第35話 女神アレクシア

つまり私は、女神アレクシアと夢の中で会っている、と言う事だろうか?

「ええ、その通りです。」

ん?

「今、声に出してませんよね?心が読めるのですか?」

「夢の中ならば、ですね。そもそも夢の中、と言う時点で精神体のような状態ですから。」


そういう彼女の言葉が嘘でないことが理解出来るのも、夢の中だからだろうか。

やはり私は本当に女神と会話をしているらしい。


「では、女神様。私になんの御用でしょうか?」

「そう急がなくても良いのですよ、と言いたいですが、それが貴方の性分ですものね。」

そう言ってため息をつく姿も美しい。

「いいでしょう。今日貴方には、説明とお願いをしに来ました。」

「説明と、お願い、ですか?」

「ええ。まずは説明ですが、貴方の顔は、端的に言えば呪いではなく病気です。」

なんと。

「病気、ですか?」

「ええ。人の子に合わせて病名を付けるなら『先天性魔力異常適応症』でしょうか。」

「先天性、魔力、異常適応症…」

当然初めて聞くが、分かるような分からないような。

「つまり生まれつき、異常な形で魔力に対する適応をしているということです。これは非常に稀な症例で、確率としては1兆分の1、貴方の生まれ故郷の様に魔力溜まりに近いほど確率は上がりますが、それでも9千億分の1程度。」

「それは、低い確率ですね。」

「正直に言えば貴方が実質初めての罹患者で、最後の罹患者でしょう。話を戻しますが、それによって貴方は頭部に多くの魔力が残り、その魔力が貴方の醜い顔の印象を増幅し、見る人に吐き気を催していたのです。」

「あ、醜いのは元々なんですね。」

「そこはその通りですので、諦めてください。ですが本来吐き気を催す程度で、実際に吐くほどではありませんよ。」

なんの慰めにもならない。

そもそも女神様にこちらを慰める意図があるかは謎だが。


「そもそも、この病気は罹患率も低いですが、その胎児が無事に産まれるというのは奇跡的な出来事です。本来は出産前に体が魔力に耐えられませんし、産まれてもすぐに亡くなってしまいます。」

当の女神に奇跡と言われると、複雑な気持ちになる。

「運が良いとしか言えません。さらに運が良いことに、そうやって産まれたときから頭部が魔力に馴染んだ事で、貴方は前世の知識を受け入れることが出来ました。そうでもなければ、乳幼児の頭に大人の記憶など適応出来るはずもありません。」

「?それは、どういうことでしょうか?」

「順番に話しましょう。運良く生き延びたルーク・ギ・ゼルバギウスは死にかかっていました。理由は児童虐待による過度なストレスです。」

随分懐かしい名前を聞いた。

「そこに私が異世界の神へ依頼し、条件に合う魂を迎え入れた。それが貴方と言う存在です。そして、魔力に馴染んだ貴方の身体は貴方の前世の知識を受け入れ、この世界の2年間の経験と1つにすることが出来たのです。」

「魔力に馴染むというのはそんなに大事なのですか?」

「貴方自身、成長して身体強化という魔法を作っていましたが、貴方は赤ん坊の頃から無意識に頭に対して、似たような状態を保っていたのです。そのせいで、周囲が吐き気を催していたのですが。貴方、途中で無理に魔力を増やしたでしょう。実はあれのせいで、貴方はより周囲から嫌悪されることになったのです。」

次々と明かされる衝撃の事実に、しかし当の私は、急に情報が増えすぎて混乱してしまっている。

「混乱するのは当然でしょう。全てではありませんが、答えられる範囲で答えます。」

「ではまず、本来のルークは1度死んだのですか?」

「いえ、死んではいません。時間の問題ではありましたけどね。今にも壊れそうなルークの魂を貴方の魂で補強した、と言ったところでしょうか。残念ながら、魂に関することを、人間である貴方が完全に理解するのはほぼ不可能でしょう。」

「そうですか。では、先程言われた条件に合う魂とはなんですか?」

「不幸な現状を受け入れ、前に進めると言うものです。不幸な人生で、それでも最後に幸せだったと呟ける様な。貴方が、貴方の師匠に復讐の意思はないと断言した時、貴方が来てくれて良かったと思ったものです。」

随分過大評価な気もするが。

というか、流石神様。私の人生をよくみているようだ。

「しかし、私は既に何人か人を殺めていますが。」

「知っています。彼らのことは確かに辛いですが、しかし人の子に自衛をするなとは言えません。同時に貴方は他の弱い人間も助けているのですから、単純な善悪で断じるつもりはありませんよ。」

「そもそも、私のこの人生においてどれだけ貴女の予定通りなのですか?」

「まず誤解を解きますが、貴方の人生は貴方の物です。私がした介入は貴方の身体に前世の魂を入れた事と捨てられた貴方を転移させた事、そして今です。」

「2つ目の転移とは?」

「貴方が捨てられてしまったのは私にとっても予想内ではありましたが問題でもありました。ですので、あのままでは死んでいたであろう貴方を、貴方の師匠に拾われる場所まで移しました。」

なんと、私は女神様のお陰で生き延びたらしい。

「それは本当にありがとうございます。」

「どういたしまして。しかし、言った通り多分に私のためでもありました。」

「では最後に。女神様のお願いとはどういうことでしょう。この体を生かすことですか?」

「残念ながら、それは今は言えません。私が言えることは、どうか旅を続け世界を見て感じて欲しい、と言うことです。」

それは言われるまでもない。しかし、何故このタイミングなのか。

「タイミング自体は常に探っていましたが、貴方に限らず私が愛し子たちと接触するにはいくつか条件があります。それを満たしたのが今夜だったのですよ。」

なるほど。女神とは言え、全てが思い通りではないらしい。少なくとも彼女もまた何かしらのルールに従っているのか。

「それと、この夢の事は貴方の仲間には内緒にしてください。これでも女神と呼ばれる存在ですから、線引きは必要なんですよ。仲間に対して秘密を持たせるのは心苦しいですが。」

「分かりました。お気遣い感謝致します。」

確かに秘密を持つのは嫌だが、こればかりは仕方ないだろう。前世の記憶を始め、秘密自体は初めてではない。

「では、今日はこのくらいにしましょうか。次があるかは分かりませんが、私はいつも貴方達を見守っています。」

その言葉を聞き、私は目を覚ましたのだった。


夢から覚め朝早く。

私はまだ眠っている仲間達を置いて部屋を抜け出し、気配を探りながら倉庫らしき部屋へと潜り込んだ。

他人の部屋でのこのような振る舞いに罪悪感が芽生えるが、これからやることを思えば、仕方ないとその芽を踏み潰す。


「アイス。」

言葉によってイメージが形になる。

私の手には魔法で作った氷が鏡のように、朝の光を反射している。

私は仮面を外し、氷の鏡を覗き込んだ。


生物学上の父親である男譲りの茶色い髪の下。

そこには私の醜い素顔があった。


上に広い額の下にある2つの目は、タレ目と言うには足りないほどに垂れ、細く、目というよりも傷と言ったほうが正しくイメージできるだろう。

しかも右目の筋肉が盛り上がりコブのようになっている上に、左目よりも数センチは下にズレている。

なんでも人の顔というのは左右対称に近づくほど美しくなるらしい。

その理屈の対極にあるのが私の両眼だ。こんな風でも視界は特に問題ないのだから不思議なものだと、我ながら変な関心をしてしまう。

また、鼻は大きく、しかし低くブツブツとニキビ跡のようなものが前面に広がっている。

まるで手足をもがれた上に潰されたガマガエルを無理矢理押し付けたような物体には、親指でも入りそうなほどの穴が2つ、しなくてもいい自己主張をし続けている。

その両側の頬は左は垂れ、右は引きつり、その結果、腫れ上がった唇は斜めに釣り上がる。

2つの目と合わせて、ボロボロのボールに3つの傷をつけたかのようだ。

この口で良くぞまともに喋れているものだと、変な感心をしてしまうが、おそらくこれも前世での経験で口の動かし方を理解しているおかげかもしれない。

更にこれらのパーツが、出来うる限りと中央に寄りあつまることで、出来の悪い福笑いを連想させる。



改めて思う。

醜いと。

なるほど。私の顔を見た人間が、嫌悪を抱き、吐き気を催すのも無理からぬ話だ。

これを人間の顔と認めては、やはり人間への冒涜となりかねない。



それでもだ。


それでも、私は生きていかなければならない。

女神の言葉だけではなく、私を拾い育ててくれた師匠の、私の顔を見られるようにと訓練までしてくれた仲間の、そして、こんな私を好きだと言ってくれた彼女のためにも。


そう私は自分に言い聞かせる。

気づけば氷は溶け手は水に濡れていた。

私は仮面を付け直し、仲間達が起きてくる前に部屋へと戻るのだった。



その後、私とユニとテオの3人は先に門へと向かっている。

女神との約束どおり昨夜の事は話していないし、朝のことも何とか勘付かれてはいないようだ。

アイラの両親とは教会で挨拶を済ませてある。


アイラは後から来る。家族だけでこそ話せる言葉もあるだろう。


「おう!待たせたな。」

アイラが合流し、私達は聖地都市エルムを後にするのだった。




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