自宅内通話

霧内 笑

第1話

さっきから、電話が頻繁に掛かって来てる。

今までなんともなかったのに、今日の夜になって掛かり始めた。

掛かって掛かって、でも出ても無言で切れる。無言電話。

掛かって掛かって、もう20回目。流石に怖くなって来た。そろそろ警察に電話した方がいいんだろうか。

こんな時に限って、家に居るのは私だけ。お父さんは、校長をしている自分の学校の仕事で遅くなるらしい。

私だってもう高校生なんだし、夜の留守番なんてなんとも思わなかったけど、こんなことになるなんて思ってなかった。

また鳴り出した。

出るのも怖いけど、無視したらどうなるのか、それを考えるのも怖い。

だから、20回、手を伸ばす。

「…………もしもし?」

「………………………………」

やっぱり、無言電話。

声を聞かれるのも怖くて、電話に出たことを知らせる為の挨拶の後、言葉が続かない。

「……………………」

「……………………」

無言が続く。ちょっと泣きたい。

結局、またなにも言わずに切れた。

いい加減警察時かな。

でも、警察に電話するのもちょっと嫌だ。意味もなくどうしようもなく緊張してしまう。

お隣さんは、家を出て右に10歩歩くだけだけど、電話の相手がすぐ外にいる気がして、外に行けない。家の前の公園に、公衆電話がある。そこから電話を掛けて来てるのかもしれない。怖い。

まただ。

固定電話が、定型メロディを鳴らしだす。エンドレス。

「………もう嫌」

居留守使おうかな。

無視してゴロンと寝転んでみた。怖いけど、玄関には鍵をーー掛けたよね?

開け放したリビングの扉、その向こうにある玄関を覗く。玄関に続く廊下が真っ暗で、殆ど何も見えない。真っ暗で無人でーー

「………………え?!」

暗闇の向こうに、人が居る。

気がした。なんだ、見間違いか。

電話は鳴り続けている。

やっぱり、出よう。

受話器を取ろうと手を伸ば着信音が消える。

「…………あ……あ、あ……」

出られなかった。初めて。

どうなるんだろう?

怖い。怖い。怖い。怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖ーーもう限界だ。

受話器を取る。3桁、打ち込む。視界で暗闇がちらつく。遮断する為、力一杯扉を閉めた。家中に響く衝撃音。居るはずもいない誰かに対して、牽制効果を期待してしまう。

「はい。どうされました?」

電話の向こうに人の声。一瞬、無言電話の相手が声をかけて来たような気がして、ぞっとした。

「…………あの……」

「どうされました?」

「…………家に……さっき、から、無言電話、が…………」

相手の人は、間髪入れずにあれこれ指示を出してくれた。その怒涛の勢いに、少し安心。

指示を聞き終えて、一旦電話を切る。

警察の人は、次に無言電話が掛かってきたら、なんとかして30秒程電話を切られないようにしてくれと言った。

逆探知するらしい。

でも、無言電話を引き延ばすなんて。

なんて話す?

どう興味を惹く?

なんと無言を破る?

分からない。案が浮かばない。

ああ、先輩が欲しい。先輩のあの誤魔化す時だけよく回るあの舌が欲しい。絶対役に立つ。

なんて逃避している内に、また電話が来た。先輩は居ない。1人でなんとかしなくちゃ、独りで。

「もしもし」

「……………………」

やっぱり無言だ。

うう、なにを言おう。

「……あの、なにか御用なんですか?」

「……………………」

「なにか言って下さい。でないと、警察に連絡しますよ」もうしちゃってるんだけど。

「……………………」

「……………………」

えーと、えーとー。

ネタが尽きた。無言相手の一方通行はキツい。でも、なんとか粘らないと。

目標は30秒。

「……あー、もしかして貴方は……」

「………………………」

「…………私の、ストーカーですか?」

「………………………」

「………………………」

やらかした。

『私の』ストーカーってなによ。どんな自意識過剰よ。アイドルでもないのに。

やっぱり、先輩には来てもらわなくていい。恥ずかしい。自意識過剰な先輩の前で自意識過剰な発言をしちゃいそうだ。

冗談じゃない。

「……………………」

切れた。

向こうも呆れたのかも。もしかしたらもう2度と電話してこないかもしれない、呆れたから。うー、だとしたら有難いような有り難くないような。

「……うーうー……」

電話をバンバン叩く。なんかもう、無言電話がどうでもよくなって来た。恥ずかしい恥ずかしい。

黒歴史を思い出したり新しく作っちゃった時は、物に当たるに限る。

バンバンバンバンバンバンバンバン。

連打の音の中に、異音を感じた。

着信音だ。

電話を叩く音に紛れて、着信音に暫く気づかなかったみたい。

慌てて受話器を取る。

相手が無言電話の相手だったらどうしよう、今更だけど。

「…………もしもし……」

我ながら、声に悲痛感が滲んでいる。

「すぐに家の外に出て下さい!」

相手の声には焦燥感が滲んでいた。

「……はい?」

「いいから早く!早くその家から出て下さい。音を立てずに、今すぐ!」

焦燥感どころか、切迫感。

なんだかこっちも切迫感に襲われて、リビングから庭に繋がるドアをそっと開ける。靴下のまま庭を抜けて、家の裏手の道路にでた。全部、身体が勝手に、電話越しの切迫感に駆られての動作。自分でもよく分からないままに焦る。

道路に出て、アスファルトの硬さを足裏で感じながら走る。勢いに任せて曲がった先に、警察車両がいた。3台も。光もサイレンの音も聞こえなかったのに、いつの間にか家の側に。

こういうのは光と音で自己顕示しながら来るものだと思ってたのに、この隠密行動。サイレントモードだったのかな、サイレンだけに。うん、私ながら下らない。

まだまだ続く勢いに任せてヘッドライトの射程範囲に入った途端、パトカーのドアが開いて警察官が飛び出して来た。

「大丈夫ですか!」

大丈夫です、なにがなんだか分からないままだけど。

必死な形相で連れ込まれたパトカーの乗り心地は、中々良かった。


あの後、諸々の事情を聞いた。

あの無言電話、私のイタ電みたいになったあの電話を、警察は逆探知した。無事、発信源を特定できたそうだ。

その発信源は、公衆電話とかじゃなくて、私の家の、二階。

私の部屋に置いてある、固定電話の子機だった。

無言電話の相手は、いつの間にか私の自室に侵入して、すぐ下の部屋に居る私に向けて電話を掛け続けていたらしい。

それに気づいた警察は、サイレンで犯人が勘付いて私を襲ったりしないように、サイレントモードで私の家周辺に包囲網を貼ったのだそうだ。

なんで無言だったのか。

電話を掛けるばっかりで、なにがしたかったのか。

部屋に忍び込んで、すぐ下に私がいることを知って、何をしようと思っていたのか。

私の部屋に蹲っていた所を逮捕された男性は、無言のままだそう。

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自宅内通話 霧内 笑 @Munaisyou

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