第148話 おはなし
「まずは。」
そう言って、グラント王国を支える大貴族、ジルグ・ギ・ゼルバギウスが話を切り出した。
「本日も、彼らの受け入れ感謝する。」
そう言って頭を下げる大貴族。
私は唖然とするが、しかし、師匠はそれを止めることもない。
「それはこちらもだ。まあ、今回は厄介なのもいるみたいだが。」
師匠がそう口にする。
厄介と言うと、やはりあの女性だろうか。
あの狂気は確かに、厄介に違いない。
当主も同じ人物を思い浮かべたようで、その整った顔を申し訳なさそうに歪めながら、
「あの女か」
と呟いている。
実際のところ、あまりに凶悪な犯罪者、性格に難があると判断された犯罪者はゼルバギウス家の判断で処分されることも多いのだそうだ。
元々が死刑囚なので、そのことに関する倫理的な問題は既にない。
では、なぜあの女が生かされているかといえぼ、結局殺したのが恋人止まりだということ。
そして、女性だということが大きい。別に女尊男卑を持ち出すわけではなく、現実的にこの世界での野盗などの犯罪者には男性が多いこと、そして村の発展には、次代へとつなげていくには、男性と女性の両方が必要となる。
そう言った非人道的な理由から、彼女は生かされているのだろう。
「まあ、なんとでもなる。」
師匠がそう呟きこの話を終える。
なんとでもなるというその内容を、あえて確認するものはここにはいなかった。
その後もしばし、話が続く。
当主はカダス自体に行ったことはないが、それでもその村の目的や様子はかなり深く把握しているようだった。
そして、当主と師匠との間の話題が途切れ、なんとなくそろそろ終わるだろうかという空気になった頃。
今まで空気のようにしていた私に、当主の視線が注がれた。
「そういえばそちらの者は、賢者殿の弟子と伺っているが。」
その言葉を受け、まず師匠が答える。
「うむ。その通り、もう長い間、わしの元で学んでおるよ。ルーク、ご挨拶を。」
「はい。」
そう答え、私は当主へと顔を向ける。
先程から眺めていたその顔に、私がこの世界で目覚めほぼ最初に見たあの苦々しい顔とが重なる。
「今師匠からありましたように、ルークと申します。師匠の元で生活しながら、主に魔法を学んでおります。」
「そうか。」
私の挨拶を受け、当主が頷く。
「お前のことは、子どもたちから聞いている。遅くなったが、私の子どもと部下たちを救ってくれたこと感謝する。」
その言葉は、真剣に、心から出ていることが声音から伝わった。
子どもと部下を愛する名君。
「もったいなきお言葉です。」
「ルーク、と言ったか。確かにお前は拳と魔法に堪能だと聞いている。私も武に人生の多くを捧げてきたが、戦いに魔法を使うというのは初めて聞いたぞ。普通なら集中し、呪文を唱えるうちに矢で射抜かれるか、近づかれて斬り殺されるか当たりだろうからな。」
「はい。師匠に学び、魔法の発動速度に関しましては鍛えております。」
「うむ。無論、お前の才能も大なのだろうが。魔法が戦いに使えるとなれば、特に対人戦では大きいだろう。魔物相手では、余程の技術が必要になるだろうがな。」
これはまさにその通りだ。
女神も危惧していた通り、人間相手。もっといえば身体が脆い存在が相手で、あれば魔法に必要なのは速度と多少の精度。
威力を2の次に出来るのであれば、対人戦での魔法の有効性に気付く者は出てくるはずだ。
元々魔法は戦闘では役に立たない、生活のためのものという認識が強い故なんとなく気付いても実行に移すまでにいかなかったのはあるだろう。
私の存在はその気づきのきっかけになってしまったのかもしれない。
まあ、予想通りだ。
レイ様、ミリアーヌ様のことに絡めてお礼の一つくらいはあるだろうと思ったし、そこから魔法の話にもなるだろうとは思っていた。
もう、いいだろう。
話を終え、ご苦労だったとでも言ってもらって帰ろうじゃないか。
徐々に吐き気さえ催してきた私の期待は、しかし次の言葉で砕かれる。
「ルーク。その仮面なのだが。」
ジルグ・ギ・ゼルバギウスが吐き出したその言葉に、私の希望が砕かれようとしていることを私は理解するのだった。
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