第21話 貿易都市クーベル


結論。

土魔法を使って正解だった。


「まさかあれ程とは。」

「私2回目なのに。」

「ちなみにラト師匠は初めから私の顔を見ても吐かなかったな。」

「はあ!?」

「えっ?」

2人とも信じられないという顔をしている。

だが、ユニは何やら覚悟を決めた顔をして、

「テオ、負けてられない。今夜も特訓する。」

「えっ?本当に?いや、でもこういうのをルークは乗りかかった船とか言っていたよね。分かった、僕もこれからも付き合うよ。」

全く、私は本当にいい幼馴染に恵まれた。


次の日は、ラベンナという町につく。初めての街だが、かといって今までに訪れた町と大きな違いは無く、長居するならまだしも一晩泊まる程度では特筆すべき点は見つからなかった。

私達は宿に入り、朝の宣言通り例の特訓を行なった。

昨日と違う点としては、吐くことが分かっているのだからと宿での食事はやめ、屋台で軽食を買ってきた。黒パンに肉などを挟んだサンドイッチのような料理がこの世界にもあり、夕食用に買ってみたところ、とても美味しかったと報告する。

特訓の成果は分かりにくいが、それでも2人は昨日より長くみれたと、手に持った土魔法の桶に吐瀉物を入れて評価している。私にはよく分からなかったが、これは気の持ちようの問題なのだからと水を差す発言は控えることにした。

何より、結局ユニもテオも私の顔を避けていないことが分かり嬉しいのだ。


そこでふと私は気付いた。

おかしくはないか?確かに私の顔は醜いが所詮視覚情報だ。あると分かっていれば、しかもどのようなものか分かっていれば、全員が全員、耐えられないという事はないはずだ。

実際私は前世、駅の前で酒に酔った中年男性がキスをしているのを見て、シラフにもかかわらず吐いたことがある。

その経験があり、視覚情報で吐くことを受け入れてしまっていたが、しかしここまでくれば異常としか言いようがない。

まるで、吐くことを強制するような、そういう呪いか何かの可能性は無いだろうか。

これはただの思いつきだが、ゼルバギウス家をよく思わない人間が妊娠中の領主の妻に呪いのようなものをかけ、胎児に影響が出たというのはどうだろう。物的証拠どころか状況証拠もないことを無視すれば、辻褄は合うよう思う。

そこまで考えるが、答え合わせは出来ない。ただもし本当に呪いの類ならミリア師匠が何も言わない理由が分からないし、どうであれ私にはどうしようもない。

そもそも呪いというものがあるのかが分からない。そのような技術は知識としてもミリア師匠から教わることはなかった。

ただ、この世界の魔法は一時的な効果に限定されるものがほとんどだ。例えば火の魔法で火球を出すとしよう。それを持続させるのは、非常に難易度が高い魔法になる。実際に使うには、すぐに薪などに火を移すなど燃える素材を用意する必要がある。

つまり、呪いが魔法の一種と考えると、15年間効果が発揮するというのは有り得ないとし言えない。

結局私は自分の思いつきを否定する。

ただ正直もうどうでもいい事でもあった。

今はただ、あの2人が私の顔に慣れ、吐くことなく素顔で対面できる日が来ることを祈るばかりだ。

少なくともこの2人はこの顔を理由に私を嫌わないでくれた。

ならば、時間は掛かるかもしれないし、もしかしたら無理かもしれないが、それでも私たちの関係が壊れることはないだろう。


朝は早くにラベンナの町を出発した馬車は、その日の昼には貿易都市クーベルに到着した。

私達は今、門を超えてすぐのところにいる。冒険者カードのおかげで特に税は取られなかった。

「とうとうここを出れば、ヴィーゼン教国。初めての外国だな。」

「うん。あー、楽しみだなぁ。」

「ねえ、2人とも。」

「なんだ?」「なに?」

「私、少しこの街も見て見たい。」

「確かに、な。ここまで順調すぎるほど順調だし、ここらでゆっくり観光をしてみるのもいいかもしれない。」

「僕もいいよ。言われてみれば、折角貿易都市として有名なクーベルに来たんだし、チェルミに関する本や品物を探してみたいな。」

「ん。ありがとう、2人とも」

「礼を言うようなことじゃない。それじゃあ提案なんだが、まずはこの街のギルドに行ってみないか。ほら、テオが言っていただろう。護衛依頼があるかもしれないと。もしも数日後に出発する商隊の護衛依頼みたいなものがあれば、先に受けて待っている間に街の観光をすればいい。」

「分かった。」「いいよ。」

そうして私達は、ギルドに向かった。この街の門番尋ねると、丁寧に教えてもらえた。

教わった道を進みと、程なく『冒険者ギルドクーベル支部』と書かれた建物が見つかる。因みに本部はグラン王国王都にある。

ギルドに入ると、そこはガインの街のギルドとほぼ同じ作りだった。

私達は、以来の貼られた壁に行き、依頼に目を通す。

果たして私達はある依頼書を見つけた。そこには

『チェルミへの片道護衛依頼。出発は4月6日。規模は馬車二台。募集人数は4名以下。報酬は1人大銀貨2枚。』

今日は4月4日、日にち的にもちょうどいい。

今回、いくつかある護衛依頼のうち最も大切なのは片道であることと募集人数だ。

片道なのは当然で、往復では意味がない。勿論、ここを拠点にしている冒険者達は往復の方を選ぶ。

そして募集人数は馬車に乗れる人数だ。護衛が多ければ安心だが、しかし徒歩に合わせていては馬車を使う意味がない。そのため、商人は自分の利益と安全を天秤に掛けた上で、馬車に護衛を乗せられるだけの人数を雇う。この場合、1人は御者台に同席し、残りは状況に合わせて配置する。特に私達のように3人で動く場合、この募集人数に引っかかることが多い。

その点、これは理想的だ。

早速依頼を持って、受付に行く。

依頼の紙と3人のカードをカウンターに乗せた。

「はい。ルーク様、ユニ様、テオ様ですね。今、ご依頼人様に使いを出しますので、待合所のテーブルについてお持ちください。なお、この依頼は先程、すでに一名が希望され採用になっていますので、問題が無ければ、おそらく予定通りの出発になると思われます。」

なるほど、ギリギリだったらしい。

私達は椅子に座り、依頼人が来るのを待つ。1時間もしないうちに、恰幅の良い40歳ほどと思われる商人然とした男性がやってくる。彼が依頼人だろうか。

「貴方達が、ルークさん達ですかな?」

和やかな声に反し、腰が引けているのはいつも通り私の仮面のせいだろう

「ええ、ルーク、ユニ、テオと申します。チェルミへの片道依頼の依頼人様でよろしいですか?」

私の言葉に、少し驚いた様子だ。これも珍しくない。冒険者の多くは荒っぽい口調を好むからな。

「そうです。私は美術品を専門に商っているオタカルと申します。今回この街での長期の取引が終わりましてな。これからあちらに帰るところなのですよ。」

「なるほど。それはお疲れ様でした。私達としましては、依頼書にあった通りの条件で問題ありませんが如何でしょうか。」

「結構。よろしくお願いします。」

「ええ、ご安心ください。」

「ところでギルドからお聞きになっているかもしれませんが、既にお1人と契約をしていまして、その方と共同して護衛をお願いしたいのですが構いませんか?」

「勿論です。問題ありません。」

「それは良かった。実はその方は女性の冒険者でしてな。そちらも女性がお2人いるようですし、なかなか華やかになりますな。」

これはまあ、珍しいことではない。珍しくはないが、誤解を解かない訳にはいかないな。

「あー、実はこちらのテオは男でして…」

「なんと!いやはや、それは失礼を致しました。」

「はっはっは。よくあることですのでお気になさらず。では、出発も予定通りでよろしいでしょうか?」

「はい、構いません。では、また後日。」

そう言って、オタカルさんは帰っていった。


私達はその後宿を見つけ、部屋を取る。まだ休むには早い。

折角なので夕方まで街を見てみようということになった。

そうと決まれば、出掛けることにしよう。

今、私達は特に目的もなく街の大通りをぶらぶらと歩いている。

流石は貿易都市クーベルだ。行き交う人が多く、活気がある。

「やっぱりガインとは違う。」

ユニが街を見ながらそう言った。

「確かに、規模としてはガインの街と同じくらいだが、あちらは元々魔物の討伐に支えられていることもあって、尚武の精神が強い街だ。冒険者は勿論、それ以外の人も強さというものに一定の価値を置くのが、いわゆる地域性としてあるからな。」

「そうだね。それに比べると、クーベルも賑やかなのに変わりはないけど、少し雰囲気が違うみたい。ガインの街で育った僕たちからすると少し浮足立ってる気もするけど、それって要するに元気で賑わっているって意味だからね。ほら、街の人もなんだかウキウキとした表情をしている気がするよ。」

かたや体育祭の盛り上がり、かたや文化祭の盛り上がりといえば伝わるだろうか。ただし、私自身はどちらにもいい思い出はないので、漫画など創作物からの想像でしかないのだが。


またクーベルはガインに比べ人種が多いのも特徴かもしれない。

この世界にも肌の違いや、人種による骨格の違いはある。

先に行ったようにこの世界ではあまり国同士の諍いは見られないが、かなり昔、更に魔物があまり出ない地域においては国同士、人種同士の戦争はあったらしい。ただそういう国は互いに疲弊して、和解するか、よその国に漁夫の利を提供することになる。

また、そもそも大陸が1つしかなく、互いに距離が近いこともあり文化的な違いはあっても、技術力などにおいてはそこまで大きな差異が生まれなかったため、地球のような大規模で長期間の人種差別は生まれなかった。

そういえば、以前私は自分たちの使っている言葉を、グラント語といったが、正確には共通語というらしい。

つまり、この大陸では言葉の壁に悩む必要はないということだ。あってもせいぜい方言的な違い程度で済む。

この世界は、バベルの塔を壊されずに済んだらしい。

そのため、たまにグラント人とかヴィーゼン人とか言ったりはするが、日本での〇〇県民程度の意味合いくらいなものだ。普段はどこどこの出身ぐらいの言い方な上、気にする人もあまりいない。

そんな街を私達は引き続き歩いている。

「ルーク、あれ。」

ユニが指差す方には、楽しげな雰囲気の人だかりがあった。

「旅芸人か何かかな?街中で、歌や芸、簡単な劇なんかを披露する人もいるらしいよ」

テオが言う。言われてみれば、人混みの音に混じって、軽快な音楽が聞こえる気がする。

「少し覗いてみるか?」

提案すると、2人とも頷いてくれた。


近づくと小さい舞台のようなものが置かれている。

前世のテレビで見たことがある気がする。人形劇でもやるのだろうか。

その横で、女性が笛を、男性が太鼓を鳴らしている。

男性の方が呼び込みをしていた。

「さあさあ、お時間あればどうぞどうぞ。楽しい楽しい人形劇が始まるよー」

なるほど。予想は正しかったらしい。

「しかも今日は人気のアレクシア様のお話だ。ちょいとそこ行くお父さんとお母さん、お子さん連れて、是非是非ご覧くださいな。おっとそこの司祭さん、女神様のお話が正しいか、見ていかなくってもよろしいので?面白ければ、是非是非教会にもお呼びください。我々『女神の戯れ』はいつでも出張大歓迎!」

男の呼び込みがしばらく続くが、十分に集まったと判断したらしい。

「ではでは、本日はお集まり頂き感謝感激!これよりお見せするお話は、アレクシア教の1番初め。女神様がこの世界を作られたお話だ。ではではどうか、ご静聴のほどを〜」

男がそう言うと、笛の調子が変わる。先程までは軽快な楽しい音楽だが、今度は穏やかな曲調で音もずっと静かになった。

そして舞台の幕が開くと、糸のついた女性の人形が中心に立っている。

劇が始まるようだ。女性の声が聞こえる。どうやら、有名な世界の始まりに関する神話のようだ。

「私はアレクシア。この世界で生まれ、この世界を愛するもの。ああだけど、ここには私の愛を受けてくれるものは誰もいない。どこまでも続く空と広い大地、ただ水が波打つ海ばかり。長い長い孤独に私の心は潰されそう。涙が止まることはなく。そこも、あそこもわたしの涙で濡れていると言うのに、誰も私を慰めてはくれないの…そうだ、そうだわ。ここに誰もいないなら、探しに行けばいいのです。どこかに私のように生まれたものがいるかもしれません。私の孤独を癒してくれる誰かが。」

そう言いながら、人形はあっちへ行ったりこっちへ行ったり、月並みだが、まるで生きているようだった。そして、人形は座り込む。

「ああ、どこにも誰も見つかりません。やはり私は孤独のままなのでしょうか…そうだ、そうだわ。ここに誰もいなくて、どこにも誰もいないなら、私が誰かを作りましょう。そうして作った誰かと孤独を慰め合いましょう。ここには広い広い大地に沢山の命の土があるのだから、私の息吹を分ければ、きっと私を慰めてくれる誰かが出来るはず。まずは、こうして…出来たわ。あなたを鳥と名付けましょう。あの大空を自由に飛んでみて。」

舞台の仕掛けか、上の方から可愛らしい鳥のぬいぐるみが現れ、子どもたちの喜ぶ声がする。そうやって女神が生き物を作り、舞台にいくつかのぬいぐるみが並ぶと、彼女は最後の仕事にかかる。

「どれもこれも、本当に可愛い私の愛しい子。だけど、どの子も喋ってはくれない。出来ることなら、1つくらいは私のように言葉を使う命があればいいのに。では、最後に作る命には、私の血を分け与えましょう」

女神の動きに合わせ、小さな人形が現れる

「そうよ、私はアレクシア。そしてあなたは私の愛し子、人間と呼びましょう。沢山お喋りをして楽しい時間を過ごしましょう。」

そして舞台の上を回るように動く女神の人形。笛と太鼓も今は楽しげな音になり、彼女が動くたびに、ぬいぐるみが増えていく。

すると、曲調が少し悲しいものに変わる。

「私の子達が悲しくないように、この大地に増える力を与えたけれど、今では大地に命が満ちて、私のいる場所がなくなりそう。私は大地を離れ、大空から貴方達を見守りましょう。命よ、人間たちよ、泣かないでいいのです。私はいつまでも貴方達を見守りましょう。」

女神は上に行き、そして舞台は幕を閉じた。

周囲からは拍手が巻き起こる。

舞台の前に、楽器を演奏した男女と、大柄な男性、体の細い若い女性が立つと拍手は更に大きくなった。おそらく男性が人形などの操作を、女性が声を当てていたのだろう。呼び込みをしていた男性が帽子を取ると、観客がそこにお金を入れる。ほとんどが銅貨だが、中には大銅貨もあった。

私達も銀貨をそれぞれ投げ入れると、男性は驚いた顔でこちらを見、更に一瞬動きを止めるが、すぐににこやかに頭を下げるというプロ根性を見せてくれた。

この神話自体は有名で知っているものばかりだろうが、素晴らしい音楽と人形の動き、更に人形に命を吹き込む声の名演に随分楽しませてもらった。地球に比べれば娯楽の少ないこの世界では、大切な催しなのだろう。


私達はその場を離れた。

いい時間だ。宿に帰ろう。

宿に帰る途中、テオが教えてくれた。

「アレクシア教では、魔物は女神の涙が大地にしみて生まれたと言われているんだよ。」

「そうなのか?それは初耳だな。」

「だから魔物は女神の悲しみの現れで、それを狩ることは女神の慰めになると言うことで、アレクシア教の教会では冒険者を肯定しているんだ。ヴィーゼンでは宿がないときは教会に行けば泊めてもらえるはずだよ。」

「それは助かるな。」

他にも、増え過ぎた命を殺して食べることも必要なことだと教えているらしく、同時に全ての命は女神の子だから暴飲暴食や好き嫌い、過度な毛皮の装飾など必要以上に命を使った贅沢は慎むべしと教えるらしい。

そんな話を終え、宿屋に戻った私達は今晩も例の特訓をするのだった。

確かに彼らが言うように、吐くまでの時間が伸びている気がする。

これは、もしかしたらもしかするのだろうか。

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