第17話 「僕は勇者を目指す?」

 「うーん。うわっ」

 目が醒めると目の前にはマリー姉さんとナナの顔が僕の顔を覗き込んでいた。

 「ユウ君!」

 マリー姉さんに抱きつかれる様をナナが頭上から眺めている。

 「此処は?」

 何時ものホームではなく、辺り一面白い壁の小さな部屋の中のようだ。

 「職業支援センターの治療院だよ。さっきまでリーダーとユナさんも居たんだ。」

 マリー姉さんは僕から離れ、今までの経緯を教えてくれた。

 どうやら僕はあのまま気絶してしまい、5日間目を覚まさなかったらしい。

 デニスさんの放った一撃は十分なダメージを与えたが致命傷とはならず、ガイアスを撤退させるに留まったそうだ。

 レムという女性はいつの間にか消えていたが、いなくなる際に僕とマリー姉さんにポーションによる治療を施してくれていたらしい。

 リーダーとユナさんも襲撃にあったが、僕達を助ける事優先する為、初めから撤退した為相手も深追いして来ず、2人とも大した傷を受けなかった。

 「何者だったんでしょうか?」

 「彼はレジスタンスの一員らしいよ」

 「レジスタンス?」

 「そう、王国の転覆を狙う反王国組織。中でも他国からの援助を受けてそれなりの力がある『暁の眼差し』の幹部らしいわ」

 比較的平和な王国にレジスタンスがいるなんて・・・噂では聞いていたけど、実在するのを目の当たりにすると世間知らずの自分と現実の厳しさに少しショックを受ける。

 「起きたかユウ」

 「師匠」

 長身の師匠が部屋に入って来たので、体を起こそうとするが制止される。

 「そのままでいなさい。まだ安定していないんだからな」

 なんでも、師匠がくれた薬は開発中のブーストポーションらしく、飛躍的に精神力を高めるが効果は一瞬であり、副作用として精神力をごっそりと消耗するらしい。僕も副作用による影響で精神力を削られ、意識が戻らない状況となってしまった。

 「ありがとうございました。師匠がくれた薬が無ければ此処に戻って来れませんでした」

 顎髭をさすりながら嬉しそうに笑う。

 「はっ、はっ、はっ、良く生きて帰って来たな。薬は薬だ。生き延びたのはお前の力だよ。しばらく休んだら修行を再開するからな、しっかり養生しろよ。お前の顔が見れて良かったよ」

 マリー姉さんに看病を宜しくと言い残し、部屋を出て行く師匠。

 何でも、忙しい合間を縫って毎日見舞いに来てくれていたらしい。

 「私も行くね」

 マリー姉さんも昨日まで隣の部屋で治療を受けていたらしく、退院したとはいえ、まだ万全ではないとの事だった。

 「ありがとうございました」

 マリー姉さんをベッドから見送り側で浮遊していたナナに話しかける。

 「ナナもお疲れ様」

 「私は何もしてないわよ。もっとも何度もヒヤヒヤして心臓に負担は掛かったわね」

 「ありがとう心配してくれて」

 「よ、弱いくせに無理するからよ」

 素直なお礼の言葉に動揺したのか、プイと横を向いて部屋の外に行ってしまった。

 「終わったんだ」

 色々あったな・・・ナナと出会ってから色んな事が起きた。ホブゴブリンとの死闘、地下通路の発見、師匠との出会い、そしてレジスタンスとの一戦。

 「彼等は何の目的であそこに居たんだろうか?」

 レムという女性も気になる。

 「疲れたな」

 静かに瞳を閉じると僕は自然と眠りについた。


 「いらっしゃいませー、こちらが受付になります」

 職センホールのエントランスエリアは着飾った女性達で溢れかえっていた。

 今日はリーダーの建国祭イベントの当日。チーム総出でイベントスタッフを努める。

 「盛況だなユウ」

 職センホールの館長であるボブさんが様子を見に来てくれた。

 「お陰様でチケットは完売、開演前からこの状況で、経理担当の僕としては嬉しい限りです」

 黒縁眼鏡の端をクイッと上げて、満面の笑みを浮かべる。

 エントランスエリアの端では、マリー姉さんとユナさんがグッズの販売を行なっており、二人の前には長蛇の列が出来ていた。

 「すいません、ユウさんですか?」

 一人の若いヒューマンの女性に話しかけられる。

 「はい、そうですが」

 一枚の色紙とサインペンを渡される。

 「??サイン会はまだですよ。直接リーダーが書きますので」

 女性は顔を真っ赤にして小声で呟く。

 「あ、貴方のサインをお願いします。レジスタンスの幹部を撃退するなんて凄いです。貴方のファンになりました」

 今回の件については、レジスタンスも絡んでいたことからメルキアでちょっとしたニュースとなっていたのだが、デニスさんは国のある機関に属していて活動を公には出来ないらしく、市民には僕が撃退した事になっているのだった。

 横に居た館長のボブさんは、赤くなった僕の顔を見て背中を叩きサインを書くよう促す。

 「ユウも有名になったんだな。お前のサイン会なら格安にしてやるぞ。・・・・・・平日限定だがな」

 どうしていいか困惑している僕を置いて笑いながら立ち去る。

 仕方なく慣れない手付きでサインを書き女性に手渡す。

 嬉しそうにお辞儀をして走り去る後ろ姿を見て、少し自分を誇らしく思う。

 「まだ迷ってるの?」

 いつの間にか右肩にナナが腰掛けていた。

 「そうだね・・・・・・自信は無いよ」

 呆れたという表情を浮かべるナナ。

 「でも」

 「でも?」

 「こんな経理担当でも勇者を目指していいかな?」

 柔らかい口調とは裏腹に強い意志が瞳に宿る。

 見つめられたナナは横を向いて呟く。

 「貴方経理担当が勇者を目指してもいいんじゃない」

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経理担当が勇者を目指してもいいじゃない。 @BlackPsan

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