第120話 アザー・ホースト

「ルーク。そもそもなんで動物が魔物になるんだと思う?」

ミリア師匠に尋ねられる。

「それは魔力が体内に貯めることによってではないのですか?」

確かそう教わったと記憶している。

「そうじゃ。そしてどうやって貯まるかというと食事を通して貯まるのじゃよ。」

「食事ですか。」

「うむ。そもそも魔力が濃いというのは地中に含まれる魔力濃度が濃いという意味じゃ。何故土地のうち魔力の濃い場所とそうでない場所があるのか。どのようにして魔力が土地に溜まるのかはまだ分かっていないがね。とにかく魔力の濃い土地では、最初にそこに育つ草花が影響を受ける。植物は栄養を吸うように魔力を吸い、その葉や実に魔力を蓄えるのじゃ。そしてそれを小動物や虫が食べることで、明らかに違う姿に変化する。それが魔物化じゃ。あまり知られてはいないだがね。動物の魔物化も世代間で行われるのがほとんどなんだよ。そしてそれらの魔物を食べた大型の動物も魔物になるのさ。そのせいだろうね。元々体の大きな魔物の方がより濃く強い魔力を備えていることが多いんじゃ。」

つまりはフグの毒のようなものだろうか。

フグの毒がどこから来るかは実はわかっていないことが多いらしい。一説では有毒のプランクトンやヒトデを食べることで体内で毒が濃縮されているとか。

生物濃縮と呼ばれる現象だ。

そして、人間も例外でないとすれば。

「気付いたかい?そうさ、人間が魔族になるのも同じ原理だ。ワドールの土地自体が魔力が濃い上に、ゼルバギウス領側の森よりも食用に向いた魔物の肉が取れた。そこで取れた作物と魔物の肉を普段から食べている事で体に魔力が溜まっていったのさ。」

そしてこれはまた儂の仮説なんじゃが、と前置きした上で師匠は続ける。

「以前お前さんが、前の世界の知識を教えてくれた時、遺伝子がどうの、進化がどうのという話があったじゃろう?それで思ったんじゃよ。魔物化というのは、進化に近いのではないかとな。」

それは、思いのほか納得が出来た。

もちろん、地球でいう進化とは完全に同じではないのだろう。そもそもスピードが違う。

しかし、魔物化というものを、魔力が濃い土地への適応と考えれば、確かに進化と言えなくはない。

実際魔族は、そこまでの差はないが一般的に人間よりも腕力に優れ、何より魔力が高いので魔法への適性が高い。

それは私もよく使う気配察知の魔法が得意ということにつながり、魔物に襲われ命を落とすという事例は人間に比べてはるかに少ないそうだ。

そして種族毎に得意なものもある。

単純に体が大きい種族もいれば、手先が器用なもの、聴力に優れるものなど、まさに千差万別だ。

「何故人間、というよりも魔族だけがこんなにもいろんな種類が現れたのかはまだ分からんがな。」

そして、ミリア師匠の話は歴史に戻る。

「なんにせよ、一度王国としてまとまったワドールは、種族毎に別れて暮らす土地となった。それで終われば、いっそ良かったのじゃがの。魔族になろうと元は人間ということか。限りある土地を巡って、ワドールの土地では長い間争いが絶えなかったんじゃ。」

それは日本の戦国時代のようなものだったらしい。

オーガとコボルトが戦争を行えば、エルフとゴブリンが争い、別の場所ではドワーフと巨人が武器を持ってぶつかり合う。

そんな光景が当たり前という時代が何百年という単位で続いていた。

人間の歴史で長年戦争がなかったのは、あくまで利害の一致が明白だった事と、魔物が完全な敵だったためだ。

なまじ魔族として

「しかし止まない雨はないなんて言葉もあるけど、戦争だっていつかは終わりがくる。それを終わらせたのが、現ワドールの支配者ホースト家の始祖アザー・ホーストその人じゃ。」

どこか懐かしそうに目を細めながらその名前を口にするミリア師匠。

アザーは、青い肌をした特に魔力量の高い種族、マギ族の出身の女性だった。

彼女は膨大な魔力に加え、剣の才能に恵まれていた。その上無詠唱の魔法を使いこなした彼女は1人で一軍に匹敵すると言わる。火魔法を特に好んだ彼女は、時に軍団を焼き払い、捨て身で距離を詰めた集団をその手にした剣でなぎ払った。

炎の剣と呼ばれた彼女はいつしか全ての魔族を従え、こう呼ばれるようになる。

「魔王アザー・ホーストの誕生じゃよ。」


そうしてまたワドールに新たな国家が誕生した。

しかし、全ての支配を望まなかった彼女は、中央政府を設置した上で、ある程度の法律の整備などはしつつも、各種族の自治権もかなり認めることにした。

結果的に多数の種族を各族長が治めつつ、その上にホースト家を頂点にした中央政府が君臨している。

帝国といっても地球でいう帝国主義とは違う、複数の民族を支配するという意味での帝国だ。

しかし種族毎の自治権はあるが同じ支配者による長い時代の中で融和は進み、首都であるアカルムを始め主要な都市では多くの種族が共存しているのが当たり前になっているそうだ。

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