第121話 ミリアラトテプル

朝早く家を出て、気づけば日はだいぶ高く登っている。

もう昼だと言うべきか、まだ昼だと言うべきか。

この時間で聞かされた情報量に比べると、まだと言う気分になる。

歴史の裏の物語。いや、魔族達からすればそれこそが表なのだろうが。

多くの話を聞いたが、まだ疑問は残る。

魔族については何となくわかった。人間とは関わらず魔族達だけで歴史を紡いできたことも。

ではなぜここに、人間と魔族が暮らしているカダスのような村が存在するのだろうか。


それにしても、

「師匠はエルフだったんですね。」

「?なんでそうなるんだい?」

「えっ?違うんですか?」

改めてミリア師匠の姿を見る。

拾われて十数年。全く変化のない姿に、ただの人ではないと実感する。

何年も変わらない美しい姿。森の中での暮らし。

それは私が知るエルフの姿そのものだ。

それを伝えると、

「まあ、美しいってのはありがたく受け取っとくよ。」

と頬を赤らめた後、

「けど儂はエルフじゃないよ。あんたの元の世界ではどうか知らないけどね。こっちでのエルフの特徴は尖った耳くらいさ。エルフはそこに魔力が溜まりやすくてね。魔族一耳が良い種族なのさね。」

美しいというのも特に当てはまらないらしい。

そういえば村で見たそれらしい女性も。

いや、迂闊な言及はやめておこう。

そもそも、私に人の顔の美醜をとやかくいう資格はない。

「顔の良し悪しなんて個人の問題さね。少なくとも魔族の中にみんな美人だなんて特徴の魔族はいないさ。まあ、ゴブリンなんかは人間の感覚では不細工なのかもしれないけどね。ワドールでは、みんな姿が違いすぎて、人間ほどは気にしないさ。それに、魔族も人間と寿命は変わらないし、歳をとればふつうに見た目も変わるんじゃよ。」

ということらしい。

そして続ける。

「儂もそこら辺の感覚を掴むのに苦労したさ。正直まだよく分からないんだけどね。」

「そうなんですね。ですが、では師匠はなんという種族なんですか?いえ、そもそも魔族なんですか?」

ここまできて、私は結局質問をそのままぶつけてしまう。

「ま、今日は元々教えるつもりだったしね。」

師匠はそう言って席を立つ。

いつも着ている、飾り気のない緑のローブ。

それをおもむろに脱ぎ出した。

シミひとつなく白い肌。

美術品のように均整のとれた体つき。

どことは言わないが、紛れもなく女性だと分かる。

私が口を出す暇もなく師匠が口を開く。

「よく見ておきな。」

そういうなり、師匠の体が魔力で包まれる。

師匠のオリジナルである変身魔法。

世界を旅し、使い手どころかその魔法の存在さえ聞くことはなかった。

一瞬にして、街に行く際に使う老賢者ラト師匠の姿になる。

同じくどことは言わないが、本当に男になっていることが分かった。

初めて確認したが、別に嬉しくない。

「まあ、このままも何じゃからな。」

そう言って師匠はまたミリア師匠の姿に戻る。

「さて、儂のことなんじゃがな。」

そう言って話し出す師匠に、

「師匠服を着てください。」

というかなぜ脱いだのか。

「気にせんでも良いじゃろう。ユニの嬢ちゃんとも男女になったんじゃないかい?」

「そうですが。」

確かに恋人にはなったがその手のことはまだしていない。

いや、何でこの場面でこんな話題になっているのか。

「ま、男女のことに口出しする気もないけどね。じゃあ、すぐ済ませるからよく見ておきな。」

そう師匠が言うや、変化が起こる。

私は目を疑う。

この世界に生まれ不思議な経験は何度かした。

魔法という存在がその最たるものだったが。

端的にいうなら、私の目の前で師匠が溶けた。

体全体が液体のようになり、床の上に山ができる。完全な液体ではないようで、私の腰ぐらいまでの高さだ。

そのてっぺんの少し下あたりに穴が空き声が聞こえる。どんな原理かは見当もつかないが、その声は確かにミリア師匠のものだった。

「これが儂じゃ。そして、儂だけが変身魔法を使える理由でもある。因みに、この姿の時の儂は、テプルという名前じゃよ。」


ミリア師匠は、あえて地球でのファンタジーに当てはめればスライムという種族だった。

いや、種族という言い方は少し違うかもしれない。

語られたのは師匠の今までだった。

「儂が本当はなんなのか、実を言うといまだに分からないのじゃよ。今から800年前、気づけば儂はワドールの土地に生まれた。最初はただこの姿じゃったよ。不思議と喋り方なんかは分かったし、何故か最初からある程度知識なんかも持っていたけどね。儂は最初、土の中の魔力を吸いながら、土地をさまよっていたのさ。当時はまだそこかしこで戦争の真っ只中。幸い気配の消し方も分かった儂は、巻き込まれては敵わないとコソコソと、けど色々と見るのを楽しみながら、生きていた。」

「かれこれ100年ぐらいそんなことを続けていた時に、出会ったのさ。のちに魔王と呼ばれるアザーと言う少女にね。あの子は天才じゃったよ。気配を消した儂を見つけたのはあの娘が最初で最後だったね。」

そして少女アザーは、師匠の最初の話し相手になったのだそうだ。テプルという名前も、アザーの名付けらしい。

「アザーは戦争孤児でね。両親はどこかの種族との戦争で死んだんだそうじゃ。そのままだったらアザーも野垂れ死んでたんだろね。」

しかしアザーは師匠に出会い、生き方を始め知識を与えられる。

「幸い色々と見てきたからね。その時には魔法の使い方も知ってたし、空間魔法も使えたから、戦争跡地で拾った金目の物なんかをアザーに売らせて、何とか食いつながせたのさ。」

そして成長したアザーのしたことは、私からすれば常軌を逸していた。

彼女は両親を奪った戦争を憎んでいた。そして何のいたずらか、それを止めるだけの力も持っていたのだ。

「魔法は儂が教えたけど、剣は自己流だったね。適当な兵士の死体から剣を奪って使ってたよ。」

アザーは、何と1人で軍隊に喧嘩を売った。

戦があると聞けば赴き、両方の軍を殲滅して回った。

まあ、そんな無茶が出来たのは師匠の助けも大きかったのだろうが。

「儂も戦争にはうんざりしていたからね。何度か囲まれたり、捕まりそうにはなったけど、そこは空間魔法のおかげだね。」

そんな生活を1年続けながら同時に彼女は仲間を集めた。これも師匠の入れ知恵らしい。

「ま、1人で出来ることは限界があるからね。あの娘は1人で出来る範囲が馬鹿みたい広かったけど、それだって無限ではなかったさ。」

彼女と師匠は、同じように戦争を憎むものを集め続け、組織を作り始めた。これが後の中央政府の元になる。

「アザーは色々な才能があったけど、中でも仲間に恵まれる才能が凄かったね。実は最初は、せいぜいアザーが落ち着いて暮らせるようになれば良いって言う程度の考えで仲間を集めるよう勧めたのさ。どこかにアザーたちの隠れ家でも作ってね。」

そして出来たのが、今も続くワドール帝国なのだから、なるほど、仲間に恵まれたにしても桁の違う話だ。


今の師匠は半分液体のような姿で、表情はわからない。

しかし、アザーの話をするその声はとても楽しそうだった。

師匠の話はさらに続いていく。

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