第117話 カダス

「そう言ってくれのは嬉しいけどね。一応内容を聞いてから答えるものだよ。今のは儂の聞き方も悪かったけどね。」

私が勢い込んで答えると、ミリア師匠から呆れられてしまった。

「それは、そうですが。では、どんな仕事なのですか?」

「ふむ。その前に、ルークは明日は予定はあるかい?」

「いえ、特には。」

ユニもテオもアイラも、数日は街を出る準備に忙しいと聞いている。

「じゃあ明日の朝、連れて行くとしようかね。」

とのこと。どうやら、仕事とやらはどこか別の場所でやるらしい。

どんなものやら想像もつかないが、その後質問しても明日教えてるのことで結局分からなかった。

まあ、明日分かる事だろう。


翌朝、

「じゃあ、行くとするかね。」

と、家の前から空間魔法でどこかの村に連れて行かれる。

先に言ってしまうと、その日は私にとって生涯忘れられない日の1つとなるのだった。



「着いたよ。」

「ここですか?」

森の中、向こうに村が見える。

決して小さくはないが、場所のせいか栄えていると言う印象は受けない。

が、遠目でよく見えないが、鎧を着込み兜まで被った見張りが入り口の左右にいるのは、魔物の侵入に備えているのだろうか。

「なにはともあれ、見てみないことには始まらないね。」

ミリア師匠の声が、かつてないほどに硬い。

緊張している?あの師匠が?

ところで、先ほどから随分暑いし、湿気も凄い。

もしかして、エルバギウス大森林の中だろうか。

そんなところに村があるのであれば、確かに凄い話だが。

師匠の後に付いて歩くうちに、なるほど、師匠が緊張した理由がわたしにもなんとなく理解できた。

いや、正確には最初私は自分が見たものを理解出来なかった。

ここがエルバギウス大森林の中か外かなんて話は、どうでもいい事だ。

門番の姿を見た瞬間、まだ村までは多少の距離があるにもかかわらず私は立ち止まってしまう。

その門番のうち向かって左の人物が、明らかに人の顔をしていないことに気づいたために。


右側の人物は普通の人間だった。

問題はだから、反対の方だ。

私もそれなりに体格には恵まれていると思っているが、その人物は私が見上げるほどの体格をしている。

地球での経験から、私はおそらく185センチ程度だと思われる。

そこから考えると、2メートルどころではない。2メートル50センチはあるだろうか。

しかし、それ以上に彼を特徴付けているのはその顔だ。

私のような顔の人間が、他人の顔をどうこう言うのは気が引けるが、それでも彼の顔は人間のそれではない。

まず目を引くのはその赤い皮膚だ。

赤ら顔というレベルではなく、全体が絵の具を思わせるような赤色をしている。

目や鼻、口の位置そのものは人間のそれと変わらないのだが、その口には下顎から上に向けて2本の牙が鼻の高さまで伸びている。

そして、先程兜を被っていると言ったが、訂正しよう。

彼は何も被ってはいない。

それなのに兜を被っていると勘違いした理由は、頭に生えた二本の角。

早い話が、彼は日本の昔話やファンタジーに出る鬼やオーガと呼ばれる種族そのものの姿をしていたのだった。


驚きに何も言えない私にミリア師匠が話しかける。

「驚くのも無理はないね。あいつは魔族。その中でオーガと呼ばれる種族さ。」

師匠の説明が耳に届く。

魔族、オーガ。

それは確かにファンタジー小説なんかでは良く目にする言葉だ。

実を言うとこの世界にも似た話はある。

大森林の奥には人とは違う生き物がいて国を作っているとか。女神アレクシアの怒りを買った人間は悪魔にされて森に連れ去られてしまうとか。

娯楽小説の類としては、大人気というほどではないが、それなりに認知されている内容だ。

それこそ悪い子は、大森林の悪魔に攫われてしまうなんて躾話もある。

しかしそれは、言ってしまえば地球のビッグフットのような、オカルトの類だとばかり思っていた。魔法が存在する世界でオカルトというのもなんだが。

「……。」

門に向かう師匠に、まだうまく頭の働かない私は黙ってついていく。

そして門に着く。

「よう、ガストンにジョッシュ。今日も働いているようだね。」

そうミリア師匠が挨拶をすれば、

「「おはようございます。ミリア様。」」

と、ガストン、ジョッシュと言うらしい2人の男性が挨拶を返している。

オーガという種族らしい男性が私の方を見ながら声を出す。

その声は低い落ち着いた声で、見た目と違い、聞いてるものに安心感を与えてくれる。

「ミリア様、そちらは?」

「こいつはルーク。儂の弟子さ。」

「なんと!ミリア様のお弟子さんですか?」

「へぇー、賢者様にお弟子がいたとは驚いたね。」

そんな会話がある。

ちなみに、最後から2番目の台詞がオーガの男性の。最後のセリフが人間の男性の言葉だ。

なんとなくだが、既に2人の性格の違いが分かる気がする。

「ルーク、挨拶を。」

と師匠に促される。

「あ、えーと、ミリア師匠の弟子であるルークと申します。お見知り置きを。」

まだ全てを飲み込めてはいないが、 なんとか挨拶できる程度には頭が回り始めてくれたようだ。

「どうも初めまして。オーガのガストンです。ルークさんは、その様子だと魔族に会うのは初めてですか?」

「あ、はい。すみません。」

「なーに、驚くのも当たり前さ。むしろちゃんと喋れてるんだから大したもんだぜ。俺はこいつに始めてあった時に、ちびったからな。あ、俺はジョッシュだ。よろしくな。」

「あれは、臭かったね。」

そうガストンさんがしみじみというってことは、本当なんだろう。

「詳しくはミリア様が教えてくれるだろうから大丈夫さ。遅くなったけど、ようこそ魔族と人が暮らす村カダスへ。」

「ま、色々と驚くと思うぜ。」

そう言うと、2人の門番が脇に避ける。

「ありがとうございます。」

師匠は私たちが話しているうちに、門の先に入っている。

お礼を口にした私は、師匠の後に続きカダスというらしい村へと足を踏み入れるのだった。

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