第三話 変態は御用だ御用だ



「そもそもてめぇは、なんでこんな山奥にいやがるんだ?」


 さすがにコイツらもバカではないか。

 そこに気付くとは、素晴らしい観察力だ。


「まさかとは思うが、学園最下位のくそゴミ以下のてめぇが、山の中で修業なんてしてねーよな? 強くなることは郷間様の命令違反だぞ。分かってんのか?」


「修業だけは絶対にない。俺は特訓なんてしていない」


 猿岩石は目を細め、疑いの眼差しを俺の方へと向けた。


「それならいいんだが。もし修業でもしようものなら、俺ら親衛隊はお前を反逆者とみなし、お前のことを全力でつぶすからな。社会的にも人間的にも。忘れるなよ御影志騎、てめぇに自由の二文字はね。学園の最下位。それがお前の役目だ」


「分かってる」


「分かってる? 何が分かってるんだ? 自分の口で言ってみろ」


「俺は学園最下位。皆に蔑まれる存在。修業を行っていはいけない最弱」


「分かってるなら嘘ついてんじゃねーよ!!」


 キレた猿岩石が、全力で俺の頬を殴っる。


「てめぇはこんな山奥で何をしてやがったんだ!? そんなの誰がどう見てもトレーニングだろうが!! 走り回っていたんだろうが!! 汗で分かるんだよ! アホが! 俺ら親衛隊を騙そうったって、通用しねーんだよ最弱クソ野郎!」


 確かにこんな汗で『特訓はしていません』は無理があったか。

 だけど、ここで特訓していたことを認めればさらに面倒なことになる。

 ここは意地でも嘘を吐き、自分の嘘を最後まで貫き通そう。


「確かに俺は走り回っていた。だけどそれはトレーニングが目的ではない。走り回っていた目的は


山菜採りだ。あ」


「……ハァ? さんさん・」


「そうだ。山菜採り。俺は走り回り、ここで山菜を探していた」


「……ハァ? ……え? ハァ?」


 めちゃくちゃ疑ってきているが、怯むことはない。


「今月は生活がピンチなんだ。食費代が無くなりかけている。今夜の晩ご飯をどうするか考えた結果、校舎裏の山菜を採ろうという結論に至った。だけど校舎の近くに生えていた山菜は全て採られていたので、仕方なく校舎から結構離れた山奥まで来た」


「そ、そんなウソに騙される訳ないだろ!!」


 ――とその時、運よく俺のお腹がグーとなった。

 レーニング前は直食を食べないので鳴ったのだ。

 ベストタイミング。俺のお腹グッドジョブ。


「御影志騎、お前は本当に生活がピンチなのか?」


「ああ、昨日から何も食べていない」


 まぁ、嘘なんだけどね。

 昨晩は普通にスパゲッティを食べた。

 アルデンテの麺とミートソースが美味しかった。


「そうか。山菜採りか。それならこんな山奥にいても変ではないな。まぁ、いい。今回は見逃してやるが、次はないと思え」


 どうやら助かったようだ。


「だけど忘れるな御影志騎、お前はブラックリストの一人なんだからな。てめぇに自由はない。郷間様のルールに逆らったら容赦なくお前を殺す。お前が右を向いても、100人が左を向けば事実は隠される。それ忘れるなよクソ野郎」


 彼は言葉は遠回しに「いつでもお前を殺せる」と言っているように聞こえた。


「いくぞ猿滑、もうここに用はねぇー。校舎のどこかに反逆の意志を持つ者がいるかもしれない。さっさと取り締まって反逆者をボコろうぜ」


「あいよ猿岩石さん!!」


 猿滑が拘束を解き、俺を解放した。

 すると二人は、スッと校舎の方へと消えていく。


「……」


 二人の気配が完全に消えたことを確認し――俺はその場に倒れ込んだ。


「あーほんと……面倒くさい連中だよな。暇人過ぎるだろ……」


 二年生全員とは言わないが、大半の生徒は郷間ウェイチェルと呼ばれる生徒に支配されている。少しでも反逆の意志を口に出すと、ああやって面倒な連中がやってくる。地獄耳なのか、学園中に盗聴器があるのか、どちらにしろクソだな。


 誰かを倒したいという思うことはセーフ。

 なのに郷間を倒したいという思うことはアウト。

 誰かを越えたいと思うことはセーフ。

 なのに郷間を越えたいと思うことはアウト。

 誰かと戦いたいと思うことはセーフ。

 なのに郷間と戦いたいと思うことはアイト。


 もう意味が分からない。

 郷間ウェイチェルが本当に強い生徒なら、全員の挑戦を受けろよ。

 裏から学園を支配するとか、俺からすれば下の下。陰湿極まりない。

 確かにヤツはカリスマだ。親は政治家で、かなりの権力者。

 アイツ自身も恵まれた霊魂鉄器の持ち主だし、女子のモテる。

 しかも勉強もできて、リーダーの素質が……多分ある。

 だけど俺は彼があまり好きではない。

 なぜならヤツの強さは、偽りの強さだからだ。

 バトルスタイルは武器に頼っているだけ。

 心と体はまだまだ未熟だ。

 未熟であるにも関わらず、彼は努力をしようとしない。


「……まぁ……負け犬の遠吠えだよな」


 弱者の妬みにしか聞こえない。

 人を評価していい人間は、強いヤツだけだ。

 だから俺は強くなってこの学園を変えたい。

 長い物には巻かれろと思っている生徒の目を覚ましたい。

 本当の強さとは何か、多くの生徒に気づいてもらいたい。

 だから俺はこの学園を根底から覆したい。


「……って、デカい夢だよな」

 

 学園を変える? 根底から覆す?

 口では簡単に言える。だけど、俺にそれができるとは思えない。 

 なぜなら俺はイレギュラーだからだ。学校で全てを奪われた以前に、そもそも俺にはこの学園の99・8%が持ってるあるモノが存在していないのだ。


 それが――


「霊魂鉄器」


 霊器専攻に通う生徒でありながら、俺は唯一武器を持たない生徒なのだ。 








ドンドンドンと部屋のドアを強く叩く音が耳に届く。

 

「今の悲鳴はなんでありますか!! 中にいる人は大丈夫ですか!」


 廊下の方から女性の声が聞こえた。

 

「ヤッバ!?」


 最悪の展開だ。

 女性の悲鳴を誰かに聞かれてしまった。

 これはとんでもなく厄介な状況……。


「落ち着こう。冷静になれ」


 まず、全裸はアウト。つまり制服を着ることが最優先。

 洗濯籠へと手を伸ばすが――入っていたのは汗まみれの制服。

 それを着るか否かを悩んでいると、風呂場からあの子が出てくる。


「廊下の人! 助けてください!! この人は変態です!」


「お、おいお前!? 何言ってんだ!? 話をややこしくするな!」


 謎の赤髪の女性と目が合う。

 彼女は自分の胸元をバスタオルで隠し、こちらを睨んでいた。

 しかも人差し指で下瞼を引っ張り、あっかんべーのポーズ。

 俺は無実なのに……。俺は本当に本当に何もしていないのに……。


「変態ですと!? それは大変でありますな! 部屋に変態がいるなら、すぐにでも君を助けなきゃいけないであります! いま、助けるでありますずうう!」


 その声が聞こえた瞬間――

 ドフォォオオオオオオオオオオオオオオオ!

 部屋のドアが跡形もなく吹き飛んだ。


「!?!?」


 部屋の中に吹き荒れた風圧。ドアを壊されて困惑する俺。

 ドアが一枚いくらすると思ってんだ。煎餅じゃねーんだぞ。


「変態は御用だ御用だ!」


 出入口に立っていたのは、制服を着た女子生徒。

 黒髪のショートヘアー。目元はキリッとしていた。

 彼女の左手にはトンファーが握られている。

 アレでドアを破壊したのか。なかなかの威力だな。


「悪くない力だ」


 などと分析していると、女子生徒は俺の方へと駆け寄ってきた。

 懐から細長い何かをより出し、勢いよく俺に覆いかぶさってくる。

 何をされているのか理解する暇もなく、ロープで拘束されていた。


「変態を確保!!」


 無事に俺を捕まえた先輩は、ニッコリと笑顔を浮かべる


「捕まえたでありますよ変態君。女性の敵は私の敵!」


「アナタは……いったい……?」


 右腕には『警備委員』の腕章。

 つまり彼女は前日祭の警備を任されている生徒の一人。

 本来は学園の方の警備を任されているのに、どうしてそんな人間がお祭りとはあまり関係のない学生寮にいるのだろうか? 偶然? それとも寮の警備担当?


「あのーお一つ訊いていいですか? どうして警備委員の人間が、学生寮に?」


「何か変でありますか?」


「だって、警備委員の担当区域は学園の方でしょ。学生寮にいるのはおかしい」


「おかしくはない。可愛い子が目に入ったからこっちの方に来ただけであります」


「可愛い子が目に入った?」


 雲行きが怪しい。

 この人からは危険な香りがする。


「待ってください。可愛い子がいたから、こっちへ来たと言いましたか?」


「うん」


「なぜ?」


「なぜ? 君はなぜと訊いたでありますか? 聞かれたからお答えしましょう」


 警備委員の女の子は目にハートを浮かべて熱く語り出す。


「聞きたい? 聞きたいでありますか? 私と可愛い子の出会いの話を!」


 うわぁ、変なスイッチが入ってしまった……。


「学園の警備をしていたら、偶然私の目に飛び込んできた赤い髪をした美少女!! あ~~~一目惚れ~~~まさに天使であります。どこへ行くのだろう? と後を付けていたらその子は学生寮の方へと向かった。さらにさらに後を付けたらこの部屋に入っていくのを見た。だから私は部屋の近くでずっと待機していた」


「後を付けたって……それってただのストーカーなんじゃ――」


「違うであります!! 断じてストーカーではありません。言うなれば追跡者であります!」


 言い方を変えればいいって問題ではない。


「……やっぱりストーカーじゃん……」


 なんだこの生徒。ヤバイヤツ臭しかしないんだが……。


「まぁ、ストーキングしていたところまで理解できた。だけど、どうして君は、謎の美少女が部屋に入った後も廊下の方でこっそりと待機していたんだ?」


「そ・れ・はーとある計画を実行するためであります」


「計画? なんだぞれ」


「残り湯グビグビ大作戦のためであります!!」


 うわぁー……何その壊滅的にダサいネーミングセンス。


「私は確信していた。謎の赤髪部少女は朝のお風呂に入る。そして彼女が去ったあと、私は部屋に忍び込み、残り湯を頂戴する。美少女の味がたまらん!!」


 うん、変態だ。


「なのに……なのに途中でお前みたいな非モテ男子が現れた」


 非モテ男子とはなんだ!! 

 否定はできないが……そんなにズバッよ言うなよ……。


「お前さえいなければ、私の計画は成功していた。クソッ、まさか、美少女の残り湯を狙う生徒がもう一人いたとは……しかも躊躇なく部屋に入るなんて」


「お前と同じにするな。ここは俺の部屋だ。躊躇なく入るのは当たり前だろ」


「美少女の残り湯は、お前にだけは渡さないであります!!」


「いや、いやねーよ!!」


 予感はしていたが……的中してしまった。

 この女子生徒こそ、本物の変態だ。

 コイツこそ御用されるべき人間だと思う。

 俺は謎の美少女の方へと視線を向ける。


「なぁ、赤髪の女子生徒よ。この本物の変態に何か言ってやれよ!」


 すると赤髪の子は汚物を見るような眼差しで告げた――


「二人ともガチでキモイ……頼むから死んでちょうだい」


「「……ガーン……」」


 この変態女はともかく、俺は何も悪いことしてないのに……。

 どうして、どうして美少女に死ねと言われなきゃいけないんだ。

 悲しくて悲しくて――悲しみのあまり一滴の涙が頬を伝う。

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