第115話 2つの衝撃
私が家に戻ったその日、遅くまで師匠とのおしゃべりを楽しんだ後、懐かしい私のベッドに入る。
そのまま眠りに落ちるかと思ったが、師匠との長話が良くなかったのかなかなか眠れない。
そう言えば、昨日師匠が特に反応したことにダンジョンで遭遇した魔物ともう一つ、私の『顔』のことがあった。
ユニ、テオ、アイラが私の素顔を見ても吐かなくなったことを話すと、目を見開いた後、破顔して喜んでくれた。
その顔を見て、最近は当たり前に思ってしまっていたが、改めて得難い仲間との縁だと心に刻む。
その後、女神のことは流石に伏せて、私の顔が魔力による病気のようなものではないかと言う内容を私の推測ということにして話すと、興味深そうに聞いてくれた。
「なるほどね。魔力異常適応症かい?そんな話は始めて聞くけど、他ならぬあんた自身が立てた仮説だ。状況にも合うし、おそらくだがかなり答えに近いんじゃないかね。」
その後、吐き気をさらに加速させたり、魔物を興奮させる効果については、
「最初のは分かりやすいね。要はあんたの考えた身体強化みたいなものだから。」
ちなみに人の命を奪ったことについては特に言われなかった。
かつて冒険者として駆け出しだった頃、初めて盗賊を殺した時にも、師匠はこう言い放った。
「冒険者としてやっていくなら慣れるしかないね。しばらくは辛いだろうけど、覚えておきな。儂にとっては、あんたの命の方が大事だ。きっと他のやつもそう言うだろうし、あんたも、盗賊どもの命よりも大切なやつはいるだろう。命は平等じゃない。ここはそう言う世界さ。」
今では既に受け入れたその考えを、忘れたことはない。
師匠は気にした風もなく話を続ける。
「魔物に対してだけど、それはもしかしたら凶暴化したと言うより、あんたを餌だと思ったんじゃないかい?」
「餌、ですか?」
「ああ。知ってるだろう?魔物は魔力を持つものを食おうとする。」
それは確かに師匠から教わったことでこの世界での常識だ。
だから魔物は魔力を持つ生き物である私達人間にとっての敵として存在している。
なるほど。言われて、かつてク海洋都市群で討伐したフォレストボアの様子や共和国で囮役を務めることになったロックリザードの群との戦いを思い出してみれば納得する。
彼らの目に私は極上の餌に見えていたのだろうか。
そんなことを思い出しているうちに、気づけば瞼が重くなる。
このチャンスを逃すものかと私は意識を手放すのだった。
翌朝目覚めた私は軽く朝食を用意すると、ガインの街へと向かった。
昨日はまあ、ミリア師匠に会いたくてと言って別れたのだが、実はそれだけではない。
いや、もちろん嘘ではないのだが、内心ユニと、その、男女の関係になったわけだが、白状すれば、あの娘を溺愛しているカイゼル師匠に会うことに気が重くなったのも確かだ。
とはいえ、避けて通るわけにもいかない。
一度避けておいて虫がいいが、それでもこれ以上逃げてはユニに対しても申し訳ないしな。
「ふん!!」
道場に隣接したユニの家に行き、ユニと並んでカイゼル師匠、マリーさんの前に立つや、何をいう暇もなく脳天にカイゼル師匠の拳が落ちる。
それを私は避けることなく毅然と受け入れた、と言えれば格好もつくのだが、避ける事が出来なかったのが正解だ。
ランクとしては同じBランクに、実力としても1つ下の3級になったのだが、やはりまだ遠い。
あまりの痛みに何も言えず、しかし倒れなかっだけでも成長したものだと自分に言い聞かせる。
「文句はあるか?」
というカイゼル師匠の言葉に、
「いえ、ありません。」
と答える。
私には結婚の経験も子どもがいた経験もなく、娘を余所の男に取られる父親の気持ちも想像もつかない。
まあ、私が意識を保っている時点でカイゼル師匠が手加減してくれたことは理解できる。
なら私としては文句はない。
ユニとの関係を認められる為の必要な痛みなのだろう。
その後、以前のように師匠達の家の食卓で昼を食べる。
いや、以前のようではない点が1つ。
アイラも同席しているという違いがある。
見たところ、マリーさんに変化はないようだが、アイラは緊張しているようだ。
明らかにマリーさんの動きを目で追っている。
ただ、それは私が考えていたいわゆる嫁姑のようではなく、もっと前向きな雰囲気があるようで。
アイラの様子を見ていると、すぐに合点がいった。
そうか。憧れか。
アイラのマリーさんを見る目が、恐怖ではなく、まるで子どもがヒーローでも見るように光っているのだ。
確かにアイラは素直な性格だということは旅の間にも分かったし、きっかけがあれば憧れを抱いても不思議ではないが。
出会ったのは昨日の今日のはず。
その間に、そのきっかけがあったのかは私には分からない。
とはいえ、仲良くやれているなら幸いだ。
食事を終え、解散になる。
なんでも午後からアレクシア教の礼拝があるらしくテオとアイラ、マリーさんは3人で昔から馴染みの教会に向かった。
カイゼル師匠は、道場での指導があるらしい。
てっきりユニもそれに参加するのかと思ったが、
「ルーク、話したいことがある。」
などと声をかけられた。
それならとユニの部屋にお邪魔する。
言っても幼馴染。
部屋に入るのも別に初めてというわけもなく、むしろ旅の後だからか懐かしくさえ感じる部屋に私とユニが座っている。
ユニはあまり物を持つ方ではなく、ベッドと机と椅子。
それといくつかの小物が置いてあるくらいだ。
私は椅子に、ユニはベッドに腰掛けている。
さて、どんな話だろう。
ユニが口を開く。
「ルーク、別れよ。」
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