第29話 受容、傾聴、共感の間違った使い方

「そこの旅の方、少しお時間よろしいですか?」

私にそう声をかけてきたのは、背の高い青年だった。

おそらく私と同世代だろう。

勧誘の類かと思ったが、アレクシア教は確か勧誘を推奨していない。

いつだったかの大主教が、信仰は個人と女神の間のもの、と言ったらしい。

テオから聞いた話だが。

要件が分からないのは面倒だが、無視するのも不人情だろう。

それに既に顔を向けてしまっている。

「何かご用ですか?」

「ありがとうございます。私はミゲルと申します。改めてお聞きしますが、旅の方ですか?名前を伺っても?」

「ええ、その通りです。ルークと申します。」

「やはりそうでしたか。ルークさんは、受愛証というものをご存知ですか?これをお持ちですと、女神アレクシア様の愛がよりあなたに注がれらようになるのです。出来るならば、多くの方に差し上げたいのですが、数に限りが御座いまして、もしルークさんがご希望なら今だけ、銀貨1枚でお譲りしますよ。」

なんだろう。まあ、予想はしていた。こちらが旅人だと確認してくる段階で、マーティン司教の話していた人物だろうとは思ったが。

「そうですか。」

顎に手を当て、考えるポーズをする。

もちろん必要ないといい、この場を離れるのが褒められる行動だろう。

しかし、だ。これはチャンスかもしれない。

何故彼がこんなことをしているのか。その理由を聞いて見るための。

何故私がこんなことを思ったのか。

仮面を外しても仲間が吐かなくなり、気分が良くなっていたからか。

それとも、銀貨1枚という予想以上の安さの為か。いや、この手の金儲けならもっと高額にすると思ったのだ。少なくとも私にとって、それは失っても気にならない金額だった。

銀貨を出しながら、、私は言ったのだ。

「では、これもアレクシア様の作られた導きでしょう。1つ頂けますか?」

「おお。ありがとうございます。ルークさんの素晴らしい選択を女神様も喜ばれるでしょう。では、こちらです。」

そう言って彼ミゲルが出してきたのは、片手で持てる程度の大きさの木の板を、アレクシア教のシンボルカラーである白で塗った物だった。

見てみるが、特に魔道具のようなものでも無さそうだ。

マーティン司教の言うようにただの金儲けだろうか?

「では、私はこれで」

そう言ってミゲルが去ろうとする。

「ああ、お待ちください。ミゲルさん、もしよろしければ今度は貴方の時間を少し頂けませんか?」

「私のですか?」

「ええ。先程話したように私は旅をしてまして。昨日この街に着いたばかりなのです。」

まあ、実際は一昨日だが。

「はあ、そうでしたか。」

「今は街を散策しようと思っていまして。そこで、もしよければミゲルさんにこの街の事など教えて貰えれば嬉しいのです。どうですか?」

意識して言葉を崩す。私は魔法拳士。未だにそう名乗ったことはないが、懐に潜り込むのは基本戦術だ。

「なるほど。良いですよ。では、何を話しましょう。」

「その前に、見たところ年も近い。お互い口調をくずしたいのですが。どうかな?」

ミゲルさん、いやミゲルは少し悩んだが、

「分かったよ。じゃあ、そうしよう。」

そう答える。

こんなことをしている割にはあまり警戒心は高くないようだ。

「じゃあ、どこか入ろう。良い店は知ってるか?」

「いや、あまり店に入ることが無いから。しかし、修道士仲間が話していた店が近くにある筈だ。そこに行ってみようか。」

そして今、私達はミゲルの言うその店でお茶を飲んでいる。

ミゲルは本人が言うようにこう言う店には慣れていないらしく、お茶をちびちびと飲んでいる。

これも、マーティン司教の言うように慎ましい性格のようだ。少なくとも、詐欺で集めた金で遊ぶような人間には見えない。

「そう言うわけで、エルバギウス大森林で戦う兵士達の治療のために集まった司教達が作った村が、今のヴィーゼン教国の始まりなんだ。」

しばらく雑談をする。とはいえ、ミゲルは遊び歩く性格でもなく、あまり観光地の紹介も出来ないようで、今はこの国の歴史について聞いていた。

「そうだったのか。」

これはこれで興味深いが、他の話題も振ってみる。

「そういえばミゲルは司教を目指しているんだよな?」

「そうだよ。とは言え、最近は司教も忙しいらしいんだけどね。」

「そうなのか?」

「そうなんだよ。礼拝の準備だけじゃない。教会の維持や都市の運営、回復魔法での怪我人の治療もある。」

「回復魔法か。私も旅の途中で見たがすごい魔法だったな。」

「ああ、女神様の恵みさ。ただ…。」

「ただ?」

「いや、旅人のルークにこんな話をするのもなんなんだけど、最近は貴族の患者も多くてね。」

「貴族?」

「そうさ。ただ、うちの国は大主教様をはじめ教会の人間が支えている。貴族なんていないから不安がっている人もいるんだ。」

「不安というと?」

「もし貴族の不興を買ってしまったらとかさ。もしかしたら、この国が他所の国の食いものにされるかもしれない。」

「そうか、それは心配だな。」

「そうなんだよ。なのに、上は何もしようとしないし。だから僕は。」

「僕は?」

「いや、ごめん。その、何でもない。」

どうやら、核心に近いらしい。

「安心してくれ、ミゲル。私は旅人だ。いずれこの街を離れるが、だからこそ他の人に話すつもりはない。ここであったのも女神の導きなのだろう?少し話してみてはどうだ?」

詐欺師は、むしろ私の方だな。

ミゲル自身も誰かに話したかったのだろう。少し悩むが、結局話し出した。

「実は、まずはルークに謝らないといけないんだ。あの受愛証は僕の作ったもので、何か特別な力があるわけじゃない。だから、このお金は。」

そう言って懐に手を入れるミゲルを、私は手で制止する。

「いいや、ミゲル。言ってくれただけで私は十分だ。つまりお金が必要なのだろう?正直に言ってくれたことに免じてそれは返す必要はない。」

「でも、ルーク。」

「なら、何故お金が必要なのか教えて欲しい。何に使うつもりなんだ?」

「ありがとう、ルーク。言っとくけど、悪い事をしたいわけじゃない。アレクシア教の、この国のためなんだ。」

「それは、大きい話だな。」

「さっきも言っただろう。この国には貴族がいない。だからいつか、この国を乗っ取ろうとする貴族が出ても何も出来ないかもしれないじゃないか。だから僕は仲間を集めて、この国に貴族制を入れたいんだ。」

「その為に資金が必要なのか?」

「ああ、言葉だけでは人は付いてこないと教わったからね。」

「それで、貴族を作ってどうするんだ?」

「国の運営、政治を任せるのさ。貴族が政治をすれば、司教達は教会のことに専念出来る。」

「つまり、政教分離、か。」

私の呟きをミゲルは聞いていたようだ。

「そうだよ、政教分離だ!いい言葉が見つからなかったけど、ルークのおかげだよ。そうか、政教分離か。」

「まあ、力になれて良かった。だが、他の人間もそう思っているのか。」

「それは分からないけど、きっと賛同してくれる人はいるはずさ。まずはその為に資金を集めないと。きっと女神様も許して下さるよ。」

「そうか。っと、すまない。思ったより話し込んでしまったな。ミゲルの成功を祈ってる。前祝いだ、ここは私が奢ろう。」

「ありがとう、ルーク。本当にルークは親切な人だね。ルークの上に女神様の祝福がありますように。」

ミゲルの満面の笑みに少し良心を痛めながら、私は店を後にした。


さて、この話をどうするか。それが問題だな。

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