第18話 ユニのお願い
話し合いが終わり、じゃあまた10日後にと別れようとしたところ、ユニから声を掛けられた。
「ルーク、少し話したい。いい?」
「?構わないぞ。」
「じゃあ、僕は先に帰ってるね。僕の分のお茶代は後で払うから、ユニが払っといて。」
「いや、今日は私が呼び出したからな。私が持とう。」
「そう?ありがとう。」
そう言ってテオは店を出て、私とユニが残った。
「それで、話ってなんだ?」
「うん、実は…」
ユニの言うお願いは私を驚かせるのに十分だった。
あれから9日後、つまりもう明日はこの街を出る予定の日だ。
あの日、ユニは私にあるお願いをしてきた。
「街を出る前の日のお昼過ぎ、道場に来て欲しい。」
「それは良いが、なんで改まってなんだ?」
最近は依頼が中心になり道場の予定は把握していないが、他ならぬユニがいうなら空いているということだろう。
「道場で私と決闘して欲しい。」
「け、決闘?」
また穏やかじゃない言葉が出た。
「そう、決闘。私が勝ったら、私の願いを聞いて欲しい。」
「なんで決闘なんだ。ユニに頼まれれば、別にそんなことしなくても出来ることはするぞ。」
これは嘘じゃ無い。ユニなら私が出来ることと出来ないこと、というよりは嫌がることは分かっているだろうし、それで頼まれるなら多分私は断らない。
いや、つまりこれは、私が断るかもしれない、そういう類のお願いということか。
「今は言えない。決闘の日になったら話す。ダメ?」
滅多に見せないユニの不安そうな顔。
私が彼女にそうさせてしまったことに、胸が苦しくなる。
ユニがここまでして頼むこと。心当たりが無い、わけでは無い。
ならば私もいい加減逃げるのをやめるべきだろう。
「いいや、大丈夫だ。では9日後、道場で会おう。」
「うん。ルーク、ありがとう。」
私が了解してもなお、彼女は不安そうなままだった。
そして今日になった。
今私は道場に来ている。
いつも通りの服装ではなく、戦闘の際に着る動きを阻害しない最低限の防具と、手甲。それにいつもの仮面をつけて。
少し待つと、入り口からユニが入ってくる。
彼女もまた戦闘用の防具を身に纏い、剣を手に携えている。流石に剣は、刃を潰した練習用の物だが。
それでも彼女の表情から、決意が見える。今更ながら、誰が彼女の表情が乏しいなどと言ったのか。彼女はこんなにも表情豊かで、魅力的なのに。
「ごめん、待った?」
「いいや。私も今来たところだ。」
まるで恋人のような、そんな言葉のやり取り。
それが酷く空々しく聞こえる。
原因は何か。聞かれるまでも無い、私だ。
「ルーク、初めて会った日のこと、覚えてる?」
ユニの言葉は思いがけず思い出話だった。
「ああ、勿論だ。ラト師匠に連れられて初めてこの道場にきた日だったな。確か6歳のときだった筈だ。」
「ん。私も覚えてる。お父さんの呼ばれて、テオと一緒に挨拶して」
「確か、テオは初めはユニの後ろに隠れていたんだよな。」
「そう。普段はそこまで引っ込み思案じゃないんだけど。」
「まあ、その後挨拶した後は返してくれたし、すぐに仲良くなれたけどな。」
「ルークは子どもの時から大人みたいだったから、テオに合わせてくれたんでしょう?」
「いや、そんな事は無い。むしろあの時はユニのお陰だよ。」
「私?」
「そうだ。あの日、ユニは手を差し出してくれただろう。握手をしようと、ユニが仲良くしようとしてくれたから、私も応えることが出来たんだ。」
「そっか。ルークはよく覚えている。」
「ははっ。忘れるわけがないさ。」
そうだ。ミリア師匠に拾われたあの日とユニ、テオに出会ったあの日。
この2つの日は、私にとってかけがえのない宝物だ。
この2つだけは、何があろうと忘れはしない。
その後も、私達は思い出話を楽しんだ。
街を探検した日のこと。冒険者登録した日のこと。森にある師匠の家にユニ達が泊まりにきて、3人一緒に寝た日のこと。
どれもこれも楽しい思い出だ。
だけど、いつまでも子どもではいられない。
楽しいだけの時間はいずれは終わるのだから。
それを終わらせたのは私だった。
「ユニ。」
「ん?」
「そろそろ、ユニのお願いというのを教えてくれるか?」
「ん。ねぇ、ルーク?」
「なんだ?」
「私が勝ったら、私をルークのお嫁さんにして」
「…」
私は即答出来ない。このお願いは、予想していたものとはちがっていたが、しかし全く見当違いな訳では無かった。
彼女は私への好意を隠さない。
信じがたいことだが、これが現実だ。
今までそれに答えてこなかったのは、偏に私が臆病だからに他ならない。
「なんで、私なんだ?」
こんな質問が不粋なのは理解している。
「人を好きになるのに、理由が必要?」
いいや、そんなことは無いはずだ。
「ああ、是非聞きたいな。」
思いと違う言葉が口を出る。
彼女が口を開く。
「私はルークが好き。頭の良いルークが好き。頑張り屋のルークが好き。魔法の上手なルークが好き。私と対等に闘ってくれるルークが好き。大人なルークが好き。いつも私とテオを引っ張ってくれるルークが好き。」
そこで彼女は呼吸を止めて。
真剣な顔でこう言った。
「私ユニは、ルークの全てが好き。」
ああ、私もだ。
私も、ユニの全てが好きだ。ユニの控えめな喋り方も、ユニの体を動かす時の楽しそうな表情も、寝ている時の可愛い寝息も。私を元気付けてくれるユニも。
だからこそ、答えることは出来ない。
例え彼女とここで別れることになろうとも、私はもう逃げないと、そう覚悟を決めてここに来たのだから。
「分かった。」
そう言って私は構える。
「では、私も本気で相手をしよう。」
ユニは一瞬辛そうな顔をする。彼女からすればそれは拒絶に他ならないのだから。
それでも彼女も覚悟を決めたのだろう。
顔は戻り、剣を構えた。
「うん。」
小さな言葉とともに。
合図はない。
幾度となく、剣と拳を合わせた中だ。お互いの呼吸は理解し合っている。
どちらからともなく、私達は仕掛けていた。
幾度かの打ち合いの後。
ユニの剣が私の頭を狙って振り下ろされる。
無論寸止めはするだろうが、それでも必殺の気合いを感じる一撃だ。
私は手甲を使い剣をはじいた。本当なら体を捻って、攻撃に転じたいが、ユニが相手では間に合わない。
全力で身体強化を使ってそれでも、まだ彼女に追いつかない。単純な身体能力なら勝てているのだろうが、それを補って余らせているのが、彼女の天性のセンスだろう。
直感や感性は魔法では補えない分野だ。
剣が弾かれた彼女は後ろに下がる、ようならこれで終わりだが、彼女はそのまま右前方、つまり踏み込みの方に体を滑らせそのまま、強力な蹴りを入れてくる。
思い出して欲しい。確かに彼女の専門は剣だが、同時にこの道場ではカイゼル師匠の意向で、拳闘術も全員が習う。
それは武器がない時や壊れた時の護身のためで、ここまでを想定してはいないのだろうけど、それでもここまで出来るのはやはりユニだからだ。
今更だが、私は彼女に未だ一勝も上げることが出来ていない。
ユニの蹴りで、私はそのまま吹き飛ばされる。
良かった。咄嗟に腹に魔力を送り固めていなければ今ので終わっていた。
私が体制を整える間に、ユニは構えそのまま追撃に来る。
ガキン!
その一撃を、透明な壁が阻んだ。ユニの目に驚きが浮かぶ。
シールド。効果は名前の通り。
これを戦闘中に使えるようにするには苦労したものだ。しかし、それだけの価値はあった。
この瞬間を逃す訳にはいかない。
私は、そのままユニの懐に入り掌を向ける。
12歳。
冒険者になるための試験でゴーレムと戦ったのを思い出す。あの時と全く同じではないが、それでも懐かしい場面だ。
「バレット」
私の言葉とともに、空気中の塵を固めた弾丸がユニ目掛けて散弾銃の如く襲い掛かる。
もちろん、威力は抑えている。
対人戦でも使えるような威力の調整も、この3年の私の成果だ。
威力は抑えたが、それでもユニを吹き飛ばすのには十分だった。
壁に打ち付けられた彼女は、しばらく動かない。
普通ならここで終わりの合図が入るだろうが、ここには私達しかいない。
そして彼女はまだ剣を手放していなかった。
案の定ユニは起き上がり、震える手と足で剣を構える。しかし、そこから踏み出すことが出来ない。
そこまでか、と私は思う。そこまで私を好いていてくれるのかと。
ここでもう一度バレットを打ち込めば、それで彼女は気を失い私の初勝利となるだろう。
しかし私は胸の高さに上げた手をさらに上げる。
そこにあるのは私の頭、そして仮面。
ユニの目がこちらを見ているのを確認し。
私は遂に仮面を取った。
ユニの目が見開かれる。
私は、よく見えるようにと言わんばかりに前に出て、そして彼女に語りかける。
私達の間は、ほんの数メートルだ。
「これが私だ。」
ユニは言葉もなく、しかし私から目をそらすこともない。
その先にあるのは、私のおぞましい素顔。
「この醜い顔が私の顔だ。火傷など嘘八百。あまりの醜さに、親から捨てられるほどの私の顔。吐き気を催す冒険者、それが私ルークの正体だ。」
そこまで私が言うと、限界だったのだろう、ユニは手をつき嘔吐した。
分かっていたことだ。
ユニならばと期待したわけではない。
こうなる事が分かった上で、仮面を取った。これが私の決めた覚悟だったのだ。
私はその場で、彼女に語りかける。
「ユニ」
彼女の背中が怯えるようにピクリと震える。
その事実に、胸が引き裂かれそうになる。
「私も君が好きだった。」
私は背中を向け、仮面をつけ直し道場から出て行く。
「待って!」
その背中にユニの声がかかる。私は足を止めた。しかし、その続きはない。
未練だ。私はそれを振り切るために、歩みを進める。
歩き始めたその背中に、彼女の待ってと言う言葉を受けながら。
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