閑話 幼馴染から見たルークという男

ユニの場合


私がルークという男の子に初めてあったのは、6歳の時、両親のやっている道場でだった。

先に少し説明しておくと、私の家族は元冒険者の両親と私、それと双子の弟のテオの4人。

お父さんは近接戦闘全般を、お母さんは弓を中心に遠距離戦闘について指南している。

私たち双子が生まれる前からやっていて、子どもへの実践的な護身術を丁寧に教えている。それに森で魔法の研究をしてるらしいラト先生が文字の読み書きを教えてくれている事で、街では人気の道場だ。

詳しくは知らないけど、昔からの知り合いらしい。

私も3歳くらいかな?気付いた時には、道場で遊ぶようになりそのまま疑問もなく修行をするようになる。運がいい事に、私は剣が得意だったので、全く苦にはならなかった。


その日も道場で、槍を勉強しているミーナと組手をしていると、その男の子はやってきた。

ラト先生に連れられてきたその子は、茶色の髪に、私より背が高い、落ち着いた雰囲気の子だった。

だけど、そんな事よりも目を引いたのは、顔についている真っ白なお面。しかもそのお面には、普通のお面にある目や口の穴がなかった。

正直に言えば、私はラト先生が作ったゴーレムか何かだと思った。

魔法使いはたまにゴーレムという動く人形を作って、お手伝いさせると聞いたばかりだったから。

しかしそのゴーレム君?はお父さんとお話をしている。

なにやらお父さんが笑うと、私を呼び、テオを呼んでくるよう言われた。連れてくるのは良いけど、泣かないかな?テオ。


案の定テオはそのゴーレム君?に驚いて半分私の後ろに隠れてしまった。この子、普段はちゃんと挨拶できるのに。

その後、私たちは互いに挨拶をした。

まずはゴーレムじゃない事に驚いたけど、その子、ルークが私達と同い年と聞いてさらに驚いた。落ち着いた雰囲気だったから勝手に年上だと思ったし、もっというなら大人って言われた方がしっくりくるぐらいだ。

これは仲良くなった後もしばらく変わらなかった。

とはいえ、同い年というなら仲良くなりたい。

実は私たちの道場には同い年の子がいなかった。8歳ぐらいから道場に通う子が多かったから。

大人になれば2歳なんて大した差じゃないけど、子どもには大きな差だ。

嬉しい事に、ルークの方から、よろしくと言ってきた。大人達が使う変な言葉は相変わらずだったけど、私も勇気を出して言ってみた。

「ん、こちらこそよろしく。それから私たちのことはユニとテオでいい。それに普通に喋ってくれていい。」

ルークが大人みたいだったから、もっと勇気を出して手を出してみる。

するとルークは嬉しそうに、

「分かった、ユニ」

と答え、手を握り返してくれた。お父さんとラト先生みたいで、ちょっと私も大人になれた気がして嬉しかったことを覚えている。

それと、ルークが嬉しそうに、と言ったけど、ルークの感情が分かるようになったのはしばらく経ってからだ。

この時は分からなかったけどこうやって思い出せば、あの時のルークは確かに喜んでくれていたんだ。


それからだ。道場が一気に楽しくなったのは。

それまでも、体を動かすのも剣を振るのもその後のお昼寝も好きだったけど、ルークが道場に来るようになってからは、大好きになっていた。

テオは居たけど、あの子は弓が好きだからこっちの道場にはほとんど来ない。

年上の人や、大人と稽古するのは楽しいんだけど、そうじゃ無いんだ。大人に遊んでもらう事と、子ども同士で遊ぶ事の間には大きな溝がある。

まして、ルークは強かった。彼は私のことを天才だと褒めてくれるし、組手では私が勝てているけれどいつもギリギリだった。

確かに、最初ルークが剣を使っている間は、そうでもなかった。拳闘を専門にしてもしばらくは私が圧勝できた。

だけど、ある日ルークの評価は一変した。

ルークの力が急に強くなったんだ。

実際に会ったことはないけど、ラト先生が教えてくれる物語の英雄はこんな風だったんじゃないかと思わせるくらいに。

私はワクワクした。したんだけど、少しもしないうちにルークはガクッと膝をついてしまう。怪我をさせてしまったかと不安になったけど、そうではなく凄く疲れたそうだ。

後で聞いた話では、あれは身体強化というルークが考えた魔法だそうだ。子どもが魔法を作るって本当は凄いことなんだけど、ルークなら出来るかな、と思ってしまう程度には、この時既に私の中でルークは信頼できる存在になっていた。

とにかくその身体強化は、お父さんとラト先生で話して、しばらくは禁止になった。

理由は、まだ使いこなせていない事と、強すぎて相手が危険だから、らしい。

私はそれを聞いてがっかりしたし、ルークもそうだろうと思ったら、そうでもなさそうだった。

これは自慢だけど、ルークが喋らなくても何を思っているのか分かるのは、私たち双子くらいだ。ラト先生は一緒に暮らしてるんだから、また別の話。


その時は落ち込んでいないルークが不思議だったけど、すぐに分かった。

ルークは今まで以上に鍛錬に打ち込んだのだ。疲れるなら、魔法の効率を上げて無駄な動きを減らせば良いと言っていた。魔法のことはよく分からないけど、武術についてはよく分かる。

実際、この頃からルークの動きは洗練され、こちらの隙をついてくることが多くなった。守るべき時は守り、効果的な攻撃を増やせば確かに疲れにくくなる。

この時、私が組手で勝てていたのは、意地だった。頭ではルークとテオには勝てないし、魔法はルークの分野だ。弓はテオはやるけど私もルークもやらない。せめて武術だけは私が1番じゃないと、置いていかれてしまう。あの2人は優しいから気にしなかったかもしれないけど、私が気まずくなると思った。なんとか私はルークに勝ち続けた。

今振り返っても、当時頑張った私を精一杯、抱きしめてあげたい。

たくさん稽古して、たくさん遊んで、私たちは大きくなった。

そして、この頃には私はルークのことをはっきり好きになっていた。当のルークは、近くにいたのがルークとテオだけだったからとか、もっと良い人がいるかもしれないとかよく分からないことを言っていたけども。もしそうだとしても、そんな有り得ない仮定には興味ない。

ルークは頭が良いのに、たまに訳の分からないことを言って話を難しくする。男の子だからかな?

だからルークが私をどう思っているか、分からなくてもこの時の私は気にしなかった。いつか大人になってルークと結婚することを疑うこともしなかったし、お母さんもそんな話をしていた。何故かお父さんは怖い顔をしていたけど。


その後、12歳になりギルドに行って見習い冒険者になろうと思ったら、特例で冒険者になることが出来た。しかもいきなりD級だ。これにはお父さんもお母さんも驚いてくれて得意な気分になった。エヘン。

この時のルークも凄かった。ルークはこの時にはもう身体強化をだいぶ使いこなしていて、簡単には倒せなかったけど、私は意地でも勝ち続けた。大変だったけど、思えばルークのおかげで私も1段階上に成長出来た。

しかもルークは実力試験でラト先生が作ったゴーレムをあろうことか魔法で凍りつかせてしまった。

これを見た私は複雑だった。

誇らしかったのは本当だ。私のルークはやっぱり強いとみんなに自慢したかった。

ただ、同時に怖くもあった。いつか置いてかれてしまうじゃないかって。今は私と対等に闘ってくれるけど、いつかは手加減されてしまうかもしれない。

物語には騎士に護られるお姫様は沢山いるし、ちょっぴり憧れなくは無いけれど。

それでも、やっぱり私はルークの後ろじゃなくて、横にいたい。


冒険者になった後、ルークは世界を回りたいと言っていた。

それを聞いた時は、私はただただワクワクした。

私とルークとついでにテオの3人で馬車に、時には船に乗って知らない街どころか知らない国を見て回る。聞けばお父さんとお母さんも同じ冒険者として旅をしておる間に結婚を決めて、生まれ故郷のこの街に帰ってきたらしい。

私もそうなれたらどれだけ素敵だろう。

この時もその後しばらくも私はワクワクしていた。

知っていたことだけど、ルークは頼りになった。どんなことでも頼りになるけど、特に依頼人と話すのはいつもルークの役目だった。私たちを見た依頼人はまず私たちが若い事に不満があるようだったし、中にはあからさまにルークの仮面を気にしているようだった。けど、どんな依頼人もルークと話すと納得して任せてくれた。ルークは、ギルドの信頼のおかげだと言っていたけど、私たちがやっても同じようにはならないだろう。

私はルークの事が余計好きになっていた。


だけど、ある日事件が起きた。依頼で行ったある町にとても綺麗な女の子がいた。その子は、依頼人である町長の娘さんで、同じ女の子の私が見ても可愛い女の子だった。綺麗な茶色の髪を長く伸ばして、パッチリと大きくて綺麗な目をしていた。それに、彼女に声をかけられると、ルークはちょっと嬉しそうで、反対に私はその依頼の間ずっとモヤモヤしていた。

依頼が終わって家に戻っても、モヤモヤは残っていた。そういう気持ちでいると、花嫁修行のために道場を一昨年やめたミーナや、年下のユナ、受付のソフィーなど、私の、つまりはルークの周りには可愛い子や綺麗な女の人が沢山いる事に気が付いた。

私はいつかルークが私に振り向いてくれると根拠もなく信じていたけど、もしかしたら彼は違う女の子を選ぶかもしれない。ましてや世界を旅するようになれば、もっと可愛い子にあって、私のことなんて目にも入らなくなるかもしれない…


ダメだ。そんなの絶対嫌だ!そんな事になったら、私は死んでしまうかもしれない。

私の中にドロドロしたものが増えてくる。

冒険者になって、楽しいことはたくさんあった。それでもこのいやな気持ちは消える事はなく、思い出したように顔を出した。

今まで剣のための努力は幾らでもしたけれど、可愛くなるための努力はした事がない。

ルークは分からない時は周りを真似してみれば良いと言っていた。模倣は習得の第1歩だとか。

とりあえず、お母さんみたいに髪を伸ばしてみようかな?


冒険者になってさらに3年経ち、15歳、つまり世間的には大人の1人になった。

そして15歳になってすぐにルークに話がしたいとあるお店に呼ばれた。

短い付き合いじゃない。彼が何を言いたいかわかるし、なんと答えるかもずっと前から決まっている。だけど、あの嫌な想像は消えるどころか余計強くなる。

案の定、話は旅に出る事だった。私たちは話し合い、10日後に街を出る事になった。

もう、時間がない。私はルークに決闘を申し込んだ。どうしたらいいか分からない私には、もうこんな方法しか思いつかなかったから。


結果を言えば、私の負けだった。

ルークが魔法の盾を使った後からは、既に彼のペースで、バレットという魔法を使われた時点で私の負けは決まっていた。

それでも、諦められない私は震える手で剣を握った。

もう腕は上がらない、足も動かない。

それでも、彼を好きだという気持ちは、無くならなかった。

ルークが、大好きな彼が私に手を向けている。

あの魔法を使われたら、もう終わりだな。そんな風に思う私に、しかし彼は魔法を使わなかった。


彼はその手を顔に伸ばす。

知り合って9年、決して外そうとはしなかった仮面。私たちにとっての魔獣の尻尾。

それを彼が外した時、私はそこに何があるか、最初理解出来なかった。

そこには愛しい人の素顔があるはずなのに。

見たこともない、化け物のような顔。それは、それが人間の顔だと言えば、人間全体を冒涜する事になるような、直視してはいけない何かだった。

口に酸っぱい何かが来る。


しばらく我慢していたが、私は堪らず嘔吐した。恋する女の子が、好きな人の前で絶対してはいけない事なのに、私には止める事が出来なかった。

ルークが何か言っている。

ほとんど分からない。好きな人の言葉なのに、理解出来ない。

しかし、最後に彼が言った言葉だけは、私に届いた。

「私も君が好きだった。」

それは私が待ち望んだ言葉だ。何年間も、夢にまで見た言葉。しかし、こんな状況で聞くなんて思いもしなかった。


ルークが背を向けるのが分かる。

彼が言ってしまう。

なんとか、

「待って!」

と言葉を出すと、彼は立ち止まってくれた。

だけど、それも一瞬のこと。

続く言葉が出ないうちに、彼は歩き出す。

私は待ってと、ただ待ってと繰り返した。顔を上げることも出来ないままに。



ルークが出て行ってどれだけ立っただろう。というよりその後、私はどうしていたのか、よく覚えていない。

気づけば、自分のベッドの上で横になっていた。

後でテオが言うには水浴びをして、暗い表情をしながらも、それ以外は普通にしていたそうだ。道場の汚れも知らないうちに片付けていた。もっと後にルークに聞いたら無意識というらしい。

しかし眠れ無い。私が眠れないなんて、生まれて初めての経験だ。

もちろん私は悲しかった。好きな人の顔を見て、吐いてしまった自分に泣きそうになる。ただそれと同時に、何かに対する怒りもあった。よく分からない何かだ。それは自分に対してかもしれないし、ルークに対してかもしれない。

確かに、吐いてしまった私が悪いが、いきなり顔を見せられたらびっくりするに決まっている。

それに吐いたのだって、ルークの顔のせいじゃなく、朝お父さんが作ったご飯のせいかもしれない。その時は気にならなかったし、むしろ美味しくてお代わりしたような気もするが、きっと気のせいだ。きっとあの朝ごはんは、病的で忌まわしい狂気じみた何かで、口にすることで正気を失わせるような名状し難い何かだったに違いない。

理不尽?そう、恋する乙女は理不尽なんだ。


そうと決まれば、明日は早く起きて、ルークに謝ろう。それにあの顔だって何度も見れば慣れるはずだ。伊達に何年も恋をしていない。

恋する乙女に勝てるものなんてこの世にはないことを、ルークは思い知らないといけない。

そう決めた私はそのまますぐに寝るのだった。愛しい人の夢を見るために。


結局、翌日は直前で決心が鈍り、大幅に遅れながら最後に到着する事になったけど、それはまた別のお話だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます