第136話 呼び方

改めて、シス・ホーストという存在について考える。


まず外からの見た目は、一言で言えば1つ目の少女だ。

長く伸ばした黒髪に白い肌が対照的だ。最初に見たときは室内だったからか、やたらとその白さに病的な印象を受けたが、いま屋外で太陽の下で見ると、美しいという印象が強くなるから不思議なものだ。

さらに、目を引くのはやはり顔の中央にある大きな目。地球の感覚で言えば、異形といって差し支えはないだろう。

初めこそ、正直に言えば驚きもしたが、何人かの魔族と言葉を交わし、また昨日から1日がたった今、不思議と驚きより、納得の方が強い。この人にはこの姿が似合う、というべきか。

今更目が2つあるこの人をイメージしても違和感を覚える程度には慣れてしまった。

今もその大きな目が優しく細まり、安堵したという気持ちを伝えてくれる。

目は口ほどに物を言う、とはよく聞くがそれをここまで実感したのも初めてだ。

そしてこの人物は、見た目だけでは終わらない。

ワードル帝国という数多くの魔族が暮らす帝国をまとめる、ある種の象徴としての存在。

かつて魔王と呼ばれた女傑であり、ミリア師匠にとってかけがえのない存在だったアザー・ホーストの子孫。

また、今更ながらに思い至るが、師匠の弟子であるということは私にとっても姉弟子か、妹弟子に当たるということか。


「改めまして。ミリア師匠の弟子であるルークと申します。」

「はい。私も昨日言いましたが、シス・ホースト。一応皇帝などと呼ばれていますが、今は同じミリア先生の弟子としてお話ししましょう。」

と返される。

どうやら思ったほど堅苦しい人ではないらしい。

もちろん、その言葉に乗っては後悔する可能性もあるが、ことミリア師匠を介した繋がりというのであれば、ひとまず安心できるだろう。

ちなみに当の師匠は気づけば見当たらないが、どこに行ったのか。

そんなことを内心考えていると、

「ところでルークさんは、」

と声がかけられる。

「はい、なんでしょうか?」

そもそも身分違いの人と直接言葉のやりとりをしてもいいのだろうか。

昨日のカーラとかいう吸血鬼の女性の姿を探す。

どうやら来ていないらしい。

安堵するが、それはそれで安全面でどうなのだろうか。

「お年を聞いてもいいですか?」

と質問された。

旅に出たのが15歳ちょうど。その後一年少しの旅を経て、気づけば今に至る。

「今、16になりました。」

そう答えると、なぜか明るい表情になるシス様。

「そうなんですか!私は今年で20歳になるので私の方がお姉さんですね!」

と声を弾ませる。

昨日はもっと落ち着いた印象だったが、これが素なのだろうか。

というか、20歳という言葉に驚く。

見た感じ、むしろ年下かと思っていたのだが。

シス様が、嬉しそうに言葉を続ける。

「では、私の方がお姉さんということで、シス姉と呼んでもいいのですよ!」

この人は何を言っているのだろうか?

「はあ?」

としか返せないが、なんだか不敬だとかそういうことを考えるのが馬鹿馬鹿しくなってくる。

「いいじゃないですか。私、弟がずっと欲しかったんです。」

これは後で聞いたのだが、皇帝の家系はいわゆる女系というか女ばかり生まれるらしい。もちろん、たまに男性も産まれるが、かなり珍しく、帝国の歴史の中でも男性の皇帝はむしろ少数派なのだとか。

なので、女皇帝という言葉はないが、男皇帝という表現はあるらしい。

小さいことだが、なんとなく文化というものを感じるエピソードだ。

と、話を戻すと、

「いえ、しかしそのようなことは出来ません。」

と断っているのだが、この少女、いや女性も聞いてくれず、

「良いじゃないですか。怒るような人はいませんよ。」

なんて言ってくる。

いや、カーラさんは激怒すると思うが。そういえばあの人は今日は来なくて良いのだろうか?

皇帝を1人にさせるというのはやはり問題ではないだろうか。


問答が続くこと10分。

結局私が根負けしてしまった。

というか、不敬だというで断っていたが、断り続けることもまた不敬。

別に私は彼女の国の国民でもないが、そんな理屈がと勝てるわけもなく。

「シ、シス姉……」

と呟けば、

「キャー!ありがとう、ルー君!」

と喜ぶシス様。いつのまにか私の呼び名もルー君になってるし。

そもそも、これがテオのような見た目の人間に言われたなら気持ちも分かるが、実際は仮面をつけた180ほどの男が、頭2つは低い少女に相対しているのだ。


これから何が起こるのか、それすら分かっていない状況だが、既に疲れてしまった。


ただ、無性にユニに会いたい。

私は、現実から目を背けるのだった。

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