第37話 ユニの答え
顔で人を殺す。
出来の悪いコメディのような話だが、あの女神の話を聞いた後では放置しておくにも危険過ぎた。
折角ユニ達と素顔を合わせるようになったというのに、それが原因で死なせてしまうなど冗談ではない。
実際私は以前、ユニと決闘した際に身体強化を使いながら仮面を外している。あの時は四肢や腹部などの一部にしか使わなかったが、頭突きなども戦闘の際には使うことがある。
当時、顔のことをただ醜いだけだと思っていた事を考えると、あの時も最悪の事態は起こり得ていたわけだ。
「そうはならず、本当に良かった。」
とはいえだ。いつまでもここにいては心配させてしまう。
私は足早にユニの元に戻った。
「ルーク、どうしたの?」
ユニが、声をかけてくる。
その手は、相変わらず剣に添えられたままだ。
「いや、大丈夫だ。実は盗賊がそこまで来ていてな。安心してくれ、もう終わったから。」
そう返すと、ユニは剣から手を離し、緊張を解く。
「ん、お疲れ様。…?ルーク、大丈夫?」
「大丈夫だが、どうした?」
「なんか疲れてる?」
私は少し躊躇した。
言うべきか、言わないべきか。
とはいえ、悩んだのは一瞬だ。
「実は、」
出来るだけ仲間に隠し事はしたくない。
毎日顔を見せているユニ達にはなおさらだ。
私は、イグナツがいたことと、殺したこと、そしてその方法を全て話した。もちろん女神から聞いた病気云々の話は省いて。
「ん、そう。」
「そう、って、それだけなのか?」
「?殺したのは、まあ、自分の身を守るため。今更どうこう言わない。顔については、魔法のことはよく分からないけど、ルークが言うならそうなんでしょ?」
まあ、殺し云々は今更だ。
通り魔にせよ、盗賊にせよ、人を殺そうとすれば殺されても仕方ない。
それがこの世界の常識だ。
少なくとも、美容目的で貴族が農民を殺しても何も言われない中世ヨーロッパに比べれば余程文明的だろう。
それと細かいことを言えば魔法とは違うのだが、女神からの話を内緒にする以上、これに関してはそうとしか言えないな。
しかし、
「顔だけで人を殺せるんだ。流石に気持ち悪くないのか?」
「だって、そうしようとしなければ大丈夫なんでしょ?なら、気にしない。」
「そんなものなのか?」
「うん。気にしても仕方ない。確かに珍しい方法だけど、殺すだけなら誰でも出来る。だからって気にしてたら誰とも仲良くなれない、よ?」
ユニに教えられ、私は考える。
確かに、ユニの言う通りだ。それこそ前世でも包丁はよく事件の凶器になったが、だからといって料理人を殺人鬼予備軍扱いはしていない。
要は信頼関係があるかないか。
「そうか、そんなものか。」
「うん。そんなもの。」
途端に気持ちが楽になる。
例えどんな相手だとしても、人を殺した直後にこんな暖かい気持ちになっている時点で、私は既にこの世界の人間なのだろう。
意識していなかったが、どこか思っていた。
私は地球の人間の延長だと。
しかし、いまの私にとって大切なのは、この世界で生きることだ。
彼女と共に。
私は、本当に幸せ者だ。
「ユニ。」
「なに?」
「この旅が終わったら、私と結婚して欲しい。」
その言葉は、思っていた以上にするりと出た。
ユニの目が見開かれる。
そして彼女はこう応えた。
「うん。喜んで。」
こうして、西へ傾く月と東から昇る日の光に見守られ、2人の想いは重なった。
その後、隣同士に座る2人。言葉は無く、ただこの幸せな時間を感じていた。
夜明けが近づきテオ達を起こす前に、ユニから
「2人には内緒にしたい。」
との提案があった。
理由はまだ今まで通り旅をしたいから。
私も賛成し、そのようにする事になった。
ユニとの事が態度でバレるかとも思ったが、テオ達はそれよりも、イグナツの事の方が気になったようだ。
2人を起こし、ユニにしたのと同様にイグナツが現れ殺したこととその方法を伝えたところ、
「全く、終わったと思ったのに、こんなところで会うなんてね。」
「まあ、これで終わりだ。もう忘れようぜ」
と、思った以上にあっさりした反応だ。
テオはまだしも、アイラが前の盗賊に比べあっさりしすぎだが、冒険者というものを受け入れつつあるのか、もしくはそれだけイグナツに怒りを覚えたということか。
顔についても、ユニ同様に。
「「魔法はルークの専門でしょ」」
と、随分軽い反応。
何にせよ、私からすればありがたいとしか言いようのない話だ。
「そういえば、イグナツのこと神聖騎士団に言わなくて良いのかな?」
とテオがいうと、
「大丈夫じゃないか?念のため、国境で報告すれば伝わるだろ?」
と答えたのはアイラだった。
納得した私達はテントを片付け、再度道なりに南東へ向かう。
3時間も歩くと大きな道に合流した。
これが本来、チェルミから関所まで続く道だったのだろう。
改めて南東、というよりは東南東方面に向かう私達。
更に2時間。昼になろうという頃に、関所が見えてきた。
「ヴィーゼンともこれでしばらくお別れか。」
アイラが後ろを見ながら呟く。
「アイラ…」
ユニが心配そうにアイラを見る。
「やっぱり、不安かな?」
テオは気遣わしげに声をかけている。
それに対して、
「心配させて悪いな。大丈夫!そりゃ不安はあるけどさ。それよりも、楽しみな方が大きいぜ。」
そう言って笑うアイラの笑顔は、まさに輝くようだった。
関所でギルドカードを提示する。
その際に、イグナツの話をすると、奴が逃亡していた事は既に知られていた事が分かった。
マーティン司教の名誉のためにいうと、逃げたのは捕獲後聖都に向かう集団とマーティン司教が離れた後のことらしい。それでもあの人なら自分の判断が甘かったと言いそうだがな。
「協力に感謝する。早速、教えてもらった場所に確認を出そう。ああ、ギルドカードは確認出来た。もう、ここを通ってくれて大丈夫だ。」
そう言って関所の人間はカードを返してくる。
「確認に行った方が戻るまで待たなくて良いのですか?」
「構わんよ。もちろん待つと言うなら止めないが、もう君達が気にするような事ではないさ。」
ドライなような気もするが、これがこの世界だ。
街の外で何があっても、そこまで気にしないし気に出来ない。
盗賊のように拠点を作るならまだしも、旅人同士のいざこざまでは管理出来ないというのが現実だ。
まあ、彼らがそう言うなら、私達は関所を超えるとしよう
こうして私達は、紆余曲折のあったヴィーゼン教国と別れ、海洋都市群クチュールへと入る。
さて、ここではどんな出会いがあるのだろうか。
第2章ヴィーゼン教国編、完
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