第116話 それぞれの道

別れようというユニの言葉に、目の前が一瞬暗くなる。


ところで、確か以前どこかで言ったと思うのだが、私達の住むこの大陸は、北は暖かく南は寒いという、地球でいう南半球に属する土地の特徴を持つ。

そして、人類が暮らす土地として最北端であるここグラント王国はゼルバギウス領の更に北に位置するエルバギウス大森林は、雨量も多い。

ガインの街程度であれば、地球での地理に当てはめた場合、おそらく温帯気候に属すると思うのだが、大森林の奥、深層の更に北である不明層とか不明領域と呼ばれる土地では、頻繁に雨雲が広がっている様子が観測されている。

何が言いたいかというと、エルバギウス大森林は地球でいうアマゾンのような熱帯雨林なのだと思われる。

そしてそこを水源とする多くの河が王国の土地を流れており、王国はそれらの河によって農業の面でも物流の面でも発展して来たのだ。



と、すまない。

ユニの言葉に思わず現実逃避をしてしまった。

今は王国の地理や歴史はどうでもいい。が、そのおかげで少し冷静にはなれた。

まずはユニの真意を聞かなければ。

そう思っていると、ユニがこちらを覗き込みながら、

「どうしたの?ルーク。」

と聞いてくる。

なんだろう?この温度差は?

「い、いや。いきなり別れようと言われればな。何か、私はユニを傷つけてしまっただろうか?私ではユニの恋人に相応しくなかったか?」

そう問いかけると、ユニはキョトンとして、おそらくは先ほどの自分の発言を思い出しているのだろう。

目線が上に行く。

そして目を見開き顔を赤くしてアタフタと手を振りながら、

「ち、違う!わ、別れるって、そうじゃなくて!」

と必死に声を出すのだった。


ユニに落ち着くように促した後、詳しい事情を聞くことが出来た。

「実は、」

とユニが話すには、なんでも私達が帰ってくる数日前にギルド経由でゼルバギウス家からユニに指名依頼があったのだそうだ。

内容は、今年と来年、約2年間のミリアーヌ様の護衛。

なんでも、人数の確保は出来たがミリアーヌ様本人のたっての希望で、ユニに残りの留学について来て欲しいそうだ。

もちろんギルドが言うには、断ることも可能だが、出来れば受けて欲しいとのこと。

というのも、確かにギルドは横暴に対して抵抗はするが今回は正式な手順を踏んだ依頼であり、かつ他ならぬゼルバギウス家の依頼というのが大きい。

ギルドはそうは言っても正式には王国の公的な組織であり、立場としては王家の直属だ。それ故、並みの貴族には強く出れるが、王家との付き合いの深い家からの依頼は無碍にしにくい。

ましてやゼルバギウス家はその役割上ギルドとしても無視は出来ず、おまけに今代の当主は領民からも高い支持を受けていてギルドとしては良好な関係を作りたいそうだ。

とはいえ、だ。ユニが断れば代わりの冒険者をギルドが推薦するなどの方法もあるので、本当に嫌なら断ることも出来る。

だから最終的に大事なのはユニの気持ちだ。

「それで、ユニ自身はどう思っているんだ?」

とはいえ聞くまでもないと思うが。

「ん。依頼、受けようと思う。」

やはりな。

指名されたのはユニだけなので、そういうことならしばらくはユニとは会えないということになる。

つまり、先ほどの別れようとは、恋人関係を解消しようということではなく、しばらく別々に行動しようという意味だったらしい。

何故そんな紛らわしい言葉をと思ったが、

「だって約束が。」

という言葉で理解した。

実は私も今日その話をしようと思っていたのだ。

というのも、ヴィーゼンで私たちは約束をした。

旅を終えたら結婚しよう、と。

幸い収入については旅の間にもかなり増えたし、まだまだ冒険者としては現役だ。金銭面での心配はほとんどない。

そして最大の懸案事項だったカイゼル師匠からも先程のことで許しを得た(と思われる)ので、折を見てとさえ思っていたのだが、そういうことならしばらくは延期になるだろう。

ユニもその点だけが気がかりだったらしい。

「安心してくれ。」

とユニに声をかける。

「散々待たせた私が言うのはお門違いかも知れないが、焦ることはない。せっかくユニがやりたい仕事が向こうから来たんだ。行っておいで。」

確かに2年、まあ一時期的な帰省はあるがそれでも長い期間会えないのは辛いが、今生の別れでもない。

護衛ということで危険はなくはないが、ユニの腕なら大丈夫だろう。

何よりユニ自身がやりたいなら恋人としては応援したい。

そう思って先程の言葉をいうと、ユニは嬉しそうに頷く。

聞けば、もし反対されたら断ろうと思っていたらしい。

が、これで気持ちは決まったようだ。

明日、ギルドに了承の返事をしに行くとのこと。

その後私達はユニの部屋で雑談をして過ごすのだった。


その後、テオ達が教会から帰ってくる。

テオ達は指名依頼の件は知っていたようで、ユニが依頼を受けると話すと理解を示してくれた。

そしてその直後、

「僕もしばらくこの街を離れようと思んだ。」

とテオが言い出した。

なんでも旅の間にも考えていたらしいが、アイラのように宣教師を目指してみたいらしい。

「そのためにマーティン司教の元に修行に行こうと思っててね。」

とのこと。

驚きはしたが、もともと敬虔なアレクシア教徒であるテオのことだ。

不思議には感じない。

いつ出るのかと聞けば近いうちに、と。

当然アイラも行くらしい。

なんにせよ、幼馴染が夢を見つけたのだ。

そもそも反対する理由もない。

私の役割は、ただ笑って送り出すことだけだろう。


その後。夕食を勧められたがミリア師匠に何も言ってないため、辞退させてもらった。

その晩、ミリア師匠との夕食の途中、ユニとテオのことを話す。

そういえばアイラはまだ面識がなかったな。

「寂しなるのう。じゃが、あの小さかった双子がそれぞれの道を選ぶようになったんじゃ。喜ぶべきじゃろうな。」

とミリア師匠が喋る。

「ところで、ルーク。お主はどうするんじゃ?」

と聞かれる。

「私はガインで冒険者を続けようと思います。ユニも仕事を終えれば帰ってきますし。」

ちなみにユニとの関係は師匠には話していないのだが、旅の話をしている途中でバレた。

流石師匠、でいいのだろうか?

反対はされず、むしろユニなら良い相手だと喜ばれた。

私の冒険者を続けるとの返事を聞くとミリア師匠が考えるような顔になる。

そして真剣な口調でこう言った。

「いつかと思っていたが、良い機会じゃな。ルークよ、儂の仕事の手伝いをしてくれんかの?」

師匠の仕事?

わざわざ改まるということはきっといつものポーション作りではないだろう。

そもそも私には才能がなく下級のものしか作れないし。

が、師匠に拾われたこの命だ。

答えなど仕事内容に関係なく決まっている。


「分かりました。私に出来ることがあるならお手伝いをさせてください。」

私は師匠の真剣な目を見ながら、そう答えたのだった。

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