第83話 回復魔法と信仰心の相関関係
「あたいは、回復魔法が使えるんだ!倒れている人を見せて!」
そう言ってアイラが倒れている冒険者に駆け寄っていく。
私たちもそれに続いた。
動く様子がなく、よほどの大怪我かと思い全身に目を向けるが、しかし出血の様子がない。
しかし、顔が蒼白で震えている。
ゼーゼー、という音から呼吸はなんとか出来ているようだが、ひどく苦しそうだ。
「怪我をしたのですか?」
疑問を彼の仲間であろう、他の冒険者に向ける。
「いや、怪我ではない。」
焦った声で、返事をするのは剣士の男性。
「おい!しっかりしろ!一体、どうしたんだ!?」
と、先ほど槍を振るっていた男性が倒れている男性の手を握りながら必死な顔で声をかけている。
剣士が続けて説明してくれる。
「ダンジョンアントの1匹が仲間に噛み付いたんだ。小さい個体でいつもなら大したことがないはずなんだが、急に倒れて、こんな調子なんだ。」
その声と表情から焦りと同様困惑が読み取れる。
「分かった。やってみるよ。」
アイラはそう言い、男性に手を当て祈りを唱える。
「女神アレクシア。この愛子に、あなたの慈悲と癒しを与え給え。」
彼女の言葉とともに、魔力が流れるのが、魔法使いである私には分かった。
程なくすると、男性の呼吸が整い、顔色が良くなり、そして口を開く。
「こ、これは。君のお陰か?ありがとう。とても楽になった。」
「ラフィ!良かった!君も、本当にありがとう!」
手を握っていた男性が、ラフィというらしい彼を抱きしめ、アイラに向かって礼を言っている。
その目には、涙も流れていた。
ユニやテオも安堵した表情を浮かべている。
私はというと、改めて、アイラの回復魔法に感心していた。
状況から、おそらくそのダンジョンアントの毒にやられたのだろう。ダンジョンアントが毒を持っているなんて聞いた覚えもないし、もしかしたら大ニュースかもしれない。
地球での知識になるが、蟻酸という言葉がある。早い話が、蟻の持つ毒であり、蜂の仲間である蟻には毒を使う種類は意外と多い。
ついでに、小学生の頃生きた蟻を無理やり食べさせられたことがあったが、仄かな酸味があったのを思い出す。
まあ、地球での知識がこの世界でどれだけ役に立つかは相変わらず不明だが。
ここで注目したいのは、アイラがそれを知っているとは思えないこと。
つまり彼女は、男性を癒したいと思い、事実そうしたということだ。これは私からすれば驚愕としか言いようがない。
彼女が仲間になってしばらくした頃、回復魔法を教わろうとお願いしたことがある。
私は回復魔法が苦手で、相変わらず擦り傷や打ち身を治すのが精一杯だ。
そして、その時の会話がこれ。
「アイラは、回復魔法の時どんなイメージでやっているんだ?」
「イメージ?」
「ああ。魔法はイメージを固めて使うものだろう?」
「んー。良くわかんないな。治したいって強く思って相手の体に手を当てると、治る。あたいの回復魔法はそんな感じだぜ。」
そう聞いた時は、教えるのが出来ないタイプの天才かと思ったが、聞いてみればアレクシア教で教える回復魔法は誰に聞いてもそんな感じらしい。
つまり、具体的に傷や病気が治るところをイメージするのではなく、ひたすら癒しがもたらされるように強い心で女神に祈る。それが回復魔法の真髄と教わるのだそうだ。
これは私の仮説だが、おそらく私が回復魔法が苦手な理由もそこなのかもしれない。
私はイメージをする。
擦り傷や打ち身なら治る様子もわかるし、そのメカニズムも分かるが、逆を言えば大きな怪我や病気は、専門の知識を持たない私でははっきりとしたイメージを持つことが出来ない。中途半端な知識が、回復魔法を妨げていると言える。
しかし、アイラ達は違う。下手な理屈は使わず癒しを求める気持ちから回復という技をもたらす。
プラシーボ効果というものを知っているだろうか。なんの効果もないブドウ糖などを医師から薬だと言われ、信じて飲むと本当に効果を発揮する現象だ。有名な現象だが、実ははっきりとした原因は分かっておらず否定的な意見も多い。
何を言いたいかというと、治したいという思い。もしくは治るはずという確信が、実際に回復魔法という形で現れているのではないだろうか。
人の持つ自然治癒力が、医師の診断を超え、奇跡の回復をするなんて話は確かに聞く。
教会関係者のような信仰心の厚い人々に回復魔法の使い手が多いのもここら辺に理由があるのかもしれない。
常々、何故回復魔法が他の魔法と区別されるのか不思議だった。信仰心と回復魔法になんの関係があるのかと。
しかし、具体的な治療をイメージするのではなく、自然治癒力に働きかけるということなら分からなくはないな。
とは言えだ。何故苦しんでいるのか分からない男性をこれだけ短時間で癒すことができるあたり、アイラが天才なのは変わりない事実だが。
さて、話をしたいがいつまでもここにいるわけにも行かない。
「色々と共有したいことはありますが、まずはここから出ましょう。」
私の提案に反対意見もなく、私達は地上までの一本道と聞いている1の階段を目指して移動するのだった。
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