第69話 炎の拳

「少々、お時間を頂けますか?」

ユニの買い物が終わり、私の手甲をという段階になり、ハールさんからそんな言葉が聞かれので、了承する。

彼は部屋から出て行くが、いくらも立たず戻ってきた。

その手には、小さな箱が。

「ルーク様に、是非こちらを見て頂きたいのです。」

ハールさんはそう言って、箱を開けると中から手甲を取り出した。

形そのものは特に変哲のない物だが、しかしその表面には、ユニが先程購入した剣の鞘や私の仮面の裏側のように、一般の人々が使うものとは形からして違う文字、呪文が刻まれている。

「ハール、これはどんなものなんだ?いや、この流れからこれにも何か魔道具としての力があるのだろうが。」

レイ様が、ハールさんに問いかける。

「レイ様のご質問にお答えする前に、失礼ながらルーク様には、お分かりになりますでしょうか?」

「そうですね。」

問いかけられ、手甲の表面をよく見る。

魔道具の核とも言うべき呪文は非常に複雑で、文字の大きさや形、並び方などが結果に影響する。

私もミリア師匠から一通りは教わり知識としては身についたが、いざ作るとなるとどうにもバランスが取れず思ったように作れなかった。

なんというか、習字のような感覚だ。あれも字の形や書き順は理解しても、紙の上に綺麗に書けるかは、別問題だろう。


とはいえ、知識はあるので効果を読み解くことは可能だ。単語の意味を並べればほぼ理解できる。

特に今回は分かりやすい。

「炎、とありますね。その他は志向性や伝達、遮断の効果。おそらくは魔力を込めることで炎が出てくると同時に使用者の手を守る効果があるのではありませんか?」

「おお!さすがルーク様。おっしゃる通りです。この手甲はマカリス工房という普段は魔道具を専門としている工房で、戦闘中に魔法を使うためにと言って作られたしなでございます。」

「ほう、面白いな。とは言えだ。現実的な話とは思えん。激しく動いている途中に魔法など使えるものではないだろう。」

レイ様の指摘にハールさんは頷いて答える。

「はい。レイ様のご指摘の通りでございます。ご存知の通り、魔法を使う際には集中して魔力を練る必要がありまして、魔道具の補助があれば多少はマシになりますが、それでも実践に役立つ段階ではありません。」

まあ、それが普通だよな。

「だろうな。しかし、それが分かっているならなぜそんな品を見せに来たんだ?」

「それは、手甲をご消耗の優秀な魔法使いでもあるルーク様なら何か工夫して使えるような知恵をお借りできないかと。失礼とは思い、お出しした次第です。ちなみに、現在は旅の途中、ゴミを燃やすぐらいしか役に立ちません。」

おい。

「笑いたくなるが、しかし現実はそんなものだろうな。それならふつうに魔道具を使うか、火を出す程度ならできる者も多いだろう。」

レイ様のいう通りだ。普通に考えれば、この手甲はただの役立たず。

そう、私以外には、だが。

「一度お借りしてもよろしいでしょうか?」

ハールさんに尋ねると、了解を貰える。

手につけてみると、いい素材を使っているのかよく馴染み、紐の部分で大きさの調整も出来るようだ。

「では、先程のユニのように、中庭をお借りしたいのですが。」

「かしこまりました。私も拝見してもよろしいですか?」

「ええ、もちろん。」


そうして、部屋にいた全員が今中庭にいる。

私の前には、ハールさんにお願いして燃やしても構わない薪用の丸太を用意してもらった。

まずは普通に、型を流す。特に違和感はない。

次は丸太に拳を打ち込んでいく。拳を痛めないために、初めは弱く打つのだが。

この手甲、なかなかに上手く作られているらしく衝撃を良く吸収し、丸太に衝撃を与えながらも手はあまり痛まない、

徐々に勢いを強め、丸太にヒビが入り始めた。

では、最後の確認だ。

何度も繰り返し、体に馴染んだ感覚。

拳を振りながら、同時に魔力を練って行く。

そして拳が丸太に触れた瞬間、手甲に魔力を通した。


ボウ!という音ともに、丸太が火に包まれる。

「おお!」

みんなからの歓声が聞こえるが、特に大きな声はレイ様のものだ。

「なんと!あれほど激しく拳を振りながら、その勢いのまま炎を出すとは。恐れ入った。」

ハールさんからも、

「素晴らしい!しかしもあの炎の大きさ。私が工房で見たときには、もっと小さく頼りない炎でしたが。」

「うむ。つまりそれだけルークの魔力の質が良いと言うことだろう。授業で習ったが、同じ魔道具も使い手で効果が変わり、より上手に魔力を練ることが大事らしい。」

「そうでしたか。やはりこの品は、ルーク様にこそ相応しい。ルーク様はお使いになって如何でしたか?」

ふむ。いや、特に問題はないな。私はそのまま伝えた。

「問題ありません。手にもよく馴染みますし、手甲としても魔道具としても質の良い品だと思います。試させて頂きありがとうございました。」

そうして私たちは部屋に戻った。

余談だが燃えた丸太はみんなが驚いてるうちに水で消化済みである。


その後、結局私はこの手甲を購入することにした。

使ってみて気に入ったし、ハールさんも他に売り手がいないからだろう。値引き込みで、金貨1枚。

予想でしかないが、おそらくだいぶ勉強してくれたのだろう。

なんにせよ、私も武器を新調でき、良かった良かった。

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