第36話 吐き気を催す冒険者
昨日決めた通り、私達はクチュール海洋都市群へ向けて街道を歩いている。
「アイラ、この道はクチュールに続いているんだよね?」
「そうだぜ。クチュールはヴィーゼンとカタルス共和国との境だからな。」
今更ながらこの大陸について説明しよう。
現在分かっている大陸は下に伸びた半円状の形だと言われている。
私達の大陸の北部には魔物の住処として有名なエルバギウス大森林が広がり。
その南に隣接し、帯のように東西に伸びる形をしているグラント王国が広がる。
そのためグラント王国は日々魔物と戦いながら過ごしているわけだ。
そして、王国の南には、東からヴィーゼン教国、アプスル山岳地帯、ゴラン大草原がある。
ヴィーゼン教国のさらに南には先程話に出たカタルス共和国があり、教国と共和国の境部分の海側には、クチュール海洋都市群と呼ばれる、どこの国にも属さない都市が存在している。
なお、大陸の北側は、エルバギウス大森林の深部より奥、不明領域の探索がされていないため分からない。
結果的にこの大陸の形を私達は未だにしらずにいるのだ。
そして先程までいた聖地エルムは教国の北部にある。
「つまり私達は、南東に向かって歩いているわけだ。」
「?どうしたのルーク?」
「いや、なんでも無い。それよりもアイラ、この先の村とかは分かるか?どれくらいで着くとか。」
「いやー、こっちの方はほとんどこないから。ごめん、全く分からない。」
「気にしなくていいよ、アイラ。」
「テオの言う通りだ。まあ、方角は分かっている。道に沿って行けば村もあるだろうし、野営が続いても大丈夫な備えはある。大丈夫だ。」
「ん。ルークは頼りになる。」
そんな風にワイワイ歩き、結局その日は村に着かず野営をしたが、2日目にある小さな村に着いた。
宿はなく教会に泊まる。あんなことがあった後で警戒はするが、結局親切にされ送り出された。
あのような司教ばかりで無いことは、当たり前だが救いだな。
そしてエルムを、出て3日目。
今日も村は見えず野営を行う。
今日の見張りは私とユニ、テオとアイラの組み合わせだ。因みに、一昨日は私とテオ。ユニとアイラの組み合わせだった。
今日は満月。
焚き火の明かりと相まって、ユニの顔がよく見える。
後半組である私達は、このまま朝まで起きている予定だ。
「ルークは、どう?」
いきなり聞かれる。ユニの言葉が少ないのはいつものことだが、今日は意図が分からない。
「どう、とは?」
「旅に出て、楽しいのかな?って。」
ああ、なるほどな。
「そりゃ、楽しいな。もちろん不快な思いもしたが、それ以上に楽しい出会いや経験があった。旅に出なければアイラにも会わなかったし、何よりユニやテオと素顔で話す事もなかっだろう。」
「私も楽しい。だから、誘ってくれたルークには感謝している。」
「そうか。お互い様だと思うが、そういうことなら感謝を受けておこう。」
「ん。それがいい。」
と、その時、私の気配探知の魔法の範囲で、違和感を感じた。
これは人間の反応か。
気配探知の届くギリギリの範囲、1キロメートルほどの距離だ。
「ユニ。」
私がそういうと、ユニは緊張を察して剣を持った。
「先に私が見てくる。待機していてくれ。」
「わかった。」
私は仮面を付け、身体強化をかけながら気配のする方に向かう。
そこにいたのは、月明かりに照らされた小太りでボロボロの服を着た見覚えのある男。
手には子どもの頭程度の大きさの石を持っている。
イグナツ元司教だった。
「なんであんたがここにいる?」
まあ、神聖騎士団から逃げてきて、ここであったのはただの偶然。そんなところだろう。
声を掛けると、向こうもこちらに気づいたようだ。
その顔は憤怒に歪んでいる。
この仮面は印象に残っているのだろう。
「お、お前達が!余計な事を!!」
そういうと、手に持った石を振りかぶり襲いかかってきた。
まあ、特に恐怖もないが…
適当にいなした私は足払いをかけ、背中から地面に叩きつける。
「ガハッ」
まだ気は失っていないようだ。
こちらを睨む男を見て、私の心が冷えていくのが分かる。
私は幸運だ。
まず、この男を見つけたのが私だった事。カタジナの前を向く姿を見て気持ちを切り替えたとはいえ、テオとアイラにはこの男の姿を見せたくはない。
そして、殺しても問題のない人間が目の前にいる事だ。
因みに、この時点でこの男は盗賊と同じ扱いだ。むしろ殺す必要がある。
私はイグナツに話しかける。
「お前には実験に付き合ってもらう。」
「は?」
分からないようだが、分からせる必要はない。
私は仮面を外した。
「ぐ!?が、があああ!!」
イグナツは私の顔を見ると盛大に吐き出した。
ここまでは今までと同じだ。
それを見て、私は、顔に魔力を集め始める。身体強化と同じ要領だ。
するとすぐに変化が現れた。
イグナツはさらに激しく嘔吐を続けているが、数分後今まで胃液を吐き出していたのが、吐血を始めた。
恐らく、吐きすぎで胃や食道が溶けたのだろう。
さらに数分。イグナツの動きは止まり、絶命しているのが、これ以上近寄らなくとも分かった。
「やっぱりか」
ユニの方を見る。何かがあるのは伝わっているだろうが、こちらに来る様子はなさそうだ。
私はイグナツの遺体を魔法で燃やした後、ユニの元に向かうことにした。
さて、私がしたことだが。
旅に出てから私は仮面を取る頻度が増え、自然に仮面の裏の師匠の書いた呪文を見る機会が増えた。
そして気づいたのだが、この呪文、文の量がおかしい。
具体的には、視界の補助などならこの10分の1でいい筈。
よく見ればこの呪文、そのほとんどが、何かを封印する効果を持つものだ。
更に先日の女神との会話。
おそらくこの仮面は私が顔から発している魔力を抑える力があるのだろう。
逆説的に言えば、魔力を込めることでより強い吐き気を意図的に催させる事が出来るのではということだ。
そう予想はしたが、こんなこと軽々試すわけにもいかない。
そんなところに現れたのがイグナツというわけだ。
結果はご覧の通り。
気づけば私は、顔で人を殺せるようになっていた…
魔眼なら中二病にちょうど良いのかもしれないが、魔顔とは冗談にしても笑えない。
本格的に、化け物に近づいていると実感する。
さて、この後をどうするべきか。
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