第四話 校長代理の名は――

 連行された俺は、校長室の中心に立たされていた。

 布団でグルグル巻きにされて動きを制限されている。

 寮から校長室へ来るまでの道のり、何人かの生徒にこの惨めな姿を見られてしまった。俺は『また変な視線を向けられるんだろうなー……嫌だなー』と覚悟していた。

 しかし俺の思考とは裏腹に、生徒の目はコチラには向けられなかった。

 おそらく、前日祭の影響だと思われる。

 道行く生徒は『何かの催し物だろう』と思って注目しなかったと思う。

 おかげで蔑みの眼差しを向けられずに済んだので今日と言う日に感謝だ。


 それはそうと――


「……股間がスースーする……」


 制服を着る時間すら与えられなかったので、布団の中はもちろん全裸だ。

 これじゃまるで、全裸でトレンチコートを着た変質者と同じだな……。

 そんな俺の隣には、俺を縛り上げた縄のはしを持つ生徒がいた。


「校長代理! 変態を捕まえてきたであります!! 早急に警察を呼ぶであります!」


 元気のいいこの女性は、前日祭の見回りを担当する警備委員の一人だ。

 名前は知らない。年齢も不明。だけど一つだけ分かることがある。

 上履きの色は赤。つまりこの子は、三年生の先輩だと思われる。

 服を着ているが、この女は間違いなく全裸である俺以上の変態だ。


「水野君、見回りご苦労。君の協力に感謝する。警察はまだ呼ばない」


 威厳のある野太い男性の声。

 俺の眼に前には、けわしい顔つきの校長代理がいた。

 彼は窓際の椅子に座り、デスクに肘を付け、こちらを睨んでいる。

 凄まじい眼力。ただならぬ気配が醸し出されている。

 この男の名前は嘉陽かよう挙玖きょく

 45歳にも関わらず、体はまだ衰えを知らないムキムキボディー。

 筋肉が凄すぎて、彼が着ているスーツは今にもはちきれそうだ。

 しかも校長代理の驚くべき点はもう一つある。

 それが肌の艶々レベル。45歳の男性の肌とは思えない。

 理由は、毎日スキンケアを行っているからだろう。


「水野君。志騎君を警察に突き出す前に、事件現場を見た時の状況を詳しく教えてくれないかしら?」


「はいであります!!」


 この生徒の名前、水野と言うのか。つまりは水野先輩か。

 要注意人物へんたいなので、一応名前だけでも覚えておこう。


「部屋から女性の悲鳴が聞こえたので、部屋のドアを破壊して中に入りました!!」


「え!? ド……ドアを破壊!?」と校長代理が驚きの表情を浮かべる

 ドサッとデスクに両手を付き、勢いよく体を前に突き出した。


「どうしました校長代理? 顔色が悪いようですが」


「え……いや、ドアを破壊したって聞こえたから驚いたの。空耳よね?」


「いいえ、一刻を争う状況だったので、ドアを粉々に破壊しました」


「……あー……本当に壊したのね……」


「ハイであります! 毎日の鍛錬のお陰で力はバッチリであります」


 とほほと悲しい表情を浮かべ、小声で何かを呟き始める。


「……許可なく校内で武器を使用することは校則違反なのだけれど……」


「許可なら得ています! 警備委員には許可が下りています!」


「それはあくまでも身の危険を感じた時、もしくは誰かが傷つくと確信した時でしょ。器物を破損するために使っていいなんて誰も言ってないわよ……」


「そうでありましたか? でも状況が状況だったので、変態の魔の手から生徒を救うために壊したのであります。それに、ドアは買い替えればいいのでは?」


「簡単に言うわね……学生寮のドアって結構高いのよ……」


 俺はこの学園の事情を知っているので、校長代理が落ち込んでいる意味がよく分かる。嘘偽りなく、本当のことを言うと、この学園は『とても貧乏』なのだ。

 他の生徒はこの学園が貧乏であると知らないが、一部の人は知っている。


「話は脱線したけど……水野君、気にせず続けたまえ。それで君は部屋のドアを破壊して中に入り、どんな光景を目の当たりにしたんだい?」


「はい。そしたら部屋には全裸で倒れる男がいました。そして脱衣所の方にはタオルで胸元を隠す女性がいたであります。すぐに状況を理解しました! おそらくこの変態は、無防備なJKのいるお風呂に入り、髪を洗っている最中のその子の胸を背後から揉みしだこうとしたのだと思われます。そして全身をペロペロしたのち、うふふでアハハなエロ漫画的な展開をやろうとした。カッコ確信。女の子が快感と絶頂で無気力になると、彼は女の子を浴槽につけて出汁を取ろうとした」


 前半は推測なのに、後半からはただの決めつけだ。

 もう一度言うが、俺は無実。彼女は発言は事実無根だ。


「美少女の出汁が十分に出ると、彼はお風呂のお湯を飲もうとした!!」


 いや、それはお前な。


「しかし計画の途中で美少女が我に返り、男を撃退したであります!」


「なるほど」


 校長代理も『なるほど』じゃねーだろ。納得しないでくれ。


「男が凶悪な変態であると確信した私は、相手がフルチンで暴れ出す前に行動した。そばの布団を掴み、彼を包み込んで――秘儀、ロープ縛りを炸裂」


「ふーん。でもよくロープなんて持っていたね。普段から持ち歩いているのかい?」


「はいであります! 私、緊縛プレイが大好きなので!!」


「緊縛……プレイ?」


「はい!! 縛られるのが大好きなのであります!」


「なるほど……そういう趣味をお持ちで……」


 要所要所で出てくる水野先輩の変態性。

 校長代理も若干彼女の発言に引いていた。

 気づいてくれ校長代理、本当の変態はこの女だ。

 連行されるべき生徒は、この先輩なんだ。


「水野君の話はだいたい分かったわ。今度は志騎君の言葉を聞きたい。志騎君、水野君が行っていることは全て真実なのか?」


 俺は呆れた表情を浮かべる。


「事実の訳がないでしょ。全部でたらめです。俺はただ――」


「ところで志騎君」


「え?」


 主張の途中で止められた。

 俺の将来がかかっているのに、どうして止めるんだよ。


「君の訊きたいことがあるんだけど」


「なんでしょうか?」


 禍々しい校長代理の視線。恐ろしいほどの重圧。

 こんな真剣な表情をする彼は久しぶりに見た。

 いったいどんな質問を尋ねられるのだろうか?

 彼の表情。見られれば見られるほど緊張する。

 いったい彼は、どんな質問をしてくるのだろうか?


「君は見たのかい?」


「え? 何を……ですか?」


「おっぱい」


「ハァ?」


「おっぱい」


「二回言わなくても聞こえてますよ。……え、なんでおっぱい?」


 恐ろしく険しい表情で何を言うかと思えばそんなことかよ。


「おっぱいは見たのかい?」


 言葉も出ない。実にくだらない質問だ。

 どうして俺の周りには変態しかいないんだ?

 霊器専攻の将来が心配になってくる……。

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