第22話 続・貿易都市クーベル

翌朝、ユニからの提案があった。

「用事がないなら、今日は寝てたい。」

「じゃあ、僕は古本市でも行こうかな。」

というわけで、私たちは自由行動にした。

テオが言う古本市場のついて、今朝宿屋の店主から聞いた話を思い出す。

「元々は本当に古本だけを扱う市場だったんですがね。気付いたらそのうちに、絵だの雑貨、日常品なんかを売る人がが出始めて、今じゃあ食べ物以外はなんでも売るようになったんですわ。」

実はテオはそう言った品々の蒐集癖がある。ガインの街の彼の部屋には、今までに蒐集した小道具や雑貨が置かれている。

彼の几帳面な性格もあり、部屋の中はちょっとした美術館や博物館のような状態だった。

また彼は読書家でもあり、愛読書のアレクシア教の聖典以外にも色々と本を買ってきては読んだ後の置き場所に困っていた。


私も前世から読書は好きで、こちらの世界の伝説や神話には楽しませてもらっている。私からすればファンタジーなこの世界も、この世界にとってのファンタジーがまたあるらしい。

多い内容としては、海に出て新しい世界に行くとか、アレクシア以外にも悪い神がいてその手下とアレクシアに認められた勇者の戦いなんかが人気のストーリーだ。

女性向けだと、貴族の令嬢と成り上がりの騎士の恋物語は鉄板らしい。ここら辺はユニに教わった。

まあ、異世界とはいえ同じ人間だ。そこまで理解出来ないようなものは出てこない。


そういうわけで私も後で古本市場には行こうと思う。ただ、せっかく自由行動ということで各自が知らない街で好きに過ごしているのに、行った先で会ってしまうのも興醒めだと感じた私は、先に別の趣味を楽しむ事にする。


先程、テオに蒐集癖があると話したが、私自身は食い道楽だ。少なくとも、世界をまわるならまだ知らない物を食べてみたいと思う程度には食を大事にしている。


今私が向かっているのは、屋台市場と呼ばれる場所だ。こちらについて店主が言うには、「元々は古本市場でも食い物の屋台もやっていたらしいんですが、やれ本の近くで火や水を使うのはやめろとか、本に食べ物の匂いが付くとかの苦情が出ましてね。そいじゃあ、と違う場所に屋台の場所を固めたそうなんですよ。買う側としちゃまとまってくれた方が楽なんですが、まあ、私の爺さんがガキの頃からの決まりだそうでね。」

とのことだ。


そんな話を思い出しながら、宿を出てかれこれ1時間ほど歩く。

すると、スパイスを使った食欲をそそる匂いが鼻をくすぐった。

どうやら目的地に着いたようだ。

スーパーの駐車場程度の広さの空間に、何種類もの屋台が並んでいる。

屋台自体はちゃんと横並びに整列されているのだが、多種多様な色と匂い、なによりそれぞれのお店に並ぶ人集りのせいか、ひどくごちゃごちゃした印象だ。

目当ての品を買った人々は、屋台の周りにある椅子や池の周りに置かれた石の上に座り思い思いに食事を楽しんでいる。

残念ながら、仮面を外せない私では出来立てを食べることは出来ないが、宿屋に持って帰るとしよう。

タイミングが合えばユニと一緒に昼食にしてもいい。

さて、どこがいいかと顔を回すと、

「おーい」

という誰かが誰かを呼ぶ声がしたのでそちらを向くと、見覚えのある男性が、こちらに近づいてきた。

確か、昨日の人形劇で太鼓と呼び込みを担当していたはずだ。

改めて見ると若い男性で、浅黒い肌と細身の体、愛嬌のある顔に癖の強い黒髪が、地球でいう南国の人を思い出させる。

「お兄さん、でいいんだよな?お兄さんは、昨日俺たちの人形劇を観に来てくれてた人だろう?」

まあ、銀貨を入れた上に、ここまで目立つ格好をしていれば記憶には残るだろう。

「ええ、そうですよ。昨日は楽しませて貰いました。ありがとうございます。」

「いやいや、こっちこそ観てくれてありがとう。しかもあんなに奮発してくれて、感謝以外でやしないさ。お兄さん、確かここらでは見たことないけど、旅の人かい?」

「こらー!」

肯定しようとすると、若い女性の声が聞こえる。そちらを見ると、こちらは昨日の笛担当だ。若い細身の女性で、こちらは茶色いまっすぐな髪を後ろで束ねていた。

「全くあんたはまた勝手に走って行って。毎回探すこっちの身にもなってよ、ってこの人。」

「あーもう、お前もとりあえず勢いで喋るのやめろって。そ、昨日の劇のお客さん。偶然見かけて、挨拶しただけさ。」

「そうだったの。あなたもごめんなさい。急に騒々しくて、驚いたでしょう。」

「まあ、少しは驚きましたが、謝って頂くほどではありませんよ。」

「そうだ、お兄さん。良けりゃ少しお喋りしないか?俺たちの仲間を覚えてるかい?あいつらが席を取ってくれてるんだ。」

「それはいいけど、あの子達に頼まれたご飯はどうするのよ?」

「そういうことなら、一緒に並びませんか。私もまだ何も買えていませんし。さっきは言いそびれましたが旅をしてまして。ここで会ったのも何かの縁でしょうから、ぜひ皆さんのお話も聞かせてください。」

「縁?ってのはわからないけど、お兄さんが良いならそうしようぜ。こっちから誘ったんだし。」

「そうと決まれば、早く並ぶわよ。そういえば、私たちはカーバルを買いに来たんだけどあなたは大丈夫?」

「そのカーバルとはどんな料理なんですか?」

「小麦粉で作った皮に肉や野菜を入れて揚げたものよ。」

カーバルとは確か古代語で山といういう意味だったはず。なるほど、揚げ餃子のようなものだろうか。それなら持ち帰るのも楽そうだ。

「ありがとうございます。では、私もそれを買おうと思います。」

「いいぜ。そうと決まれば、急いで並んじまおう。」

そう言って、私たちは列に向かった。

なかなか長いが、つまりそれだけ人気ということだろう。出来立てを食べられないのは悔しいが、そこは仕方ない。

列に並ぶと男性が口を開く。

「よし、じゃあ今更だけど自己紹介といくか。俺は劇団『女神の戯れ』の座長ディックだ。」

「私は同じ劇団のベラよ。笛を担当しているわ。」

「私はルークといいます。冒険者をしながら、仲間と一緒に世界を見てまわる旅をしています。ディックさん、ベラさん、どうぞよろしく。」

「こちらこそ、よろしく頼むよ。とはいえ冒険者か。俺たちはこの街でしか活動しないから関わりはないけど、確か旅の芸人なんかも冒険者なんだろ?」

「あら?そうなの。」

「ええ、そうですよ。私はまだそういう方にお会いしたことはないですが。」

「ということは、ルークの兄さんは何が専門なんだい?」

「こう見えて戦闘全般ですよ。普段は魔物の討伐をしてますし、時には護衛依頼を受けることもあります。」

「へぇ。私はそういうのはよく分からないけど、言われてみれば只者じゃない気がするから不思議ね。ところで、気を悪くしたらもう聞かないけど、そのお面?って魔道具なの?」

「おい、ベラ!」

「ハハハ。大丈夫ですよ、ディックさん。ええ、これは魔道具です。実は子どもの時火事に巻き込まれて大火傷をしましてね。それ以来つけています。こんな形ですが、特に問題なく見えているんですよ。」

「そうなのね。見えているのは、動きから分かったけど気になっちゃって。けど、やっぱり失礼だったわね。ごめんなさい。」

「いえいえ、本当にお気になさらずに。それに、いっそ聞いて納得して貰えば私も気が楽ですから。」

「全く、ルークの兄さんが器の大きい人で良かったな、っと。俺たちの番だな。」

確かに、もう私たちの前には客が1人しかいない。その客も、もう代金を払う所のようだ。

さてカーバルだが、予想通り見た目は揚げ餃子のようだが、だいぶ大きく、ボックスティッシュ1つと同じくらいの大きさだ。前世で見た、大食いチャレンジの餃子を思い出す。あれはさらに大きかったが。

これをディックとベラは4つ。私は3つ買うことにした。

代金は1つ銅貨5枚。私は大銅貨2枚を払い、お釣りをもらう。

「よし、カーバルも買ったし、ルークの兄さん、ついてきてかれ。」

そうして行くと、周りに椅子が置かれた丸いテーブルがあり、昨日の大柄な男性と背の低い女性が座っていた。そういえば、ユニも小柄だが、同じくらいの身長だ。

「おう、オーロフ、トリーネ。おまたせ。カーバル買ってきたぜ。」

名前から察するに、座っているうちの男性がオーロフ、女性がトリーネだろう。

まずオーロフが口を開いた。

「ありがとう。遅かったけど、何かあったの?」

オーロフがこちらを見ながらいうと、トリーネと女性も私を見ると、

「もしかしてそちらは昨日の?」

「ええ、ルークと言います。偶然、そこでディックさん達にお会いしまして。」

「で、せっかくだから話でもしようって誘ったんだよ。」

「そういうことなら、どうぞ座ってよ。ああ、俺の名前はオーロフ。しがない人形師さ。」

「わたくしはトリーネ。声師をやっております。」

声師とは初めて聞くが、声優のようなものだろう。

「ありがとうございます。」

私も席に座るとディックが早速とばかり話し出す。

「ルークの兄さんは、冒険者をやってるんだってさ。で、今は世界を旅してるらしい。」

「世界か、それはまた大きい話だ。もう色々と見たのか?」

「いえいえ、お恥ずかしい話し、まだまだこれからですよ。私はガインの街の出身でして、これからヴィーゼンの方向に行こうかと思っているんです。そういえば、皆さんの昨日の演目はアレクシア教のものでしたが、ヴィーゼンからいらしたんですか?」

「いいえ、私たちはこの街の出身よ。私とディックとトリーネは子どもの頃からの知り合いなの。」

「というとオーロフさんは?」

「俺もこの街の出身だが、ディック達と数年前に知り合ってな。それからの付き合いだ。」

「昨日はアレクシア様の話だったし、アレクシア教のお話を借りる事が多いけど、それ以外もやるしな。」

「そうだったんですか。女神の戯れなんて名前なのでてっきり。」

「あら、覚えてくださったんですね。ありがとうございます。ここはグラントで1番ヴィーゼンに近い街ですし、そういう名前が多いんです。それに私たちも子どもの時から教会でお世話になっているんですよ。」

「なるほど。クーベルらしい理由ですね。」

「ところで、ルークは冒険者らしいけど護衛依頼もやるのかい?」

「たまにですけどね。魔物の討伐が中心です。」

「魔物ですか?恐ろしくは無いのですか?」

「それは勿論怖くないとは言えませんが、それでも自分にできる仕事ですからね。」

「カッコいいね〜。とはいえ、グラント以外は魔物は少ないんだろ?」

「ええ、ですから場所によっては護衛とかその国で出来る仕事を探しますよ。」

その後もワイワイと雑談しながら時間が過ぎる。

するとディックが大声で、

「と、いっけね!せっかくカーバル買ってきたのに食うの忘れてたぜ」

「そうだった。ここのカーバルは絶品なんだ。」

「ああ、すみません。では、私はそろそろお暇します。宿で仲間が待ってますので。」

「わかった。ディックが引き止めて悪かったな。でも、俺たちも話せて楽しかったよ。」

「ええ、私も。ここには色んなところから人がくるけど、実際に話をすることはないからね。」

「ルーク様達の旅路に、アレクシア様の加護がありますよう、お祈りしております。」

「ありがとうございます。皆さんもお元気で。」

私はそう言って席を立つ。

こういう偶然からの会話も旅の醍醐味だな、と満足しながら宿に向かった。


宿に帰ると、ユニはちょうど起きた所のようだ。

「ユニ、おはよう。お土産があるから一緒に食べよう。」

「ん。ルークありがとう。」

ユニはいつも眠そうにしているが、寝起きはいい。

私は、収納から買ってきたカーバルを出した。

ディックらの前では魔法を使わなかったので、残念ながら冷めてしまっていたが、油の甘みが沁みたモチモチした生地に、おそらく胡椒のようなもので味付けされた少し辛みのある肉と野菜が上手くマッチしている。

肉は豚だろうか。しっかり火が通っており噛みごたえがある。野菜もいくつかの種類が使われザクザクという食感と程よい苦味が、食を進めてくれる。

「これ、美味しい。」

どうやらユニも満足してくれたようだ。

うん、これは教えてくれた彼らに感謝だな。


その後、私も昼寝をすることに決めると、ユニももう一眠りするとのことだった。どうもユニは1日寝ていられる人間らしい。

知り合いの意外な一面も旅の醍醐味という。まあ、これに関しては、特に以外でも無いけどな。


その後、思いの外ぐっすり眠っていた私たちはテオに起こされ、その晩も私の素顔になれる訓練をしてから休むとことにした。

「大分慣れてきた。」

「吐いておいてなんだけど、1度吐いた後はそのままお喋りも出来るしね。」

「ああ、師匠以外と素顔で話すようになるとは思わなかった。2人とも本当にありがとう。」

「いい。お礼を言われることじゃ無い。」

「そうだよ。そもそも、ルーク相手だからやってることだしね。」

その後も、テオが古本市場で買い物したもののことや、屋台市場で昨日の人形劇のメンバーにあったこと。

話をしながら、私たちのクーベル2日目は終わったのだった。

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