第30話 マーティン司教の考え

今日は朝からギルドに来ている。

路銀には今のところ問題ないが、上手く稼げる仕事があるようなら仕事をしといた方がいい。

面倒な依頼しかなければ今回はやらなければ良いだけだからな。


結局、私はミゲルの事をみんなには話していない。

彼に同情してというよりは、とりあえず先にマーティン司教に話してからにしようと思ったからだ。

あくまで私達は旅人だ。アイラがどう思うかが微妙だが、それでもこの街の問題に不用意に口を挟んで良い立場では無いだろう。


「ルーク、こんなのがあった。」

「どれだ?猪狩り、魔獣レッドボアの可能性あり、か。このサナイ村というのは遠いのか?アイラ。」

「いや、すぐそこだぜ。上手く馬車を使えば、それこそ今日の夕方には帰れるような場所さ。」

「それなら今から行ってみようか。万が一レッドボアなら、急がないと危ないよ。」

「ん。たまには魔物とも戦わないと腕が鈍る。」

どうも、みんな乗り気なようだな。

報酬もギルドからの追加込みで大銀貨2枚とかなりの高額、これはほぼレッドボアだとギルドは思っているのだろう。

そういうわけで、私は依頼書を受付に持っていったのだ。


そして、私達はギルドで依頼を受け、サナイという村に行き、レッドボアを退治して、夕方の今戻ってきたところだ。

いや、特に面白い話も無いからな。

来た、見た、勝った。という奴だ。


さて、順調も順調。

後は部屋でおしゃべりでもして寝るか、というところだが、残念な知らせがある。

宿が満室だそうだ。

どうもこの世界には予約という文化が無いらしく、元々観光地として宿屋の需要が供給を超えているこの街では、基本的には宿は毎日更新する必要がある。

ここで喚いても意味はなく、しかし、宿の店主がいい事を教えてくれた。

「一晩くらいなら、どこかの教会が泊めてくれると思いますよ。」

いつだったか、テオもそんな話をしていたな。


そこで私達は心当たり、マーティン司教の教会にて事情を話すと、マーティン司教は快く受け入れてくれ、今晩部屋を借りることが出来た。

なお食事は以前もご馳走になり、そうなんどもは悪いと泊まれなかった宿の食堂で済ませてある。


「それで、私に話とはなにかな?ルーク君」

手を洗いに行くと部屋を出た私は、現在マーティン司教のお部屋にお邪魔している。

「実はミゲルの事についてなのです。」

「ミゲルとは。まさか、もう会ったのかい?」

「ええ、町を歩いているうちに偶然。」

「そうだったか。しかも名前を知っていると言う事はもしかして。」

「ええ、例の受愛証を購入し、ついでに色々と話を聞いてみました。何故こんな事をしているのかも教えてもらえましたよ。そうそう、お金については大した額ではありませんでしたから、お気になさらずに」

「それは、なんと言うべきだろうね。まずお金だが、確か銀貨1枚と聞いている。それは安くはないだろう?」

「仲間たちのお陰で、それなりの収入はありますので。」

「そうか。いや、それでも納得しにくいけど、今はそこにこだわるべきじゃ無いんだろうね。理由を教えて貰ったと?」

「はい。彼はある目的の為だと言っていました。その目的とは…。」

私は、彼の貴族制を導入し政教分離を行うという考えを司教に説明した。

マーティン司教も現役の司教として、ミゲルの意見が理解出来はするようだった。しかし、

「理解は出来るが、しかし受け入れられない。ミゲルはどうやらこの国の事を誤解しているみたいだな。」

「誤解とは?」

地球の歴史を知る私としては政教分離は真っ当な考えだと思うが。

「教会のためと思っているようだが、つまり彼はこの国の発展のために貴族に国を任せようと言うのだろう?しかし、そもそもこの国は発展など求めていないのだよ。」

「発展を求めていない、ですか?」

「そうだよ。例えば、君の出身のグラント王国は魔物を狩ることでその素材と安全を他国に提供する代わりに利益を得ている。他の国も何かしらの強みを活かして国の利益に繋げ発展している。」

「そうですね。しかし、それで言うとヴィーゼンはアレクシア教と芸術などに関して発展した国では?」

「外国から来た人にはそう見えるかも知れない。しかし、だ。元々アレクシア教は利益を求めていない。国がなくなっても教会はなくならない。芸術もね。」

「つまり、どういうことでしょう?」

「つまり、どこかの貴族がこの国を乗っ取ると言うなら、そうすれば良いだけなのさ。その後ミゲルの言う政教分離でもすれば良い。実際、そうすれば喜ぶ司教も多いだろうね。」

「そうなのですか?」

そんなに都合よく行くだろうか?

「もちろん、多少の悶着はあるだろうさ。でも、実際は私のいった通りだろう。」

「大主教様などの上の方は抵抗するのでは?」

「まさか!私は今の大主教とは古い付き合いでね。早く譲って、普通の司教に戻りたい、が口癖の男だよ。問題はむしろ、地方にいる小さな村の司教だろうね。狭い場所に籠もれば、視界もまた狭くなる。」

そうなのだろうか。いや、マーティン司教がそう言うなら、どちらにせよもう私が口を出す問題では無いな。

「ルーク君、本当にありがとう。理由が分かれば、今度こそミゲルを説得出来るかもしれない。説得出来なくても、彼が納得するための別の道を探せるだろう。少なくともこんな詐欺紛いのことはやめさせなければ。」

「お役に立てたなら何よりです。では、私はこれで失礼しますね。」

そう言って私は退室し、皆が待つ部屋に戻ったのだった。


その晩、私達は今後について話し合った。

「さて、この後をどうするか。みんなは希望はあるか?」

「私は特に。」

「僕も。そもそもここに来たいって言うのは僕の希望だったし、次は他の人が行きたい場所が良いかな。」

「あたいもまだ希望までは。ただせっかくだし見たことの無いものが見たいぜ。」

それならと、

「じゃあ、クチュールに行かないか?」

海洋都市群クチュール。この大陸で1、2位を争う港を構える大都市だ。

「面白そう。私、海って見たことない。」

ユニが賛同してくれる。他の2人も異論ないようだ。

「よし、じゃあ明日必要な物を買い揃えたら、明後日の朝、街を出よう。」

こうして、私たちの次の目的地は決まったわけだが、さて、久しぶりの海産物が今から楽しみだな。


翌朝、マーティン司教に今後の予定を話すと、もう一晩教会に泊まるよう勧められた。

流石に悪いと思い断ろうとすると、テオが私の服を引っ張っり、顔を向ける。

そちらを見れば、アイラが教会を眺めていた。なるほど、そういうことか。

「ではお言葉に甘えて、もう一晩お邪魔させてください。」

司教は笑顔で頷いてくれたのだった。

夕食も用意するという申し出に、断るのも失礼と思い、いっそ幾らかお金を渡すことにした。

予想通り渋ってはいたが、余れば子どものために、の言葉が効いたみたいだ。


その後、予定通りに買い物を済ませ、賑やかな夕食を楽しみ、私達は眠った。

アイラは、遅くに部屋にきたが、聞くのは野暮というものだろう。

と思っていると、

「ルーク。なんかマーティン先生が話ししたいんだってよ。いいか?」

マーティン司教が?思い当たる点といえば、ミゲルのことだろうか。

「ああ、これから向かおう。」

「おう、よろしくな。」

部屋に入ると、司教は笑顔で迎えてくれた。

「ルーク君、呼び出してすまなかったね。来てくれてありがとう。」

「いえ。司教には、本当にお世話になっていますから。それで、何のご用ですか?」

「ふむ。実は他でもない。ミゲルの事だ。」

やはり予想通りか。

「まあ、簡単に結果だけ言うと、考えを変える事は出来なかったよ。貴族の事について聞くと、驚いていたが、覚悟を決めたのか色々と思っていることを話してくれた。」

「そうですか。考えは変わりませんでしたか。」

「とはいえだ。色々話してくれたお陰で、今後は私にも相談してくれる事になったし、受愛証についても売るのを止めてくれる事になった。なんでも親切な旅人が買ってくれ、あまつさえ嘘だと知ってもお金を要求されなかった事で、大分良心が痛んだそうじゃ。」

「そうでしたか。なんにせよ、彼が1人で悩まなくてよくなり何よりですね。」

「そうだな。改めて、君には感謝しておるよ。本当にありがとう。」

そう言って、マーティン司教は頭を下げるのだった。

その後、ユニ達に何か聞かれたら、顔の火傷を治す申し出をされたが訳あってそのままにしているからと断ったと、口裏を合わせる約束をし、私は部屋を出た。



そして、出発の朝。

「君たちの旅に、多くの喜びがあることを祈っているよ!」

「この街に来たらいつでもおいで。またご馳走してあげよう。」

「お姉ちゃん、また遊んでねー!」

最後の1人は、アンナという少女がユニに向けてだ。アンナは例のチルクムを進めてくれた少女で、確かユニに護身術の基礎を習っていた筈だ。

ユニは教え上手だと、道場でも年下に人気だったな。

こうして私達は、新たな街に向け出発するために門へと向かうのだった。

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