後編
すでに遊園地の入場門にはものすごい行列ができていた。
女子二人とは現地集合にしているため、正は孝と先に落ち合ってからこの場所へとやってきた。
「あれじゃないか?」
二人の存在に気がついた正は入り口の近くの自販機前を指差した。
先ほどからずっとため息をついている孝は今朝からずっと緊張が取れない様子だった。
「ちょ…ちょっと待て、深呼吸させてくれ」
こんなにも動揺している友人を見るのは新鮮でなかなか面白かった。
「遅い」
「混んでて、電車一本乗れなかったんだよ」
出会ってすぐに友紀から説教を受ける正。
「お…おはよう、南君と…東山君」
「おおおおはようっ北田さん!」
「お前落ち着け…」
顔を赤くして俯く真美と、テンパッてどう接したらいいかわからない孝。
これは大変だ、と正と友紀は目を合わせてため息をついた。
「き…北田さんは普段休みの日は何してるの?」
「わ、私ですか?私はそうですね…」
やはり休日の遊園地はどれも待ち時間を必要とし、嫌でも一緒に来たメンツと会話をしなくてはいけない雰囲気になってしまう。
一生懸命話題を考えて真美に話を振る孝、その後ろでは退屈そうな表情で周りを見渡している友紀がいた。
「なぁ」
「何よ」
彼女の横に並んだ正は朝からずっと思っていたことを口にした。
「主役ってあいつらだよな」
「そうよ」
「にしてはえらい気合い入ってんな、お前」
「…うっさい」
オシャレ度で言えば確実に真美より友紀の方が上回っていて、少し露出の高い服装をしていた。
実のところ彼女は学校でそこそこ人気がある。
知らない人間に対しては冷たい表情を向けるクセがあるが、またそのクールさがいいと評判なのだ。
「そんなことよりも作戦、忘れてないでしょうね」
「おうよ、午後からあの二人とはぐれたフリをすんだよな」
とてつもなくベタな作戦ではあるが、この人ごみの中でならその方法が一番やりやすい。
すぐに決行するのではなく、午前中にある程度話ができるようにさせておくことが重要だ。
「お…お、俺もその歌手好きなんだ、ははっ」
「そうだったんですか…、いいですよね…ははっ」
「…」
「…」
本当に二人きりにさせて大丈夫なんだろうかと心配になってしまう正と友紀であった。
「あの…私お弁当作ってきたんです」
たった二つの乗り物を乗っただけでもう昼食の時間がやってきていた。
真美のカバンには4人分の食事が用意されていた。
「うまっ、うまい!北田さんすごいな!」
「あ、あはは、そう言ってもらえると嬉しいです」
から揚げや卵焼き、野菜の入った栄養バランスばっちしのサンドイッチ、女子力の高すぎる真美に孝は感動していた。
「…」
「そういや西田、お前料理できんよな」
「…うぐ」
何もしていない罪悪感に襲われながらサンドイッチを頬張る友紀にツッコミを入れる正。
「…いつの話よそれ」
「小学生の頃、俺はお前の作った卵焼きを食った」
「…」
「何かに引きずり込まれそうになったよ…」
「何によ…」
正は幼い頃、彼女の家で友紀が作った【ソレ】を食べて三日ほど寝込んだ経験がある。
「む、昔の話じゃない」
「北田、コイツ今は料理できんの?」
「え…、あ~、まぁ…残念ではあるかな…」
「マミまで!」
努力はしているようだがなかなか上達しない友紀。
正も友紀も不思議と少しずつ昔の感覚が戻ってきている気がしていた。
あの頃とは見た目も性格も変わってしまったかもしれないが、やはり根っこは昔のままだった。
そして午後、ここからが本番である。
わざと人の多そうな場所へと向かい、正と友紀は視線で合図を送って二人が見ていない隙に姿をくらませた。
彼らのできることはここまでで、あとは二人次第。
「あ~疲れた」
「だね、でもうまくいったじゃない」
さっきまでいた所から少し離れた人気のない場所のベンチで座り込む二人。
「マミ、大丈夫かな」
「あの様子なら大丈夫だろ」
孝も真美も積極的になったとはいい難いが、朝の緊張した雰囲気に比べたらだいぶマシにはなっている。
しばらく休憩していると友紀のスマホが鳴り出した。
「あ、マミ?ごめんはぐれたね~」
「下手っ!」
友紀のわざとらしい言い方にツッコミを入れてしまう正、彼女はスマホを喋るなという合図を送る。
「人が多すぎてしばらく落ち合えないかも!」
どういう状況だ、とまた口から出そうな言葉を彼は必死に飲み込んだ。
そしてやる事の終えた正は大きく身体を伸ばした。
「終わった終わった」
「は?何言ってんのよ、行くわよ」
「…どこへ?」
「せっかく来たのにもったいないじゃない」
この光景を見ろ、と言わんばかりに両手を広げる友紀。
「さ、乗れるだけ乗るわよ」
「マジかよ…疲れてるんだが」
「ほら早く!」
「あぁもうわかったから引っ張んなっ」
二人きりではしゃいだのはいつぶりだろうか。
あの時どんな風に遊んで、どんな風に笑っていたのかなんてもうお互い覚えてはいない。
ただ一つだけ、あの時と同じだとはっきり言えることがあった。
―――居心地の良さは変わっていない、と。
「いやぁ、遊んだ遊んだ」
「…疲れた」
目的を忘れるほど楽しんだ友紀はとても満足そうだが、すでに体力がゼロの彼はベンチに倒れこむように座り込んでいた。
『マー君!まってよぉ!』
遊園地ではしゃぐ彼女を見ていると嫌でも昔のことを思い出してしまう。
泣き虫でいつも彼の後ろを追いかけてきていた友紀はずいぶん変わってしまった。
「やっぱお前変わったよ」
「…」
彼の口から別に意味もなく、言うつもりもなかった言葉が勝手に出ていた。
「だから言ってるじゃない、変わったのはアンタの方だって」
「いや…だって」
友紀は座っている彼に背中を向けて暗くなった空を見上げる。
怒っているのではなく、少し寂しげな雰囲気だった。
「先に距離を置いたのはアンタだよ」
「お、俺?」
「もっとオシャレしろって言ったのアンタだよ」
「そ…そんなん言ったか?」
「…それに」
ゆっくりと友紀は彼の方へ振り返る。
真剣な眼差しの彼女に正は反発する言葉が出てこなかった。
「マー君、私の事名前で呼ばなくなったよ」
街灯で照らされた友紀の眼から光るものが零れ落ちていた。
『オレ先生のこと好きなんだ』
小学校6年の頃そう言って友紀を近づかせないようにしたことを思い出した。
彼女の事が好きなのにヤキモチを妬かせようとした。
『ダサすぎっ、もっとオシャレしろって!』
いつも地味な服を着ている友紀に傷つけるような言葉を吐いた。
『ほら、置いてくよ西田!』
名前ではなく苗字で呼ぶようにしたのは彼の方だった。
正はやっと彼女がファミレスで機嫌が悪くなった理由がわかった。
「ねぇ、もう付いていったらダメなの?」
「…」
緩やかに流れていた彼女の涙が徐々に大粒に変わっていく。
友紀は彼のために変えたものがたくさんあった。
それは―――変わりたくないから。
「俺の後ろ付いてきても面白くないぞ」
「それは私が決めることよ」
「なら…」
彼は重い腰を上げた。
「好きにしろ」
「…うんっ」
いつの間にか落としてしまっていたものをやっと見つけた二人。
いや、もしかするとそれは新しいものかもしれない。
「ねね、名前で呼んでくれないの?」
「いや…さすがにユキちゃんは言えんだろ…」
「ん~、じゃあ…」
歩き出す彼の横顔を見ながら友紀は嬉しそうに付いていく。
「【ちゃん】抜きで許したげる」
「あ~はいはい、その内な」
そして二人は光り輝くイルミネーションの中を歩いて行った。
その後ろ姿を影で見守る別の二人組み。
「ったく、世話の焼ける…」
「ユキのあんな顔初めて見たよ」
手を繋ぐその二人はそれぞれの親友の幸せそうな後姿を見て微笑んでいた。
「さて、ネタばらししに行くかマミ」
「タカ君絶対に怒られるね」
そう、
これは友達の恋の花を咲かせるための物語。
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます