第143話  ゼルバギウス領

改めて、ゼルバギウス領について説明しよう。

グラント王国北部、つまり魔物の一大生息地であるエルバギウス大森林のすぐそばに位置する東西に細長く伸びた領地だ。

そのため、王都グランセニアと並ぶ武の盛んな土地としても有名だが、流通の要であるグランセニア近辺では、盗賊などを想定した対人戦や集団戦が盛んなのに対して、ゼルバギウス領では魔物を想定し、かつ森のような場所で行われる1人ないし小集団での戦闘を磨いているという違いはある。

違いはあれど、どちらもこの国を、そして大陸を支えている点に違いはない。

実際、この国の騎士や冒険者たちは自分たちがいかに大切な職かを理解し、その事実を誇りに思っている。

また、子どもたちも、そんな大人たちの背中を見て育つためか武への親しみがつよい。

各地にある武道場には今日も子どもたちの声が響いている。

そしてその中の少ない数は、やがてこの国と大陸に住む人々を守るため、何より自分の生活を守るため、武とともに生きるのだろう。


ふと、女神のことを思い出す。

あの時、質問しようと思って出来なかったこと。

それが、魔物とはなんなのか。

いや、はっきり言えば、魔物とは女神が意図的に生んだ存在なのではないかという質問だ。

現実問題、魔物は人類にとって脅威だが、その存在によって人間同士の争いに発展していないと言う側面もあるのではないかと、地球での歴史を知る者としては思うのだ。

確か、地球において最も人間を殺している生き物は蚊、次点が人間だっただろうか。

この世界にも蚊はいるが、痒いだけで病気が蔓延すると言う話も聞かない。蚊の種類の違いか、この世界の人間の基礎能力が高いからなのかまでは分からないが。

そして人間に関しても、盗賊のような犯罪者こそいるが、戦争による大規模な死を長年、経験せずに済んでいる。

こちらは、前々から言っているように、魔物の存在によるところが大きい。

地球では互いに向いていた暴力的なエネルギーが魔物に向かっているのだろう。

そう思うと、魔力自体は女神が存在する故の不可抗力のような言い方だったが、魔物が存在する事には女神の意図が入っていたのではないか。

そう疑いたくもなる。

まあ、その疑いがどうであれ、私たちの生活が変わる事はないのだろうが。


そして問題となるのは、ゼルバギウス領を治めるゼルバギウス家だ。

既にこれも話したが、ギウスとは魔物を指す古い言葉だ。

エルは生まれる。バは、を、とも、が、とも使われる。

つまりエルバギウスとは魔物が生まれるという意味だ。

そしてゼルは打つとか攻撃すると言う意味を持つ。

つまりゼルバギウスとは魔物を打つと言う意味を持っており、それを家名とするゼルバギウス辺境伯家は家の誕生から今までの長い歴史を、魔物との最前線を支えて過ごしてきた王国有数の大貴族であり、共和国などの他国にもその名が知られている。

ゼルバギウス領に住む騎士や冒険者が普段から魔物たちを間引いてることは、大陸の、少なくとも人間側が住む土地の平和に少ない貢献を果たしているのだ。

事実、大陸にはダンジョンをはじめ大森林以外にも魔物の生息地はあるのだが、それでも大森林から溢れる魔物と普段から戦う彼らは特別視されている。


そしてその取りまとめ、トップこそがゼルバギウス家領主なのだ。

基本的に貴族とは距離を取りたがるギルドでさえ、ゼルバギウス家はその役割上無碍には出来ない。

当然長い歴史の中、名主もいれば凡主もおり、時には暗愚もいただろう。いや、暗愚であればすぐに取り除かれるか。

ゼルバギウス家の衰退は、最悪大陸の滅亡にさえ直結しかねない。

そして、今代の領主ジルグ・ギ・ゼルバギウスは歴史に残るであろう名主として知られている。

個人の武に優れ、指揮に優れ、内政においても広い領地を良く統治している。

彼の代になり、領内の汚職がなくなったと言われるほどだ。

まあ、ゼロではないのだろうが、そう言われると言う事は大分減ったのだろう。

また、汚職を一掃すると、今度は息苦しくなるのが世の常というもの。

白河の清きに魚(うお)のすみかねて、というやつだ。

が、彼の場合そういう話も聞かない。それだけ政治家として優れたバランス感覚が優れているのだろう。

また、彼の妻エリアス・ギ・ゼルバギウスは良妻賢母にして才色兼備。

その子どもたちレイ・ギ・ゼルバギウスとミリアーヌも、2人とも見目麗しく才にあふれてその心根も優しいと言われている。

事実、私たちは本人達に会ったのだが、街の噂に偽りがないことを保証しよう。


そして、私が生まれ、その醜い容姿から蔑まれ、最後は捨てられた。

そういう家だ。


私は今、ゼルバギウス領の中心、カトニックへと訪れている。

「ほれ、いい加減腹をくくりな。」

そう隣に立つ師匠に声をかけられた。

思わずゼルバギウス家の話をしてしまったが、結局現実逃避なのだろう。


師匠の言葉に現実に戻された私は、緊張が全く減らないことを感じながら、ガインの街より、なお賑やかな街を眺めるのだった。


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