第118話 隠された歴史

カダスへと足を踏み入れた私の目に飛び込んできたのは、異様な光景だった。

いや、村としては真っ当な部類だ。

別に異常極まりない比ユークリッド幾何学的な外形を持つ建造物なんてものはない。

柵で囲まれた土地の中に木造の家が建ち並び、村になっている。

村とは言うが、限りなく町と言って良いほど大きい集落だ。

まあ、この国というか大陸では村と町の境ははっきりしていないのだが。

そこの住人が村だと言えば村だし、町だと言えば町だ。

家が全て木造なのは、大森林の中ということを考えれば納得できる。

強いて言えば、高床式の家というのはこの世界では初めて見たが、やはり熱帯雨林の中ということだろう。

地球でも東南アジアなど熱帯雨林の近くの地域では、激しい雨季に備えて高床式の建造物がよく見られる。

つまりこの村は、そう言った知恵を蓄積できるだけの歴史を持つ村なのだろうか。

少なくとも、数年の滞在の為に作った物とは思えない。

が、問題はそこではない。いや、問題と言ってしまっては語弊があるが、私の目を最も引いたのは住人たちの姿だ。

ガストンさんが言った、魔族と人間が住む村という発言が再び頭に浮かんでくる。


例えば一見子供に見えたある人影は、緑色の肌に皺くちゃの顔、大きな鷲鼻に黄色い目をしている。日本のファンタジーに出てくるゴブリンのような姿だ。

また別の方向を見れば、普通の女性のようだが、耳が尖った人がいる。もしかしてエルフだろうか。

ただ顔は、なんというか普通だ。

私のような顔の人間が人様の美醜を判断するのは心苦しいが。

そしてガストンさんによく似た姿の魔族もいる。オーガと言っていたな。

その他にも、青い肌の魔族や、体中が白い毛で覆われている魔族など、まさに雑多だ。

それらに混じり人間の姿も見える。


ミリア師匠の後について歩くことしばし、1つの建物の前に来た。

恐らくは村の中央。他と比べて随分大きく、集会所のような役割の場所だろうか。ここも高床式で、階段の先に扉がある。

師匠はそのまま階段を登り、建物の中に入っていく。

私も後に続いた。

果たしてその先には、やはり広い部屋がありゴザのようなものが敷かれている。

体育館や道場ほどの大きさはないが、10人程度が輪になって座るには十分な広さだ。

奥にはさらに扉があり、師匠はその扉に入っていく。

再度、師匠に続くとそこは普通の部屋でテーブルとその両端に椅子が置かれている。右手奥には本棚も置かれ、下二段を除き全ての段が本で埋まっていた。

「まずは座るといい。」

師匠がそういって自分も1つの椅子に座るので、私も残りの椅子に座る。

机を挟み、向かい合う形になる。

私が座ったのを確認し、師匠が口を開いた。

「さて、何から説明しようかね。ルークは何から聴きたい?」

「あまりに色々ありすぎてしまって。私も何から聞けばいいのか。ですがやはり、そもそも魔族とはなんなのか、教えて頂けますか?」

「ふむ、そうだね。じゃあ、まずはそこを教えるとしようか。」

そう言って師匠は、魔族について、ひいてはこの大陸の歴史について語り始めた。

「初めからとなると、最初はやっぱり奴隷の話じゃろう。いつだったか、昔は奴隷がいたと話してんじゃったかな?」

「はい。確か、グラント王国ではその昔戦争で負かした国の民を奴隷として魔物狩りなどをさせていたとか。そして、表向きはある王女が解放させたとされていますが、実際は奴隷が力を持つことを恐れたある王が、兵士などとして取り組んでいったと教わりました。」

「ふむふむ。よく覚えていたね。じゃがね。実はそれも真実ではない。」

「そうなのですか?」

「そうじゃ。グラント王国の形が出来て100年。今からだと1400年ほど前の事じゃ。未だ多くの奴隷たちがいた時代に、奴隷たちの大規模な反乱と脱走が起こったのじゃ。実際、奴隷の反乱自体は珍しいことではなくてな。その度に軍によって鎮圧されていた。それも最初は王国の南にある、とある小さな町で起こったよくある反乱じゃった。ある奴隷が主人を殺し、同じ町の奴隷たちを引き連れて町を出ようとした。普段ならそこで終わりじゃが、その首謀者はあまりにも強くてな。軍を返り討ちにし、町から出て行った。その際に町の食料庫も襲ったらしいの。その後も町々を巡り、食料と奴隷を奪っては、徐々に北に向かっていった。元々力仕事なんかを押し付けられていた奴隷たちは戦いも強いものが多く、逆に奴隷に頼っていた軍人たちは弱くなっていた。気付いた時には数千人にまで膨れた集団は、国の軍隊でも手を出せないほどになっていての。結局奴隷たちはそのままエルバギウス大森林へと消えていったのじゃよ。当時のことは徹底的に王国が揉み消してな。当時はまだ文字こそあれど、記録を残す技術も未熟じゃったし、結局王家の極秘の歴史としてのみのこされた、というわけじゃ。」

師匠の話に、しかしすぐには反応できない。

「そして、その奴隷たちがエルバギウス大森林を越えて先に作った国こそ、ワドール帝国の前身、ワドール王国なのじゃ。」

師匠の説明はその後も続く。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る