第34話 聖地都市エルム

4日後、私達は予定通り聖地都市エルムに着く事が出来た。盗賊に襲われる事も、教会で薬を盛られる事もなかった。

当たり前だが、これが普通だ。

テンプレだなんだと言われるものは、物語だからそう言う場面が選ばれるわけで、実際にはその後ろには沢山の面白みのない普通があるものだ。


「さて、ここまでか。ありがとう。みんなのおかげでなんの心配もせずにここまで来れたよ。」

「そう言ってもらえれば嬉しいが、私達がいなくても問題なかったろうさ。今更だが、聖都にはなんの用事だったんだ?」

「マーティン司教のご紹介で、ある枢機卿の元で修行させて頂くのさ。僕はもっとこの国を知る必要があるって。」

確か枢機卿とは、この国のトップ、大主教を支える何人かの司教の事だ。

何というか、マーティン司教のその人脈が1番の謎だな。

「そうか。じゃあ、修行上手くいくと良いな。」

「ありがとう。そちらこそ、良い旅を」

そう言って私達は別れたのだった。



「さて、どうしようか。実は私は聖都についてはよく知らないんだ。」

そうみんなに尋ねる。

「実は聖都ってこの国の中心なんだけど、街としてはチェルミの方が発展してるんだよ。アレクシア教はあまり贅沢を褒めてないからな。禁じてる訳でもないけど、なんとなく。それに、場所もチェルミの方が観光客が集まるってのもあるかも。」

「そうなんだって思ったけど、言われてみれば納得するね。」

テオが関心している。地球にも、首都より大きい都市はいくつかあったし、そういうものなのだろう。

するとユニが、

「ん、そう言えば、アイラの家族がいるって。」

確かに、そんな話もしていたな。

当のアイラは、

「ああ、父さんと母さんが住んでいる。良かったら来るかい?2人も喜ぶし、部屋が空いてりゃ泊まれるぜ。」

「それはありがたいな。アイラが良ければそうさせてもらうか?」

「ん。」

「そうだね。そうしようか。」

まあ、立場が逆なら私も誘うだろうしな。

こうして、とりあえずこの街での目的地は決まった。まあ、部屋がなければ宿を探そう。


「たっだいまー!」

アイラの元気な声が響く。

「誰って、おや、アイラかい。お帰り〜」

アイラが家だと言って入ったのはこじんまりとした教会。そして出てきたのは、ふくよかなおっとりした印象の女性だった。その赤い髪はアイラによく似ている。

「なんだ、アイラのお母さんって司教様だったの?」

テオが驚いている。女性の司教は確かに珍しいがいない訳では無い。

「ただいま母ちゃん。実はあたいは今旅をしていてね。こっちは旅の仲間、仮面を付けてるのがルーク、剣を持ってるのがユニ、弓を持ってるのがテオさ。」

「おやおや、まあまあ。そうですか。私はアイラの母、アトラと言います。夫のガレムは仕事中でしてね。立ち話もなんですし、さあ、上がってください。ちょうど今は教会の仕事も終わっていますのでね。」

「ありがとうございます。では、お言葉に甘えて。」

そう言って私達は、教会の食堂に案内された。

マーティン司教の教会にも食堂があったが、テオに聞くと、教会では礼拝の後食事をみんなでするのが一般的なんだそうだ。

「アイラが旅をねー。まあ、宣教師もしてたし、反対はしないけど。ヴィーゼン寄りのグラントの村を回るくらいだと思っていたよ。」

「あたいも最初はそのつもりだったんだけどね。ルーク達に会って、世界をまわって見たくなったんだよ。」

「そうなのね。私は反対しないし、お父さんも反対しないだろうけど、ルークさん達は大丈夫?この子世間知らずでしょ?」

「いえいえ。旅の仲間として信頼してます。」

「ん。アイラは友達。」

「確かに、冒険者の事を教えた事はありますけど、ちゃんと覚えてくれるし、今はなんの問題も無いですよ。」

そう私達が口にすると、やはり母親、アトラさんは嬉しそうに笑うのだった。

「そうかい。うちの娘はいい人達に出会えたようだよ。」

「母ちゃん、今日部屋は空いてるかな?良ければみんなで泊まりたいんだけど。」

「もちろん大丈夫さ。今夜はゆっくり休むといい。」

こうして、私達は今晩の寝床を決める事が出来たのだった。

その後も話は続き、アイラの父、ガレムさんが神聖騎士だとも教えられた。


そして夕刻、神聖騎士の仕事を終え、ガレムさんが帰ってきた。

「そうかそうか。アイラが旅をな。」

こちらは痩身の穏やかな男性だ。話を聞いていて、かつ帰ってきた際の鎧姿を見ていなければ、神聖騎士だとは思えなかっただろう。

そんな彼は、アイラの旅の話を聞くと、愉快そうに笑う。

アトラさんもだが、この気持ちのいい笑い声や表情は、親子なんだと思わせる。

「それにしても、マーティン先輩とは懐かしい名前だな。」

「ガレムさんはマーティン司教をご存知なんですか?」

「ああ、マーティン先輩が神聖騎士をしていた時、私は部下でね。後輩として色々と教えてもらったものさ。」

「そして私の後輩でもあるのさ」

「え!?」

なぜかアイラが1番驚いている。

「マーティン先輩が騎士団を辞めて、司教になる為に修行したのがアトラの教会だったのさ。」

「最初は心配したのよ。殺気立っててさ。いや、本人にそんなつもりは無かったんだろうけど、近寄りがたい雰囲気で、あんなんじゃ誰も教会に来てくれなくなっちゃうようでさ。」

「ああ、騎士団時代も、本人自身が剣みたいな人だったからな。」

「今の司教からは想像もつきませんね。」

「それはアイラのお陰だね。」

「あたいの?」

「ああ、生まれたばかりのアイラが初めて先輩に会った時さ。みんなアイラが泣くと思ったのさ。だっていうのに、あんたは泣くどころか笑っててね。抱っこされたらご機嫌だったのさ。」

「懐かしいな。先輩のあんな優しい表情は初めて見たよ。」

「って、あたい、生まれた時から先生と知り合いだったの!?初めて聞いたんだけど!」

「あー、確かその後だもんね。宣教師になるために旅をするって言ったのは。」

「まあ、教義についての知識は騎士団長時代からあったし、旅の安全も問題なし。きっと、アイラを抱っこして思うところがあったんだろうね。それからは以前の面影もない、今の先輩になってたよ。」

まさかアイラとマーティン司教の縁がそこまで深かったとはな。

「そうそう、アイラの子ども時代と言ったら、この子捕まえた虫を…」

その後、アトラさんによる娘の暴露話が始まり、時間をあまり置かずにアイラが絶叫した事で、その日はお開きとなる。


私達は部屋を借り、教会で一夜を明けるのだった。

「それで、明日からはまたクチュールを目指す、でいいんだよな?」

「ん。もちろん。」

「なかなかスムーズに行かないけどね。」

「それで、どうやって行くんだ。こっからだと、道の関係でチェルミに乗合馬車で戻るか、村を経由しながら徒歩でまっすぐ目指すか。時間はどっちも同じくらいだぜ。」

「あれ?クチュール方面までの乗合馬車は無いの?」

「おう。村自体ほとんど無いし、昨日も行ったけどエルムよりチェルミの方が大きいからな。あんまり、エルムからの道は整備されて無いんだ。」

「それなら、徒歩がいい。」

「構わないが、なんでだ?ユニ。」

「こないだ歩いて気付いた。少し体が鈍ってる。」

「それは僕も感じたな。やっぱり馬車ばかりだとどうしてもね。」

「なるほどな。私も賛成だが、アイラは大丈夫か?」

「ふん。宣教師を舐めるなよ。こないだも別に遅れてないだろ?」

「では、決まりだな。」

こうして明日以降の予定を決めた私達は眠りに着くのだった。



「こんばんは、ルーク。」

気付けば私は、椅子に座り、机を挟んで女性と向かい合っていた。

美しい女性だ。

美しいといえばミリア師匠を思い出すが、この人はそれに劣らない。

銀色に輝く髪は軽くうねりながら腰まで伸び、空から降る月明かりを思わせ。

その美しく整った顔は、柔らかく微笑み、見るものに安心感を与えていた。

ゆったりとした白い衣を身に纏い、そこから出た手はあまりに白く見ただけで滑らかであることが分かる。

彼女が誰か、予想はつくが、

「あなたは?」

と尋ねると、

「答えが分かっているのに、とりあえず質問してみるのは、あなたの悪い癖ですよ。」

と、逆に窘められた。

仕方なく予想した答えを口にする。

「女神アレクシア様、ですか?」

「まだ質問ですが、それくらいはいいでしょう。ええ、その通り。私はアレクシア。あなた達を愛するものです。」

だ、そうだ。

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