第135話 師匠の苦労話
てっきりそのまま、家に戻るのかと思ったのだが、今日はこの家に泊まるのだそうだ。
聞けばここは、師匠の拠点の1つであり、国の上層部と話をする為の場所でもあるらしい。
正式というか名目上はミリア師匠は、国政から完全に身を引いた存在であり、宰相や皇帝に会っているのは、問題を生むらしい。
「問題とはどんなことですか?」
と尋ねると、師匠は珍しく言いにくそうにしている。
まあ、私も深く聞きたいわけではなく、なんとなく口をついて出てきただけなのでそのまま流してしまおうかと思ったのだが、意外にも師匠がその問題というものを、教えてくれた。
「実はの、」
という言葉で始まったことには、なんでもかつてワドールにて師匠を信仰対象とした宗教があったのだそうだ。
その宗教、その名も賢者の教え教団が出来たのは今から500年前、帝国が出来て200年が経とうとした頃だった。
なんでも、その頃既に今の姿を手に入れていた賢者ミリアを生き神だと定め、その教えを受けようとする宗教だったらしい。
初めは師匠もすぐに廃れると放置していたのだが、予想に反して勢力が拡大していった、その賢者の教え教団という団体は、誕生から10年も経たないうちに、師匠にとって最悪の選択をすることになる。
つまり、皇帝を廃し、賢者ミリアが国を治めるべきという主張を始めたのだ。
当然、それを受け入れられないのは誰よりも師匠本人だった。
結果から言えば、師匠本人が教えを否定。
「そして表舞台から引退することになったんじゃよ。まあ、儂もそろそろ引き時かと思っておったし、結果的に良かったんじゃろうけどな。」
だが、この賢者の教え教団。未だに地下組織として生き残り、時折「この国を賢者に返すべき」という声明を出しているのだとか。
幸いなのは、過激派にまでならず地球のようにテロリストの生産工場にはなっていないことだろう。
もしかしたらそれにも、何か裏があるのかもしれないが。
というかいっそ過激な行動に出れば討伐の大義名分にもなるのだが、いかんせん穏健にされると逆に手を出しにくいのだとか。
なんにせよ、既に歴史も長くなってしまい、師匠達も迂闊に手を出せないらしい。
「迷惑じゃからやめて欲しいんじゃがの」
と、心底嫌そうに呟く師匠の顔が忘れられない。
「とはいえ、そこまで心配することもないかもしれんが。」
「と、言いますと?」
「何。この国にもアレクシア教があるからの。」
「え!?そうなんですか!?」
それはまた寝耳に水というか。思わず私の声も大きくなってしまう。
なんでも聞けば、賢者の教え教団が地下組織になってすぐ、ある魔族の男がアレクシア教と同じ内容。女神がこの大陸に生きる全てのものを作ったのだと教え、互いへの愛を説いて帝国全土を回ったのだそうだ。
これはもう、明らかにあの女神が何かしたのだろう。
師匠も同意見らしく。
「初めて人間の文化には驚いたもんじゃよ。まさか森を隔てた先でアレクシア教の存在を聞くとは思ってなかったからの。じゃが、あんたの夢の話を聞いて、なんとなく腑に落ちたわい。」
女神か。結局、私に何をさせたいのか、分かるような分からないような。
いつかまた会うこともあるのだろうか。
「はなしをもどすのじゃが。まあ、そんなわけでの。実は儂が皇帝の一族に勉学や魔法を教えとるのも、秘密なんじゃよ。というか、一般の者は、儂の名前を使った誰かが教えておると思っとるし、政府もそう広めておる。」
つまり歌舞伎なんかでいう襲名みたいなことをしていると思われているのか。
実際は本人が教えているわけだが。
そんな話を聞きながら、この家にあった食材を借りて簡単な夕食を食べた後、私たちは休むのだった。
翌日、まだ早い時間に師匠に連れられて家に戻ると、そのまま待っているように指示を受ける。
なので、リビングの椅子に座って魔力を練りながら暇を潰していると、師匠の声が聞こえた。
「おーい、ルーク。出てきなさい。」
と呼ばれ私は出て行った。
すると、
「ほれ、客を連れてきたぞ。」
「……」
絶句する私を尻目に、ほれ、と言いながら師匠の指差す先にいたのは。
「おはようございます、ルークさん」
朝の挨拶とともににっこりと笑うシス・ホースト皇帝陛下、その人だった。
「お、おはようございます!」
すぐさま跪き挨拶をする私に、
「ああ!ダメです!普通にしてください!」
と慌てたように声をかけてくるシス様。
その声に私も慌てて、つい、
「も、申し訳ありません!」
と立ち上がる。すると、安堵したようなシス様の姿があるのだった。
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