな言葉を、迷いなく口にする姿を――かっこいいと思ってしまったのだ。
女子達は不機嫌そうに二言三言を言い返して、彼女が平然としていると、バツが悪そうな顔をして教室を出て行ってしまった。
ざわめくクラス内を無視して、自分の机に向かう。
何事もなかったかのように、自分の勉強に戻る。
その姿が、無性にかっこよかったのだ。
ついさっきの、ここ最近の、自分がとてもみっともなく思えてきた。
言いたいことも言えず、言おうとせず、周囲に不平不満を抱えているだけ。挙句の果てには友人に嫌味を吐いて、また勝手に苛立っているだけ。
情けねえ。
本当に、情けねえ。
――後になって知る。
結局は、勘違い。
九条紗姫という少女は、苦しみ続け、哀しみ続け、だからこそ――俺以上に、女子達の会話が許せなかった。
無責任に、面白半分に生き死にを語ることが許せなかった。
それだけだ。
そこに正義はなく、かっこよさもく、憧れなんて見当違い。
あのクソ野郎に、嘲り笑われた。
それでも、構わない。
実際はどうであれ、その時がきっかけで、俺は行動することになった。その時の感情は、間違いなく俺にとっては正しかった。
自分勝手に恩を感じたところで、悪いことではないはずだ。
それからの行動だって、いまいちかっこつかなくても、どこか笑えても、間違いではなかったはずだ。
手垢の付いたバッドエンド。
後味の悪い結末。
誰も彼もが、救われない。
そんな終わりが正しいなんて、認めるものか。
――これは、俺の初恋の物語。
中学三年生から始まり、一区切りを迎えるのはその一年後。
ジャンルは、何だろうか。
少女漫画では、決してない。
少年漫画でも、多分ない。
ラブコメと言うには空回りすぎて、バトル漫画の爽快感はない。
敢えて言うならば、ホラーだろうか。
俺が首を突っ込んだ怪奇の、胸糞悪い悪意。
それをぶっ飛ばしておきながら、結局は彼女達に結末を任せてしまった、お粗末で中途半端な成りそこないの怪奇ホラー。
――それが、これから始まる物語だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます