Challenge 6
ここ最近の日々の事を13年ほどの人生の中でも特別なものだと感じていた。こんな変化を信じられないことだとも思った。しかし、立った今起こった出来事は更に特別で更に信じられない何かだった。クラスメイトの女子から口に含んだコーヒーを……いや、これはもういい。僕の目の前の状況を整理してみよう。
森川さんは「ゲホッ、ゲホッ」と咳をしつつ、右手で口を押えながら左手を僕の前に出した。五指を広げて掌を見せている。よく解らなかったけど、僕には「ごめん、ちょっと待ってて」という意味に感じられた。その後、落ち着いた森川さんは、
「ごめんなさい」
と言ってペコリと頭を下げた。ハンカチを差し出されたが、僕はもう自分でどうにかしていたため、彼女はもう一度ペコリと頭を下げて手を戻した。
「えーと……その、今のってどういう」
「そ、それ! あそこのこと!?」
よく解らないまま僕は彼女に言葉で示される場所に頷いた。とても解りやすい説明だったため僕は肯定した。すると、
「な、なんという……!!」
森川さんは項垂れてしまった。一方の僕は相変わらずの混乱状態になってしまった。結局放たれる言葉は、
「どういうことなの?」
というものになってしまう。
平静をやや取り戻した森川さんは、あの洞穴について語ってくれた。平たく言うと、あそこは彼女の秘密基地であるらしい。小学生か、もっと小さい時からあの辺りで遊んでおり、幾つかのオモチャやマンガ本などをあの辺りに持ち込んでいた。やがて、友達ともそんな場所で遊ぶことも無くなってしまったが、彼女は一人であの洞穴を守っていたという。時に恥ずかしがりながら、時に微笑みながら、遠くを見つめたり、上を向いたり下を向いたり、僕の方を見たり、そんな風に彼女は語ってくれた。僕は微笑みながら、胸の辺りに強く脈打つものを感じながらその話を聞いていた。もっと、そのことを聞いてみたかった。僕も語ってみたかった。
だが、しかし。彼女の話が本当だとすると、僕が今まで経験してきたことは一体何だったのだろうか? 僕はそんなオモチャやマンガ本や秘密基地らしきものは見ていない。洞穴の奥にあった土偶や額や扉はなんだったのだろう。僕は意を決し、語る彼女を遮り、お詫びを交えつつ森川さんに聞いた。
「話の途中でゴメン」
「なに?」
「その秘密基地に土偶ってあった?」
「どぐう?」
「そう、土偶」
「土偶って何だっけ?」
「その埴輪の進化形というのか、特徴的な顔と体の……その……」
僕はカバンからメモ帳を取り出し、ペンでさらさらとスケッチしていく。それを見ると、
「ああ、それね」
「あるの?」
「いや、どうだったかなぁ。守るって言っても時々歩き回ったり座ったりしているだけだし。結構散らかってたでしょ? 私もどうにかしないと、とは思っていたんだけど。あはは」
やっぱりおかしい。僕はそのまま彼女と一緒に洞穴に向かった。森川さんも真っすぐついてくる。場所は間違っていないようだ。だが、僕がいつもの様に洞穴を前にした時、何かの違和感を感じた。いつもと違うと思った。森川さんを見ると、キョトンとした表情の後、微笑みに変わる。僕は洞穴へと歩き出した。
確かにそこには、秘密基地らしき世界が広がっていた。森川さんは僕の前に出てあれやこれやと見せてくれた。しかし、そこは僕の知っている洞穴では無かった。何時も奥まで歩いて行ったが、この洞穴はそんなに奥まで続いていない。少し歩けば行き止まりになってしまった。
「これは一体……」
「ねえ、どうしたの?」
佇む僕に、森川さんは不思議そうに聞いた。僕はどうしていいか解らずに曖昧に答えを発するばかり。ともかく、この場の事は二人の秘密にすること。僕がここに来てもいい事。などを二人で決め、約束した。
その時、気になるものが目に入った。洞穴の壁に何かが見えた。
「あれは?」
「ああ、あれね」
森川さんは僕が指差したものの所までスタスタと歩いて行った。僕もその痕に続く。
「これ、私が小学生の時に何かの課題として作ったみたいなの。粘土で作ったんだけど、元々何を作るつもりでいたのか思い出せないのよ。A4サイズの紙が収まるから、そう言うものを飾るための額だったんじゃないかって思ってるんだけど。何か面白い形だからここに置いてみたくなったのね」
僕にはその壁にかけられた姿が土偶に見えてしまった。そう言うのってよくあるらしい。今の僕にはあの土偶のイメージが強すぎるからそう見えてしまうんだろう。でも、こういうこともあっていいんじゃないだろうか?
ある時、僕はその中に『竹屋の渡し』のコピーと僕の模写を重ねて飾らせてもらった。その様を眺めながらこんな風に思った。
どうだ? 上手くなっただろう? 合格にしてくれるか?
色々ありがとう。
僕はもう少し続けてみるよ。
(終わり)
アメツチワタリ 抜十茶晶煌 @crystal-ready
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます