第16話 「探索クエスト」

 「セット終わりました」

 ミニ爆弾のセットを終え、リーダーの点火指示を待つ。

 昨日に引き続き今日も快晴。

 僕達は朝早くからヤクトの森に入り、地下通路への入口を確保する為の活動を開始していた。

 「よし、皆んないつ戦闘になってもいいように準備して。ユウは点火したら僕の後方に待機。」

 「はい」「りょーかい」

 皆がそれぞれの武器を構える。

 「ユウよろしく」

 リーダーの指示を受け導火線に火を点ける。

 「ジジジジ」

 無事に点火できたことを確認し、リーダーの後ろに移動する。

 「ジジジジ ドッカーン」

 中々の爆発音に思わず耳を塞ぐ。

 ミニ爆弾があった場所から黒煙が上がっている。

 「動きがありませんね。どうします」

 側でロングソードを構えているマリー姉さんがリーダーに指示を促す。

 「お出迎えが無いんだから、こっちからお邪魔しようよ」

 構えを解いて歩き出すユナさん。

 「仕方ないね」

 苦笑いを浮かべつつ皆に進むよう促す。

 僕もロングソードを鞘に納め、リーダーの後に続く。

 「どう思いますか?」

 頭の中で考えがまとまらず、つい口に出てしまった。

 「まあ、中で何かが待っていると思うのが自然かな」

 「私達が付けた目印も消されていましたしね」

 昨日マリー姉さんと僕で付けた入口の目印は何者かによって消されていた。勿論、森に住む動物達による可能性も否定できないが、恐らくは何者かによる故意と考えられる。

 「でも、それならどうして入口が分かったのよ?」

 ナナが耳元で疑問を囁いてくる。

 「入口とは別に、周りの木々にも目印付けていたんだよ。三本の木の中心が入口ってね」

 「へー、やるじゃないマリーちゃん」

 「いや、考えたの僕だけど」

 「たまには役立つわね」

 (本当に口が悪い妖精だなー)

 「ユウ君行くよ」

 「あっ、すいません」

 肩でクスクス笑っているナナは放っておくことにして、急ぎ入口に向かう。

 「ちゃんと開いたわね」

 「ミニ爆弾で壊せなかったらどうしようかと思ってたよ」

 リーダーが戯けて笑う。

 「リーダーなら剣技で破壊出来るんじゃないですか?」

 マリー姉さんがやや真顔で問う。

 「マリーは僕を何だと思ってるの?」

 「私達のリーダー兼メルキアのアイドルです」

 苦笑の表情を浮かべながら回答するリーダー。

 「アイドルの剣は爆弾より弱いよ。冗談は程々にして中に入ろう。」

 何処緊張感の無いチームメンバーを頼もしく思いつつ、後に続く。

 「中はちょっとした空間になっているんだよね」

 リーダーの横に居るマリー姉さんが答える。

 「はい。ゴブリン十数体は入れる空間でした」

 「よし、ここからはいつ戦闘になってもおかしくない。先頭は僕、二番手はマリー、中はユナでユウは最後尾とする。いくよ」

 「りょーかい」「はい」

 ゆっくりと入口から階段を下る。下に着いてもお出迎えは無く、静寂が辺りを包んでいる。

 「ゴブリン達の死体は無いね」

 「片付けられていますね」

 階段から向かって左側に、部屋から続く通路が伸びている。

 「ユナ、マッピングをお願い出来る」

 「はいな」

 ユナさんが腰のポーチからマッピングツールを取り出す。

 「ユウは辺りをしっかりと警戒してね」

 「頼むよユウ君。私の身体を預けるからね」

 「はい」

 ユナさんのマッピング速度に合わせて通路を進む。通路の幅は5メートル以上あり中々の広さがある。壁には松明を掲げられるよう金具が設置されており、人為的に作られた地下通路であることを窺わせる。

 松明を片手に掲げながら先頭を進むリーダーが不意に立ち止まる。

 「道が二手に分かれているね。今までは真っ直ぐのような道だったけど、ユナどんな感じかな?」

 「少しずつ森の外側に向かってたよ。左側の道は森からミナイアス平原の方に向かってるかな。右側の道はヤクトの森の中心に向かってる感じだね」

 手元のマッピングツールを見ながら方角を確認して回答する。

 「うーん、それじゃあ二手に分かれようか。左側の通路はマリーとユウで。右側は僕とユナだ。マリー、ユウ、無理は厳禁だからね」

 「はい」

 「30分ぐらい進んだら引き返してね。僕達も同じ様にするから、皆んなで最初の部屋に集合しよう」

 「はい」

 リーダーとユナさんに別れを告げ、左側の通路を2人で進む。

 マリー姉さんが松明を掲げ、僕がマッピングをする。

 ナナがクルクルと辺りを浮遊している。

 「森の中心からミナイアス平原に向かう地下通路って、何だろうね」

 辺りを警戒しながらマリー姉さんが話しかける。

 「そうですね。この辺りはコブセ村ぐらいしかありませんからね・・・・・・サッパリ分かりません」

 「だよね」

 2人の足音だけが響く通路。真っ直ぐな通路の先は松明の灯りが届く範囲まで見通すことができ、ただただ暗い道が続いているのが分かる。

 「カラカラ」

 「!!」

 身構えるマリー姉さん。左側の壁から聞こえた音は、壁が崩れ小石が落ちる音のようだった。

 「何でかな?」

 「揺れては無いですよね」

 2人で小石が剥がれ落ちた壁を見つめる。小石が剥がれ落ちた所からは茶色の土がむき出しになっている。

 「この通路崩れないよね」

 「少し壁石が剥げ落ちただけみたいですし、大丈夫だとは思いますけど・・・」

 2人は気を取り直して前に進むことにした矢先。

 「あーあ、帰ってくれないかぁー」

 「‼︎」

 前方の暗闇から黒いローブを羽織った2人組が現れた。

 「貴方達は何者ですか」

 ロングソードを身構え、距離を測るマリー姉さん。

 片一方の人影が頭のフードを脱ぎ一歩前に出る。

 「人の庭に勝手に入り込んできておいて、何者ですかとはな・・・死ぬか?」

 赤髪に黒いアイマスクをしている男は、腰に帯びていた鞘から黒い刀身のロングソードを引き抜き、剣先をマリー姉さんに向ける。

 相手は男女の二人組で地下通路の関係者、そしてどうやら僕達に敵意を持っているみたいだ。

 「僕達は地下通路を調査に来ただけで、荒らすつもりはありません。お邪魔でしたら直ぐに立ち去りますので、剣を納めませんか」

 背中を冷や汗が伝わり落ちる。相手はかなりの遣い手に見える。マリー姉さんも同じ様に感じたのか、緊張しているように見える。

 「さっきの所がラストチャンスだったんだよねー。色々ヒントは与えたのになー。入口を塞いだり、目印を消したり大変だったんだから。強引な男は嫌われるよ」

 もう一人も頭のフードを外し、銀色のレイピアを構える。

 オレンジ色の髪に黒いアイマスク、何処か聞き覚えのある声は、今までの出来事が全て警告だった事を告げる。

 「ユウ君、ミナイアス平原に居た人達だよ」

 「やっぱりそうなんだ」

 「もう一人の一番強そうな人は此処には居ないみたいね」

 「そう、でも不味いね。二人とも十分に強そうだよ」

 ナナとの会話にも余裕がない。

 オレンジ色の髪の女性が溜息と共に合図の言葉を発する。

 「ふー、残念、もう遅いよ。ごめんね」

 言葉と同時に赤髪の男がマリー姉さんとの距離を一気に詰め、強烈な薙ぎ払いを見舞う。辛うじてラウンドシールドで受けるも、鋼鉄製の盾に深い傷跡が残っている。あと一、二回受けたら盾が破壊される事が容易に想像出来る。

 急ぎ援護の詠唱を始める。

 「大気に宿る火の精霊よ、大地に潜む熱き炎の精霊よ、我の敵を汝の敵と定め、その熱き息吹で敵を焼き尽くせ!喰らえファイアーボール」

 詠唱の終了と同時に突き出した右手から炎の塊が赤髪の男に向かい飛んでいく。

 マリー姉さんと赤髪の男は二人が切り結んでいた場所から飛び離れる。

 追尾性能のあるファイアーボールは赤髪の男が飛び退いた方へ向かう。

 「よし、行け!」

 「何で詠唱省略魔法にしなかったの?」

 ナナが耳元で囁く。

 「師匠からの指示だよ。敵と対峙する時は、ここぞという時まで詠唱省略魔法は隠しておけって」

 「ブワッ」「ドカーン」

 着弾するはずの炎の塊は、赤髪の男の斬撃により真っ二つに切り裂かれ、左右の壁に着弾した。

 「!!・・・魔法って剣で切れるんだ」

 マリー姉さんが思わず呟いている。

 「相当なんでしょうね。・・・・・・不味いですね」

 赤髪の男は笑いながら近づいてくる。

 「はははは、中々面白い奴らだな。思ったよりもやるじゃないか。レム、こいつらは仲間になると思うか?」

 オレンジ色の髪の女性はレムというらしい。

 「答えはノーよ。青臭い、理想を追う若者って感じね」

 「そうか、残念だな。・・・よし、試してみよう。おいお前達、これから少し手加減してやるから、その間に命を取るか理想を取るか選べ。俺と組めば面白い事に巡り合えるぞ!さあ、始めようぜ!レム、手を出すなよ!」

 赤髪の男は再び間合いを詰め、マリー姉さんと僕を交互に斬りつける。

 詠唱の準備をするどころか、剣を弾かれないようにするのが精一杯で、みるみる身体中に切り傷が刻まれていく。

 「こんなにも力の差があるの・・・」

 既にラウンドシールドは破壊され、身につけているシルバーメイルも破損が目立つ。これで手加減されているなんて、僕達では相手にならない。

 「マリー姉さん、僕がなんとか隙を作りますから逃げて下さい」

 せめてマリー姉さんだけでも逃がしたい。

 「ユウ君無理よ。相手はいつでも私達を仕留められるわ。それに逃げる時は二人一緒よ!」

 「ガキンッ」

 斬撃を受ける度に手が痺れる。

 「そろそろ決めろ!分かったろう、俺に勝てないことは。圧倒的な力の差の前には理念など無用だ。俺に付いて来い。お前らなら使い物になりそうだ。どうだ仲間になるか?」

 (どうする?・・・何を?)

 (付いて行く?・・・無理だ。僕は勇者を目指してるんだ。見るからに悪そうなこの人の仲間にはなれない)

 (でもマリー姉さんを巻き込むの?・・・そうだった、僕の決断は僕一人だけに影響するわけじゃない。僕の理想よりもマリー姉さんの命の方が大事だ)

 「・・・・・・わか」

 「私達は、メルキアの人達の希望になる事を目標にしています。貴方が何者か分かりませんが、メルキアに害を為そうとしている事はなんとなく分かります。残念ですが、理想も命も捨てません。ごめんねユウ君、君が私の為に夢を捨てるのは嫌だよ。やれるだけやってみよう」

 マリー姉さんが地を蹴り赤髪の男に斬りかかる。

 「ガキンッ」

 弾かれたロングソードは宙を舞い、マリー姉さんが口から血を吹き出し崩れ落ちる。

 「残念だ」

 赤髪の男が止めをさす為に黒剣を上段に構える。

 「やめろー」

 マリー姉さんを助ける為に、相手の不意を突ける詠唱省略魔法を放つ。

 今僕が放てる最大規模の一撃。

 「行け!MAXライトニング」

 突如として現れた大きな稲妻に、一瞬怯んだ赤髪の男は回避ではなく盾で防ぐ事を選択。

 「バリ、バリババーン」

 着弾した稲妻の激しい炸裂音。

 「やったのか?」

 期待に反し黒煙の中から赤髪の男が現れる。ところどころ焦げてはいるが、致命傷には程遠い。

 「やるなー、中々の隠し玉を持っているじゃないか。益々お前を仲間にしたくなったよ。だが、残念ながら時間切れだ。死ね!」

 赤髪の男が最上段に構えた剣を振り下ろすと、凄まじい斬撃が飛び道具となり僕に襲い掛かってくる。

 (!!これは駄目かも)

 その時、僕の後ろから一陣の風が現れる。

 「良く頑張ったねユウ君。ここからは僕が引き受けよう」

 僕の前に現れたその人は、白銀の剣を振り上げ斬撃を斬撃で相殺する。

 「デ、デニスさん!」

 いつもと違い前髪を上げて俊敏に動くデニスさんは、赤髪の男に対峙しながら僕にマリー姉さんを助けるよう指示する。

 慌てて倒れているマリー姉さんの下に駆け寄りハイポーションを口に含ませる。

 「・・・うん」

 良かった、まだ息はある。

 「ここに居たんだねガイアス。僕のルームメイトを傷つけるのは辞めてもらおうか」

 「ちっ、邪魔が入ったか。・・・まあ、いくらお前でもお荷物を抱えたままで俺に敵うとは思えないからなぁ、むしろチャンスか?」

 ガイアスと呼ばれた赤髪の男は笑いながら僕達に向けて斬撃を複数飛ばす。

 僕達を守る為、デニスさんが間に入り全ての斬撃を相殺する。

 「ふははははは、相変わらず甘いなデニス。それにしても王国の犬は大変だなぁ、どんなに足手まといでも守らなくちゃならんもんなぁ。折角の機会だ、どこまでお前が頑張れるのか試してみるか」

 黒剣を休みなく振り続け斬撃を飛ばすガイアス。

 僕達を守る為に全ての斬撃を相殺し続けるデニスさん。

 相手に合わせなければいけない分、徐々にデニスさんが押されて行く。

 入っていけない異次元の世界。二人の斬撃で周りの壁は破壊され、この辺りだけ小部屋のようになっている。

 僕は、マリー姉さんに斬撃の余波が届かないように、防ぐのが精一杯だった。

 「デニース、そろそろ辛いんじゃないかぁ?後ろの小僧どもを見捨てれば楽になれるぜ」

 「悪役の言いそうな事だね。残念ながらお断りだよ。それに彼らはお荷物ではない。大切な仲間だ!」

 強気の言葉とは裏腹に、徐々に押されて劣勢に立たされているのが僕でも分かる。

 恐らくデニスさんは技で戦うタイプなんだろう、けれど僕達を守る為、パワータイプのガイアスに合わせて戦っている。それが負担となり、2人に差が生まれているのだろう。このままでは折角来てくれたデニスさんも巻き添えになってしまう。

 (今僕に出来る事は・・・・・・無意識の内に触れた上着のポケットに、いつも異なる違和感を覚える。師匠から渡された紫色のマジックポーション。「本当に困ったら、マジックポーションの代わりに飲むと良い」と言っていた)

 「師匠、頂きます」

 コルクの栓を抜き一気に口に含む。

 「!!!」

 気力の充実が実感できる。何故だか頭が冴え、深く広く心の空間を確保できそうな気がする。

 「今ならいける!」

 最大規模の詠唱省略魔法。

 (さっきのでは駄目だ。もっと強くもっと大きく)

 心の中に図式を思い浮かべる。

 出来るだけ大きく、出来るだけ強く。

 「ユウ君、詠唱省略魔法はマインドの消耗が激しいんでしょ。無茶したら精神に悪影響が出るんじゃないの」

 「分かってるよナナ。でも今やらないと皆んながやられてしまう。どのみちこのままではジリ貧だし、自分が保てるギリギリまでやってみる」

 今ならなんとなく周りにあるマナを感じることが出来る。

 一瞬の隙が作れれば、デニスさんなら反撃できるだろう。

 やるしかない、最高の一撃を!

 「ズサァー」

 ガイアスの強烈に一撃に吹き飛ばされるデニスさん。口の端からは血が滴り落ちている。

 「デニスさん、僕が一瞬の隙を作りますので、それで何とかなりますか?」

 ちらと僕を見て軽く頷くと、銀剣を胸の高さで水平に持ち、小声で詠唱を始める。

 「ガイアス!!決着をつけよう!」

 「破れかぶれの大技か?闇雲に撃っても当たらない事は分かるだろうに、まあ、嫌いじゃないからなぁ、力比べと行くか」

 ガイアスは黒剣を右手で頭上に掲げ詠唱を始める。

 (今しかない!)

 更に集中を高め心の中に図形を浮かべる。広大な図形に詠唱文を重ねる。イメージの完成が近づくにつれ意識が朦朧とする。

 (もう少しだ!)

 「ユウ君!」

 ナナの叫び声が遠くで聞こえた気がする。

 気づくと目の前にガイアスから放たれた短剣が迫っていた。

 「俺達の邪魔をするなよ小僧!」

 (見抜かれていた!)

 短剣は真っ直ぐに僕の心臓へと向かう。

 まだ避けられる、でも避ければ集中は不完全となりガイアスを怯ませることは出来ないかもしれない。

 (避けても次の機会があるかは分からない。マリー姉さんの容態も危ない。自分の一人の命と引き替えだ。それに運が良ければ生き長らえるかもしれない。よし、続行だ!)

 回避を諦め目を閉じて更に集中を高める。

 「なに!」

 一瞬の後に呪文を発動する為瞼を開く。

 「喰らえ!特大ファイアーボール!」

 突き出した右手から巨大な炎の塊がガイアスに向けて襲いかかる。

 「カランッ」

 「??」

 呪文の発動の代償に、僕に突き刺さるはずの短剣は足下に転がっていた。

 「レム貴様」

 敵だと思っていた女性は僕の前に立ちレイピアを鞘に収めていた。

 「契約は今日の午前10時までだったはずよ。今は10時過ぎ・・・ごめんなさいね、この坊や達には少し興味があるの。今まで楽しかったわ」

 「貴様ぁー。ぬおー、この程度は想定済みよ!」

 ガイアスは構えを解かず、左手で腰にいているショートソードを抜き去り特大ファイアーボールを薙ぎ払う。

 「流石ねガイアス。でも坊やにはまだ続きがあるみたいよ」

 切り裂いた特大の炎の塊の後ろには、もう一つの炎の塊が待ち構えていた。

 「貴様らぁー」

 流石のガイアスも構えを解き後方へと飛び退く。

 「・・・頼みます」

 薄れゆく意識の中、作戦の成功を願う。

 「ユウ君・・・・・・」

 遠くで誰かの声がする。

 (大丈夫だよ、デニスさんならきっとやってくれる)

 「遊びすぎだよガイアス!喰らえーセイクリッドブレイズ!」

 デニスさんから放たれた白く光る必殺の斬撃は、ガイアスを直撃し壁へと吹き飛ばす。

 「・・・・・・・・・やった・・・」

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