第119話 魔族の始まり

「さてと、長くなったけどもう少し付き合ってもらうよ。」

「はい、師匠。」

実際、確かに歴史としては興味深い内容だったが、今私が知りたい話である魔族について、何もわかっていない。

話の流れから、その逃亡した奴隷たちが作ったという国ワドールとやらが関係していそうだが。

逃亡奴隷は当たり前だが、地球の歴史でも多くいた。

例えばアメリカ大陸に連れて行かれた奴隷たちのうち逃げ出した人たちはマルーンと呼ばれる。

彼らマルーンは山中で武装し、独自のコミュニティを作った。

時にそれは独立国家として100年近く栄えることもあったらしいし、街のような規模であれば現代でも影響力を残していると本で読んだことがある。

「エルバギウス大森林を越えた先には、平野が広がっていてね。ワドール平野と呼ばれているんじゃが、王国から逃げてきた彼らはそこに集落を作ったんじゃ。」

「つまり不明領域を越えたということですか?」

不明領域とは、エルバギウス大森林の深層のさらに先、未だ何もわかっていない土地で、世界で最も危険な土地とされている。

そこに入り戻ってきた冒険者はいない、はずだ。

「そういうことじゃが、実を言うと不明領域とは考えられているほど危険な土地ではないんじゃよ。もちろん危険は危険じゃが、今のように人が踏み込めなくなっているのは、簡単に言うと結界のせいなんじゃよ。」

「結界、ですか?」

ファンタジーではよく聞くが、この世界では初めて聞く言葉だ。少なくともそう言った技術を教わった記憶はない。

「ま、詳しく話すと長くなるからそう言うものがあるとだけ思っておきなさい。とにかくそれによって、資格のない人間は、不明領域に着くと、先に進もうと思わず戻っていってしまうのさ。もちろん中には深層の魔物によって食われた奴もいるだろうけどね。」

「なるほど。」

「話を戻すけどね。そうして平野に住み着いた彼らは時間をかけて、なんとか国と言える程度にまで大きくなった。最初に内乱を起こした男の子孫を王族としてね。」

「それが先ほど言っていたワドール王国ですか?しかし今は帝国なのですよね。」

「そうさね。まあ、帝国の話は置いておこう。まだワドールが王国だった時、森林を超えて数百年後、それは起こったのさ。」

「それ?」

ついに、話の核心が出てくる。

「魔族の誕生じゃよ。最初は子ども達だったそうじゃ。ハンターとは、まあ、冒険者のようなものでな、森に入って魔物を狩ることを生業にしておる。これは伝説だがの、ある日、ハンターの夫婦の家に子どもが生まれたのじゃ。初めは普通じゃった。しかし、生まれてから数ヶ月後、変化が訪れる子どもたちが現れた。」

「変化ですか?」

「そうじゃ。それも1人2人ではない。国中の子ども達が成長するにつれ、徐々に肌が青くなったり、角が生えたり、耳が尖ったり。中には子どもなのに、顔に老人のような皺が現れた者もいた。これらが魔族じゃ。答えを言ってしまうとじゃ。魔族とは人間が魔物化した存在なんじゃよ。」

魔物。動物が魔力によって変化した存在。

確かその詳しい変化の過程は分かっていなかったはずだが。

「まあ、魔物化のことは後で説明してあげよう。何故人間が魔族になったのかもね。さて、ルーク。もしあんたに子どもが生まれ、それが自分とは違う姿に変化していくとしたら、どう思うかね?」

想像してみる。自分に子どもがいたとして、人ならざる姿になっていく状況。

それは最初から吐き気を催すほどに醜い子どもが生まれるのと、どちらが辛いだろう。

「実際は、辛いとかよりも大混乱じゃったろうけどな。ただ、確かに中には角を切り落とそうとして死んでしまった子どもや、耳が尖る程度ならまだしも、あまりに醜く変わっていく子どもを捨ててしまう親もいたそうじゃ。」

「……。」

「不思議な子どもたちは、増える一方で減りはしない。そうするとある事が分かってきた。」

「ある事、ですか?」

「変化に、ある程度の種類がある事じゃよ。実際は細かい変化を入れれば無数なのじゃが、成長するに連れ、例えばガストンのようなオーガ族と呼ばれるような姿になるもの、なんて言うように似た姿になるものがいる事に気付いたのじゃ。」

「なるほど。それでオーガという種族になったのですね。」

「うむ。実際は当時はもっと混乱もあったじゃろうけどの。異様な姿になることを最も恐れたのは、当たり前じゃが当の本人達じゃった。せめて姿形の似たもので助け合おうと、徐々に似た者同士で集まり始める。せっかく国のようにまとまり始めたワドールもそれどころではなかったじゃろうな。残念ながら、当時のワドールに彼らをまとめ導く力はなかった。結果として、はじめての魔族が生まれて100年近く。全ての人間が何かの魔族になる頃には国は分裂し、魔族達はいくつもの種族に別れて暮らすようになっていた。そしてその後、当然、次の世代が生まれ始める。」

「次の世代もやはり魔族だったのですか?」

「うむ。魔族の特徴は引き継がれるのじゃよ。つまりオーガを親に持つ子どもは、初めは人間の子どもと全く同じじゃが、成長するにつれて、角や牙が生えて、肌が赤くなってくる。こうして本格的に、オーガ族とか、ここに来る途中に見たゴブリン族やエルフ族とか言った種族が生まれるようになったのじゃ。これが魔族の始まりじゃな。そして時代は更に進んでいく。」

どうやらミリア師匠の話はまだ続くようだ。


魔族。人が魔物になった存在。

その存在に、何故か私は、自分の顔を撫でるのだった。

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