第70話 夜のお誘い
各々買い物を終えた後、ハールさんの屋敷で昼をご馳走になった。
内容としては、昼食らしくパンやサラダに小ぶりな焼き魚と、特別豪華ではない内容だ。
いや、庶民であればご馳走も良いところだが、最近というよりレイ様たちの護衛として雇われて以来、舌が肥えてしまった気がする。
それ自体は嬉しいのだが、また以前の生活に戻るのだから、慣れきってしまわないようにしないと。
「本日はまことにありがとうございました。またのお越しを心よりお待ちしております。」
「うむ。私も良い物を見せてもらった。次回も期待させてもらおう。」
食事を終え、屋敷を出る。
深々と頭を下げるハールさんに、労うレイ様。
「私たちも良い買い物が出来ました。ありがとうございます。」
「ありがとう、ございます。」
私とユニも礼を述べ、これで屋敷を辞するのだった。
その後、私たちは宿屋に向かう。
観光、と言いたいところだが、ここ機構都市ハマトでは店以外に見て回るのは難しい。まあ、いきなり来た人間が、工房を見せてくれと言って見せてくれるわけもないからな。
今日は朝から馬車に揺られたし、大人しく部屋に入る。
「綺麗な部屋だね。」
ユニが言う。
つまり、なんだ。
冒険を始めて。さらに言うなら知り合ってからのそれなりに長い年月を経て、始めて2人部屋で泊まる、と言う経験だ。
私も男。
これで意識するなと言う方が、無理と言うものだろう?
そう。
期待してたとは言わないが、意識してはいたのだよ。
旅の間一線を越えるつもりはないし、見張りでユニとペアになることもあるが、やはり宿屋で2人というのは、な。
だからこんな言葉は私の本意ではないのだ。
「ユニ。すまないが、食事は1人で取ってくれ。」
「なんで?」
「実はライエさんに誘われてな。」
本音を言えば断りたい。前世での上司に飲みに誘われた人の話を思い出す。
私?私は職場でも避けられていたので、誘われた経験はない。まあ、行きたかったわけでもないのでむしろ助かったのだがな。
「わざわざ今日なの?」
「ユニの言うのも最もだし、私も聞いたんだが、是非に、と言われてな。」
随分真面目な表情だった。内容は半信半疑だが、もし当たっていれば、気持ちはわかる。
「まあ、折角誘われたんだ。断るのも角が立つし行ってくる。レイ様の護衛はアントンさんがいるらしいし、向こうも食事は部屋で取るそうだから、ユニはゆっくり休んでいてくれ。」
「分かった。」
そう頷くユニ。
しばらく黙った後、おもむろに口を開く。表情はやや硬い。というか、怖い。
「もしかして、娼館?」
「……。」
その言葉を理解するのに、少し時間がかかった。
完全に余談だが、この世界、この大陸で娼館の地位は地球ほど低くはない。
以前師匠から教わったように、昔解放される前は奴隷という存在もいて、実際そういう役割はあった。
しかし、アレクシア教の普及により性奴隷も解放されることになる。
が、それは宗教的な理由ではなく回復魔法の普及によるところが大きい。
というのも私は詳しくないが、教会の使う技な魔法役の中には避妊の効果があるものがあるらしい。
これにより不本意な妊娠や望まれない子どもというのは殆どいなくなった。
そして、アレクシア教自体はそれらの行為を特に奨励も否定もせず、同意の上でなら気にしてはいない。
そのため、愛を確かめる行為であるとともに、性欲を発散するためのスポーツのように認識も持っている。
これにより、娼館やそこで働く娼婦、男娼は社会的弱者ではなく、立派な職業の1つ。むしろ優れた容姿や技を必要とする、
アイドルに近い地位を得ているのだ。
結果、この世界で性犯罪はあまり多くない。もちろん多くないだけで、隷属の首輪を作ろうとした彼女のような被害者は無くならないのだが。
なんにせよそういうわけだが、もちろんパートナーがいれば娼館に通うことは、相手次第だ。
気にしない人も多いが、気にする人もいる。
そしてユニはというと、まあ、言わずもがなだ。
さらに言えば私も、
「違うし、万が一誘われても断る。だから、心配しないでくれ。」
「本当?」
心細そうに尋ねてくるユニ。
「当然だ。私にはユニがいるしな。」
そういうと嬉しそうに笑うユニ。
もっと言えば、
「そもそも、私の顔の問題もある。」
私はわざわざ金を払ってまで、女性を吐かせるつもりはない。
そういうと、ユニはやや気まずそうにしながらも納得してくれたようだった。
さて、とはいえ約束は夕方。まだ時間はあるので、私は先程買ってきた手甲を取り出す。
ユニがそれを見て問いかけてきた。
「それ、買ったんだね。けどルーク必要だった?」
「まあ、な。」
実際ユニが言う通り、そもそもこれがなくても同じことが出来る私には、必要かと言うと微妙になる。
「炎しか出せないなら、特に使い道はないな。魔物相手だと素材が傷付くし、人間相手だと殺すしか選択肢がなくなる上混戦だと使いにくい。」
「じゃあ、なんで?」
「ちょっと、思いついてな。」
そう言って私は部屋に備え付きの机に座り、収納から魔道筆と言う道具を取り出す。
名前から分かるように、魔道具に呪文を書くための道具だ。これに魔力を通しながら、呪文を書いたり、お尻の部分で擦ることで消すことが出来る。
「それって。けど、ルークって魔道具作り苦手だって。」
ユニのいう通り、私には魔道具づくりの才能はない。が、
「そうだが、消すことは出来るさ。」
そう言って私は、炎に関する文字を消す。
ユニがそれを見て、
「いいの?」
「ああ。この道具は魔力を通しやすくする効果と、炎のイメージを補助していた。そのせいで炎は出しやすいが、他の魔法は使いにくくなるみたいでな。で、ここをいじって単順に魔法を使いやすくだけさせて貰ったんだ。」
もちろんその分しっかりとしたイメージが必要になるが、そこはもう慣れたものだ。
これの作り手は親切心でつけたのだろうけど、な。
それにしても、戦闘と魔法の融合。私以外からその発想が出たのが、戦士でも魔法使いではなく、技術者からとは。
やはり物作りには柔軟な発想が必要だということかもしれないな。
「そろそろ、時間だな。行ってくるよ、ユニ。」
「ん、行ってらっしゃい。……。行っちゃダメだよ?」
「ああ。分かっている。」
ユニの念押しを聞きながら、私は部屋を出る。
ここで抱きしめるなりすれば格好もつくのだろうが、それを出来ない私はやはりヘタレなのかもしれないな。
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