第五話 君は……見たのかい?

 校長室で尋問を受けていた。

 間違った返事をすれば、自分の首を絞めることになる。

 ここで有罪判決が出れば、本当に警察を呼ばれる。

 だから俺は、言葉に気を付けて発言をしていた。


「志騎君。これはマジメな質問だよ。もう一度言うから、正直に答えてね」


 校長代理の真剣な表情。

 緊張のあまり、生唾を呑み込んだ。


「志騎君は、あの子のおっぱいを見たのかい?」


「それは……」


 見たと答えれば、覗きを認めたことになる。

 しかし『見ていない』と言えば、それは嘘になる。

 校長代理の前で、下手な嘘は通用しない……。

 つまり俺に残された道は、真実を話すこと。


「信じてください校長代理。俺はわざとあのお風呂場に入った訳ではありません。事故なんです。朝練習を終えてシャワーを浴びようとしたら、偶然女の子が」


「おっぱい。見たんでしょ?」


「それは……」


 確かに見てしまった。

 横乳だったけど……見てしまった。

 長い髪の間から見えた彼女の胸はとてもきれいだった。

 ――って!? 何を思い出しているんだ俺は!!

 これじゃただの変態だ。俺は断じて変態ではない。

 忘れよう。女子の胸のことは一旦忘れよう。


「校長代理。結局俺は有罪なんですか、無罪なんですか?」


「美少女のおっぱい」


「真剣にやってください!! 俺の将来がかかっているんですよ!」


「おっぱい」


 彼がおっぱいと発言するたびにあの胸を思い出してしまう。

 忘れようと思えば思うほど思考が胸でいっぱいになる。

 

「うぐぅ……なんで俺がこんなめに……」


 校長代理の方へと視線を向けると、彼が無邪気な笑顔を浮かべていた。


「女の子の胸ってワードを出すたびに頬を赤らめる志騎君が可愛い! もー初心な志騎君も、きゃわたん!! おっぱいおっぱい! アハハハ、おっ~ぱーい」


 クソッ。完全に俺で遊んでやがるな。

 

「ふざけないでください校長代理。今は仕事中ですよ。水野先輩もいるんですよ」


「――あ、いけないわ。そうね。真剣な場面よね。真剣に行きましょ」


 ゆるふわな笑顔から、厳格な表情へと戻る。

 この人は、生徒の前では威厳のある姿を見せたいらしい。

 しかし時々隙を見せ、今のような姿を見せてしまう。


「さて志騎君、胸の話題はこれで終わり、話を続けましょ」


「えぇええええええ待つであります!! 話は終わりではありません!」


「「え?」」と校長代理と俺が同じように首をかしげた。


 胸の話題はこれで終わりだと思ったが、この部屋にはもう一人の問題児が存在していた。彼女は、布団に巻かれた俺のことをガッシリと掴む。


「後輩君!! 校長代理の質問の答えはどっちなの!? どうなんだい後輩君!! 君は見たでありますか? ハァハァ……あの赤髪の美少女のおっぱいを……ハァハァー……見たのなら、是非とも具体的なサイズとか形とか、なんかもういろいろと教えてくださいであります! ハァ……ハァ……興奮してきた。体が熱いであります」


 発情し始める水野先輩。

 彼女はハァハァ言いながら床の上に倒れ込んだ。

 俺は校長代理へと視線を向ける。


「校長代理。俺は無実です。見ての通り真の変態は水野先輩です」


「そのようね」


「ガチの事件が起きる前に、警察を呼んだ方がいいと思うのですが……」


「一理あるわ。しかし、今現在この学園は経営難。生徒は学園にとっての宝。水野君が物凄い変態であったとしても、彼女が東雲高校機械科霊器専攻の生徒であることに変わりはない。彼女がこの学園の生徒である以上、私は彼女のことを大切にする」


「……確かに……」


 校長代理ならそう言うと思っていた。


「それに、今も昔も、水野君は事件を起こしてはいない。私は彼女のことを信じているわ。水野君は絶対に警察のお世話になるようなことはしない」


 断言はできないと思うのですが……。

 床の上で発情している水野先輩の方へと視線を向けた。

 この人はいつかやる。いつかニュースのトップを飾る。


「まぁまぁ、志騎君、そんな眼でこの子を見ないであげて。今日はお祭りの日よ。楽しく行きましょ。きっと今日がお祭りだから、変態さんも羽目を外したのよ」


 校長代理も水野先輩のことを変態と認めたらしい。

 すると水野先輩がカッと目を見開き、勢いよく立ちあがった。


「それで後輩君!! あの子のおっぱいを見たのかい!?」


 忙しい人だな。しかも声がうるさい。 

 暑苦しい。圧が凄い。鼻息が荒い。


「俺が無実であることを認めてくれたら、真実を教えます」


「うん無実!! 後輩君は何も悪くない!! だから真実を教えて!!」


 チョロすぎだろ……。この人には信念ってものはないのか……。


「ごほんっ。じゃあ、真実を教えます。実のところ、真正面からは見えませんでした。ですが、彼女が髪を洗っている時、髪の間から横乳くらいは少し見えたような気がします。もちろん偶然、事故で見てしまっただけですからね」


「横乳!? あの子の横乳。ハァハァ……よこちよこちちぃいいい!!」


 何を想像したのか、水野先輩ブシャーと鼻血を噴き出して倒れた。

 そんな水野先輩のことを見て校長代理が「愉快な子ね」と笑う。

 笑う前にまずは保健委員か救急車を呼ぼうよ……。

 

「アヘェ~美少女の横乳~もみもみ、もみもみ……幸せ~~~」


 一度は保健委員を呼ぼうと思ったが、幸せそうな表情で倒れる水野先輩を見て『助けを呼ぶ必要ななさそうだな』と思った。この人は実に騒がしい人だな……。

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無能力の《学園最下位》と言われていますが力が暴走すると危険ですので※ご注意ください※ 椎鳴津雲 @Ciina

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