第149話 吐き気

「私の仮面ですか?」

そう聞き返す私を見る当主の表情は、真剣そのものだった。

「うむ。レイ達からは火傷のせいだと聞かされているが。」

それは、確かにそう説明している。

「これが礼を失していることは理解している。」

そう話してから一拍。

「どうかその仮面の下を私に見せてくれないか。」


その言葉を聞いた時の私の感想は、思ったよりもストレートだな、だった。

そもそも、失礼なのは確かだが、当たり前の要求でもある。

大貴族がその跡取りである息子の関係者を把握しようというのは、不思議では無い。

立場を考えるなら、彼の言動は驚くほど丁寧な部類だ。

相手によっては、仮面を取れの一言で済ませる可能性もあった。

まあ、名君と呼ばれる彼が、大切な取引相手である師匠の前で、そう言ったことをするとは思ってはいなかったが。

もっと遠回りに言われても納得しただろう。

そういうわけで、先に言ったように思ったよりもストレートだというのが感想になるわけだ。


などと現実逃避をしても仕方がない。

とはいえこれを取れば、どうなるか。

決していい結果にはならないだろう。

当主を嘔吐させたことで暗殺を疑われることもあるし、そうなれば今進める魔族と人間との融和さにも悪影響が出るだろう。

とはいえ、立場を思えばに無ことも出来ず、しばし無言が続く。

大丈夫。私は冷静だ。


当主が口を開く。

「白状しよう。」

「…」

私は黙っている。

「ルークよ。もしかしてお前は、私の息子なのではないのか?」

「…」

何故そう思うのか。

思いつくのは例の執事から彼に話が言った可能性。

「恥ずかしい話だ。私にはかつて…」

そして語られる彼の話を、しかし私の耳は拒絶していた。

知っている。

お前が何をしたのかを、私は誰よりも知っている。

だが、それがどうした。

時間が経ち、後悔したからといって。

時間は戻らない。

「だから、どうか。私にお前の顔を見せてくれないか。」


どうしたものか悩んでいうるうちに、意外な人が口を開いた。


「ルーク。」

「…」

師匠の呼ぶ声が耳には届く。

「外してみな。」

それはまさかの師匠からの外すようにの言葉だった。

「…」

しかし、外してもいいのだろうか。

いや、師匠が良いと言ったのだ。

「分かりました。」

当主は相変わらず黙ってこちらを見ている。


私は仮面に手を伸ばし、そして外した。

それは、これまでの時間を思えばあっさりした瞬間だっただろう。


「!」

案の定、私の顔を見た瞬間、ゼルバギウス家現当主、ジルク・ギ・ゼルバギウスの顔色が急変する。

もう見慣れた姿。

人が吐き出す直前の顔だ。


が、そこで時間は止まる。

いや、別に本当に止まったわけもなく、当主が口を押さえ必死に吐き出すのを堪えている。

その目は私の化け物のような顔から離さずに。


吐き気を堪える。

それだけ聞けば楽に思えるかもしれないが、しかしいうほど楽ではない。

一瞬の吐き気を堪えることは出来るかもしれないが、しかし私の顔は吐き気を催す顔。

後から後から押し寄せるそれを留まるのは容易ではないはずだ。

胃液が口と食道に留まっているのだから、不快感だけではなく、明確な痛み、場合によっては身の危険さえ感じるだろう。


彼のその姿に、しかし、私の心は動かない。

何もせず、ただ顔を晒す。


それだけだった。

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