第19話 出発の朝

ユニとの決闘から一夜明け出発の日になった。

私は、今朝早くミリア師匠との別れを済ませた。

おそらく昨晩から私の様子がおかしい事は察していたのだろうが、それでも師匠は優しく、しかし不器用に私の無事を祈ってくれた。

「ふん。せっかく世界を回るんだ。すぐに帰ってくるんじゃないよ。色々とみて、私が満足するような土産話を持っといで。」

それはつまり、ちゃんと帰って来いって事ですね、師匠。

師匠に拾われ、すでに12年。ここは私に取っても帰るべき家だった。

捨てられて良かったとは言うべきではないんだろうが、それでもミリア師匠に拾われて良かったとは、私の嘘偽りのない本心だ。


そして今、私は約束どおりガインの街の西門に来ている。

ユニはおそらく来ないだろう。テオは微妙だが、それでも昼までは待っていよう。

何、長い旅になる。多少出発が遅れても大した事じゃない。


程なくして、テオが歩いてくるのが見えた。

手を上げてアピールすると、こちらに走ってくる。

その姿もなんだかドラマの中のヒロインを連想させるのが、友人として哀れを覚えてしまう。

「お待たせ。って、どうしたの?可哀想な人を見るような空気を出して」

どんな空気だ。いや、それは置いておこう。

「なんでもない。じゃあ、行くとしよう。」

「いやいや、待って待ってユニが来てないから。っていうか、来てないの?僕より先に家を出たんだけど。」

「いや、来ていない。家は出たのか?」

「うん、ルークに会いたいって言って。父さんに挨拶もしてないから、後で起きたらきっと荒れるね。まあ、寝坊している父さんが悪いんだけどさ。」

その口ぶりだと、お前も置いてきてないか?って、それよりも気になる事が。

「本当にユニは家を出たのか?」

「?うん、そうだよ。」

「ユニは、旅には、来ないと、思う。」

絞り出すように、テオに伝える。

テオはすぐに何かを察したようだ。

「それって昨日のことが原因?」

「何か聞いているのか?」

「ううん、何も。でもユニの様子が明らかに変なんだもの。昼間から水浴びしてるし、何より明らかに表情が暗いんだ。あんなに落ち込んでるユニは始めて見たよ。」

水浴びしたのは、嘔吐を隠すためだろう。

そこでこちらに体ごと向き直るテオ。

「ねぇ、何があったか聞いてもいい?」

それは…

「それは、言えない。」

私も知られたくないし、ユニも知られたくはないだろう。

「そう。じゃあ、詳しくは聞かないよ。男女のことだしね。それでも、ユニを傷つけたのは、ルークなんだよね。」

テオの言葉に怒気がこもる。

「ああ。私がユニを傷付けた。」

「そっか。それは、絶対に必要なことだったの?」

テオから問われ、改めて考える。

絶対に必要だったか。

確かに、仮面を外さない道もあったかもしれない。

今まで通り、のらりくらりとユニの好意に曖昧な態度を取りながら、素顔を隠して旅を続けることも出来ただろう。

しかし、それは出来ない。その道は選ばないと、既に決めたことだ。

「絶対かは分からない。しかし、必要なことだった。」

「だからって!あんなにユニを傷付けなくても、ルークならもっと上手くやれたんじゃないの?」

テオの言葉に私も怒りを覚える。

私だって万能じゃない。仮面のおかげでこの街で生きていけるが、仮面を外せばただの化け物だ。

流石にこれは言えないが、それでも何か反論しようと口を開こうとしたその時。

「おーい!」

遠くからこちらに声が聞こえた。

それは10年近く聞き続けた馴染みのある声。

「ユニ…」

何故、ユニがここに?

「遅れて、ごめん。また、待たせちゃった。」

「え、いや、その、あっ。」

上手く言葉が出てこない。

「ごめんついでに、テオ。」

「なに?」

「あっち行ってて。」

テオは少し黙り、

「いいの?」

と問う。

黙って頷くユニを見て、テオは私たちから距離を取る。かなりの距離だが、猟師としての才能もある彼は耳がいい。

十分だと確認したユニがこちらに向かって、勢いよく頭を下げた。

わけが分からない。

ユニに理由を聞こうとする前に、彼女が口を開く。

「昨日はごめんなさい。ルークに嫌な思いをさせた。」

「それは。しかし、私はああなる事を分かっていた。責められるのは私の方だ。」

「そんな事ない。ただ、いきなりでびっくりしただけ。」

「だが、あんなに吐くほど嫌がって。」

「嫌じゃない!さっきも言ったけど、ただ、驚いた、だけ」

俯きながら話す彼女の言葉は最後になるにつれ小さくなる。

「吐いちゃったのは、そう。朝、お父さんの作ったごはんを食べたせい。」

「カイゼル師匠の。」

「そう。だから悪いのは全部お父さん。」

カイゼル師匠、冤罪の可能性。

「だから。」

俯いていた彼女が顔を上げる。

「だから、私も旅に連れてって。もう、あんな我儘言わないから」

「それは、私は構わないが。むしろ私が許して欲しいくらいだ。ユニ、昨日はすまなかった。」

そう言って頭を下げる。

「ルークが謝る事じゃない。けど、それならこれでおあいこ。」

「分かった。」

私はそう言って頭を上げる。

「ところで、なんで急にあんな事を言い出したんだ?」

思わず聞いてしまったが、言いにくい事だろう。誤魔化そうとすると。

「だって、怖かったから。」

「怖かった?」

「うん。私達はこれから世界中を旅する。そうしたら、私よりも綺麗な女の子にたくさん会うだろうし、ルークがその子を好きになって、その子もルークを好きなるかもしれない。そう思うと怖かった。」

何というか、いじらしい彼女の言葉に動悸が早くなるのが分かる。

「けど大丈夫。」

「この顔だからか?」

「意地悪禁止。」

そう言って、指で罰を作るユニはとても可愛かった。

「ルークが気持ちを教えてくれたから。」

「ユニ、私は」

「今はいい。いつかちゃんと、改めて言って。それまでは、今まで通り私たちは、大切な幼馴染。」

「分かった。いつか必ず。」

「それと、ルークにお願いがある。」

「何だ?」

「今日の夜から、周りに人がいなければ、寝る前にお面を外して欲しい。」

「!?それは。」

「ルークが嫌なのは分かってる。でも、さっきも言ったけどあれはびっくりしたから。何度も見て慣れればあんな事にはならない、はず。」

それは、そういう可能性もあるかもしれない。

「ダメ?」

ユニが首を傾ける。上目遣いは反則だ。我ながらチョロい。

それにそこまでしようとしてくれるユニの言葉が、なによりも嬉しかった。

「分かった。むしろ、私の方こそお願いする。」

「うん、任せて。」

そう言ってユニは胸を叩くのだった。


その後、私たちはテオを呼んだ。

すぐにこちらに来た彼は何故か顔が赤い。

「どうした?」

「いや、どうしてあんなにユニが落ち込んでたか分かって。ルーク、ユニが相手でもいきなりは駄目だよ。それに、やっぱり初めては道場なんかじゃなくて、ベッドの上とかがいいんじゃないかな?」

こいつ、聞いてた上に変な勘違いしてやがる!

「いや、何を言っている?」

「それに周りに人がいないっていうのも、ちゃんと僕もいない時にしてね。」

「だから何を言っている!?」

この誤解を解くべきか、解かざるべきか。それが問題だ。


まあ、良いだろう。

私たちは少し待ってヴィーゼン教国行きの馬車に乗ることが出来た。


出発前に紆余曲折ありはしたが、こうして私たちの旅は始まったのだった。


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