第15話 そして冒険者へ
案内されたのは、道場と同じ程度の広さの部屋だった。
3人の先客がいる。どの人物もギルド職員の制服を着ているが、事務職という雰囲気ではない。そして、壁側にはいくつもの木製の武器がいずれも2つずつ置かれている。
部屋全体に書かれた文字も異様だが、中央にある物がまず目を引く。
大人と同じ程度の大きさの人形だ。
顔は卵のように凹凸がなく、服なども来ていない。
前世のマネキン思い出す姿だ。
「お聞きかもしれませんが、あちらはラトさんとカイゼルさんにご協力いただいた魔道具で、ゴーレムと言います。」
ソフィーさんが説明してくれる。
そう、あれは歴とした魔道具だ。
簡単に言えば、この部屋の中限定で、カイゼル師匠の動きを真似ることができる。
また、魔法に対しても高い耐性がありあれを魔法で壊せるのは、作った師匠本人くらいだろう。
「その様子だと詳細は不要ですね。簡単に言えば、あのゴーレムと戦っていただき、その結果をあちらのギルド職員が判定します。彼らは年齢や怪我などで引退した元冒険者で、目には定評がありますので、ご安心ください。どなたから始めますか?」
「ん、じゃあ、私から。」
ユニが前に出る。こういった場面で先陣を切るのは彼女が多い。
「分かりました。ユニさんは剣を使ってましたよね。」
ユニが壁際の武器から普段使っている剣に近いものを選ぶと、ギルド職員が同じ武器をゴーレムに持たせる。精巧なゴーレムは、武器を近づけると、自分から持ち構えた。
本当にカイゼル師匠のような構えだ。
「合図などはありません。ユニさんのお好きなタイミングで始めてください。」
「ん、分かった。」
そういうと、ユニは自慢のスピードでゴーレムに斬りかかる。
ユニの武器は昔からスピードだった。
筋力も並みの男性以上だが、それ以上に全身のしなやかな筋肉を使ったスピードと、インパクトの瞬間にその筋肉をしっかり締めることで、威力を引き上げている。
普通なら相手は反応も出来ずに剣を受けて終わりになる。
しかし、今日は普通じゃなかった。ゴーレムはユニの剣を受け止める。
その後は技の応酬だ。
文字通り、目にも見えない速さでそれぞれの剣が振るわれる。いや、本当に剣先とか私では視認出来なくなっている。
しかし、それも長くは続かない。
ガッ!!
一際大きな音がすると、ユニとゴーレムの木剣が砕けていた。
「そこまで!ユニさん、お疲れ様でした。まさか剣が壊れる程とは。」
私は汗だくのユニに近づき労う。
「お疲れ様。けど、楽しめたんじゃないか?」
「んー。体が動かせるのはいいけど、ほとんど駆け引きがなかった。そもそも倒せるように出来ていないみたいだし、私はルークとの稽古の方が好き」
そう言って笑うユニにドキリとさせられる。
と、弓を持ったテオが横まで来ていた。
「ハイハイ。そういうのは家でどうぞ。ルーク、次は僕がやっていい?」
「あ、ああ。問題ない。じゃあ、行こうか、ユニ。」
そう言って私たちは、壁際に下がった。
それを確認したソフィーさんがテオに話しかける。
「では、次はテオさんですね。確かテオさんは弓使いという事でしたので、的を用意します。」
そういうと、ゴーレムに近づきなにか操作をしている。
すると、ゴーレムのおそらく背中部分から、20個程度の球体が現れた。大きさはバラバラで、大きい物はサッカーボール程度。小さい物は卵程度の大きさしかない。それらが、不規則に部屋の中を飛び回る。
「では、テオさん。私が合図をしたら、的を落としてください。その時間などで評価を致します。なお、今回ゴーレムは障害物です。矢を当てた場合は減点となりますのでご注意ください。」
ソフィーさんはそこまでいい、テオが首を縦に振るのを確認すると
「始め!」
合図を出した。
そこからは圧巻だった。
テオはその場で次々と矢を放ち、的を貫いていく。
的はどんどん減っていき、最後の的が無くなった。
流石はテオだと思っていると、ゴーレムの頭上に向かって矢を放つ。
誤射か?と思うと、放った矢の先に、卵より小さい、ビー玉程度の大きさの球体が貫かれていた。ソフィーさんから終了の合図が入る。
「テオもお疲れさま。特に最後の的はすごいな、私にはある事も気づけなかった。」
「ありがとう。じゃあ、次はルークの番だね。ユニと見ているから、頑張って。」
「ああ。まあ、出来るだけ頑張るよ。」
テオがユニの横に行くと、ソフィーさんから声がかけられた。
「ルークさんは拳闘術と魔法でしたね。では、まずはユニさんのようにゴーレムとの戦闘を見せて頂きます。手甲はご自分のをどうぞ。」
「はい、分かりました。」
私は、ゴーレムに対峙する。
なるほど。ユニの言っていた駆け引きが無いと言うことがよく分かる。
つまりは呼吸の読み合いやだまし討ちなどは無意味という事だ。
私から仕掛けなければ何もはじまりそうにない。そしてユニに壊されないほどの性能ならば、私が身体強化を使っても問題はないだろう。
そう決めると、魔力を練り、ゴーレムに打ちかかった。
後は、先ほどのユニと似た展開だ。
互いが互いの券打を邪魔するような動きを中心に打ち合いが続く。
時折、我ながら良いところに入ったと思う一撃もあるが、ゴーレムは止まらず攻めてくる。
ユニの言った、勝てるように出来ていないとはこういう事か。
ゲームの負けイベントを思い出すな。
ところでこの部屋に書かれている文字はラト師匠の魔法文字で、早い話が魔法に対する防壁になっている。
ならば、遠慮は不要だろう。
ゴーレムの券打を防ぎ、無理矢理だが腹に拳を当てる。
しかし今回は撃ち抜かない。ほんの一瞬の隙が作れれば良い。
ゴーレムが動きを止めた。
大事なのはイメージだ。
この6年間、ミリア師匠の元で繰り返した魔法の鍛錬。
言葉が吐き出され、それがイメージを呼び覚ます。
「アイシクル」
その瞬間、魔法が発動し、ゴーレムを含む目の前の空間が凍りつく。
結果、ゴーレムはその動きを完全に止めた。
贅沢を言うなら派手にフレイムあたりを使いたかったが、このゴーレムの魔法耐性では意味がない可能性がある。
もしこのゴーレムが生き物なら、彼はこの状態でも生きていただろう。
なんにせよ、これで拳闘術の試験は終わりだ。
次の魔法の試験を聞くために後ろを見ると、ソフィーさんが固まっている。
「ええーと、ソフィーさん。次の試験は?」
声を掛けられ、ソフィーさんは動き出した。
「はっ。す、すみません。あまりの衝撃につい。まさか近接戦の訓練で魔法が使われるとは思いませんでした。」
「あ、もしかしてダメでした?」
「いえ、確かに拳闘術の試験中に魔法を使われるのは想定外でしたが、今回はそれも含めて評価が出るはずです。では、次は魔法の試験ですね。」
すると、立会人のギルド職員から待ったが掛かる。初老のヒゲを生やした男性だ。
「いや、その必要は無いだろう。今も凍っているこいつを見れば、魔法の技術はわかる。発動までの時間も素晴らしい物だった。それにだ。まさかと思うが、ルーク君、君は魔力を練りながら戦っていたようだが。」
「はい。こうすることで身体能力が上がります。実際に使うのは多少難しいですが。」
「多少どころではないだろう。有用性は見させてもらったから理解できるが、それでも試そうとは思えんし、他人に勧める気にもならんよ。なんにせよ、だ。魔法については、儂が保障しよう。流石はラト殿の弟子だ。」
「よろしいんですか?副ギルド長。」
なんと彼は副ギルド長らしい。思えば、それなりにギルドに来ている割に、ギルド長などの役職とは面識がないな。まあ、それが普通なんだろう。
「構わん。副ギルド長、ルキウスとして試験の終了を宣言する。ルーク君、ユニ君、テオ君、お疲れ様。ギルドは君たちの今後に期待する。」
そう言うと他2人を連れ部屋から出て行った。なんだか、穏やかなおじいさんっぽい雰囲気の人だ。
「では、皆さんお疲れ様でした。この試験を元にランクが決められますので、もう少し待合所でお待ちください。」
その言葉通り、待合所で軽食を食べながら待っていると(数年前から飲食店が入っている。)、2時間程でソフィーさんに呼ばれた。
「お待たせしました。では、こちらが皆さんのギルドカードになります。再発行には銀貨1枚が必要になりますし、紛失したものを悪用されても当ギルドは責任を負い兼ねますので、管理には十分注意してください。」
そう言って渡されたカードにはそれぞれの名前と、5とDの文字が刻まれている。7は駆け出し、6は少し慣れた頃、5はプロを名乗れる程度の評価だ。先ほどの試験が余程評価されたのだろう。
なにはともあれ、今日この時を持って私たちは冒険者だ。
冒険者登録が終わった頃には昼近くになっていた。
アントン達他の冒険者はもう仕事に行ったようだ。
私たちは、試験で思いのほか体力を消費したこともあり、ひとまず帰ることに決めた。
これはその道中でのこと。
「そういえばルークはさ。」
とテオが話題を振ってくる。
「なんで冒険者になったの?今更なんだけど」
「今更だな」
「うん。だって言っちゃなんだけど、ルークってお金に困ってないよね。」
「確かにな」
それは事実だ。
前から魔物を狩ってきては素材を売っているのだが、使い道があまりなく、日用品や食料品を買っても、貯蓄がたまる一方だ。
今では、この街で普通に生活する分には、20年程度は働かなくて済む程の貯蓄だろう。多分だが、30歳まで今の生活を続ければ、後は働く必要もなくなるはずだ。
「けど、それはテオ達も同じだろ。」
「それはそうなんだけどね。」
「まあ、白状してしまうと、そこまではっきりした考えがあるわけじゃない。知っての通り私は捨て子でな。私を拾ってくれた師匠が冒険者だったから、なんとなく冒険者を目指したのが最初かな。」
「ん。けど、それは私たちも同じ。両親が冒険者だったから、道場を継ぐにせよ、それ以外にせよ、冒険者は経験したかった。」
話しているうちにユニも参加してくる。
まあ、志望動機のいい加減さはお互い様だな。
それでも思うことを口にした。
「ただ」
「ただ?」
「ああ、ただどうせ冒険者になったんだから、外の世界を見てみたいとは思っている。」
「それは不明領域の冒険ってこと?」
不明領域の冒険。それは、夢見がちな話の代名詞だ。確かに、未知の魔物を発見し、それが人類に貢献できるとなれば歴史に残る偉業だろう。
「いや、そうじゃなくて、グラント王国内の他の街を見てみたいんだ。それに他の国も。」
以前はグラント王国しか知らなかったが、この大陸にはそれ以外にも大小いくつもの国や街がある。
例えば、この大陸で最も信仰されているアレクシア教の総本山であるヴィーゼン教国、海に面した航路の要である海洋都市群クチュール、機構の研究が進んでいるカタルス共和国など。
幸いにして、現代は戦争もなく互いの国の行き来も難しくない。
「ルークはそんな事を考えてたんだね。」
「まあ、出来たらいいな。くらいだけどな。それに行くとしても、成人してからだ。しばらくはこの街で経験を積むつもりだ。」
「そっか。ちなみにラト先生はそのことは?」
「いや、まだ話していない。今晩あたり話すつもりだけど、まあ、あの人は反対しないと思うぜ」
「そうだね。僕は、どうしようかな。ルークと一緒に旅をするのも面白そうだけど、街を離れるとなるとね。」
「まあ、まだ時間はあるからさ。考えてみるといいんじゃないか。」
「ルーク。」
「ん、なんだ?ユニ。」
「私は一緒に行く。」
「いや、まだ時間はあるから…」
「行く」
「あははは。ユニはルークが大好きだからね」
そうこうするうちに、道場前に来た。2人とはここで一旦別れ、私は門に向かう。
今では空間魔法を使えばここから森に戻る程度は楽にできる。
ただ、都市部での遠距離移動の空間魔法の使用は、防犯上の理由から禁止されている。
収納魔法程度は見つかってもお目こぼしをもらえるが、万が一空間魔法で都市から出入りしているところを見られれば、即座にお縄になるだろう。しかも空間魔法の使い手を閉じ込める檻はないので、常習者だと思われれば、その場での打ち首もあり得る。
法律は一応あるが、日本のような法治国家にはまだ遠いのが、この国の現実だな。
そうこうすると門につき、ルイーズさんからの祝いの言葉を受け、私は以前師匠に連れられた地点まで歩く。
実はここには認識阻害の魔道具が埋められていて、ここで空間魔法を使うのが私達師弟のルールだ。
ここまでくれば、後は早い。空間魔法を使うと、そこは見慣れた森の家だ。
私は、ただいま戻りした、と挨拶しながら家の扉をくぐったのだった。
その晩、私はミリア師匠に冒険者になったことを報告した後、今すぐではないがいずれ世界を見てまわりたいと話した。
師匠は私が無事、冒険者になれた事を喜んでくれ、こう続けた。
「良いんじゃないかい。前にも言ったとおり、あんたの人生だ。あんたの後悔がないように生きなさい。実際あんたには教えられることはあらかた教えた。後はもう、あんた自身が考え、動いていくべき問題だ。」
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