第147話 名当主

扉を開き、そこにいたのは若い男性だった。

服装から執事などの使用人だろうか。

師匠と話していた、鎧を着た男性が声をかける。

「どうしたのだ。ヤナク。」

「はい。御当主様が、賢者ラト様にお話をしたいと仰っています。」


実を言えば、そうなる気はしてた。

きっと私の運は、師匠に拾われ、ユニ達と出会うことに全て使われたのだと。

そんなことを思うのだった。


憂鬱な気持ちを仮面に隠し、私は師匠の後を歩いていく。

とはいえ、仮面もつけているし、普通にしていればとくに問題もないだろう。

用があるのはあくまで師匠だろうし、この仮面では目立たないというのも無理な話だが、しかし、まともに考えれば、師匠が私を弟子と紹介して挨拶をする程度だろう。

レイ様の護衛のことで何か言われるかもしれないが、無難にやり過ごせばいい話だ。


ヤナクという若者、師匠、私の3人で廊下を歩いている。

例の建物は、どうやら騎士の詰所から本館を超えて、敷地の端にあったらしい。

最初からそこに向かわなかったのは、他の使用人に対するカモフラージュらしい。

カダス及び魔族に関する話題は、まさにトップシークレットということだ。

本館を歩くこと、1時間。

決してゆっくり歩いたわけではないが、その時間がかかったというだけでも、屋敷の広さが分かるというものだ。


ついに、私達は、一つの高価な扉の前に到着する。

別段見た目が派手というわけでもない。

むしろ落ち着いた茶色というよくある色合いのものだが、それが持つ重厚感やら、明らかに他の扉とは気合の入れ方が違うほどに綺麗に磨かれていることから、特別な部屋だと分かる。

「こちらでございます。」

ヤナクがこちらを向き、一礼ののち、そう言った。

続けて、扉へと向かって声を上げる。

「御当主様。賢者様にお越しいただきました。」

すかさず、中から返事が来た。

「うむ、入って頂け。」

「はい。……では、どうぞ。」

そう言ってヤナクが扉を開く。

師匠と私は、部屋の中へと入るのだった。


そこは、早い話テレビなどで見る偉い人の執務室だった。

広く四角い部屋に、目の前にテーブルを挟んだら2つのソファ。

奥には立派な執務机が置かれている。

そして、机の横に立つ男性が1人。


柔らかい印象を与える明るい茶色の髪を短く切りそろえた、その下には、いつか見たのと同じく、いやその時よりもなお、威厳のようなものを身に纏っている。

整った顔立ちは、昔はハリウッドスターを思い出させたが、今はあの貴公子、レイ様を思わせる。

というよりは、レイ様が目の前の男性、ジルグ・ギ・ゼルバギウスに似ているのだが。


ジルグ・ギ・ゼルバギウス。

ゼルバギウス家の現当主。

それはつまり、この国、およびこの大陸に置いて最も影響力を持つ人物ということだ。

その体は、服の上からでも分かるほどの筋肉と武を学んだからこそ分かる只者ではないその佇まいは、ただの貴族ではなく、前線で武器を振るった歴戦の武人だと教えてくれる。

そんな彼が口を開いた。

「これは、賢者殿。お呼びだてしてしまい、すみませんでした。」

その声は、威厳に満ち、自分の非を認める度量を確かに感じさせる。

噂に聞く、名当主という言葉もきっと嘘ではないのだろう。

そう思わせる雰囲気の持ち主だ。

「ふむ。」

師匠が声を出しながら、軽く頷く。

顧問のような立場だと聞いたが、一体どのような関係なのか。

「まあ、立ち話も何ですからな。」

そう言って、当主様がソファを手で、勧めてくれる。

私達はお言葉に甘えたる事にした。

というよりは、師匠の自然な動きからおそらく自然な事なのだろう。

そうなると、当主様がわざわざ口に出したのは新参の私への気遣いなのかもしれないな。


私達はソファに座り向かい合う。

さて、どうなることか。

予想以上に穏やかな心境で、そんなことを思うのだった。

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