第8話 ミリアとの出会い
これからだ、と息巻いたところで所詮は子どもの体。
サバイバルの準備もなく、それどころか前世含めサバイバルの知識も、キャンプなんかのアウトドア系の趣味もない私はすぐに壁にぶつかった。
水だけは最初の水を集める魔法を使い、試しに口をつけたところ驚くほど澄んだ綺麗な味がした。
そうやって、喉が渇いては水を出し、疲れては木に寄りかかりと歩き続けた。
森の奥に行っているのか、外に向かっているかもわからず、分かりやすく極限状態だった私はそれでも歩みを止めず、遂には疲労と空腹で倒れた。
目の前に土の色が広がる。幻聴か定かではは無いが、遠くから獣の鳴き声が聞こえるような気がしてきた。
「ここまでか」
そう呟くと、今世で何度目か分からないが、私は意識を手放した。
次に目を開くとそこは見知らぬ部屋だった。
石造りだった屋敷とは違う、木で作られた部屋。
前世、家族で泊まったログハウスを思い出す。
混乱したベッドの上にいる私は、ひとまずベッドを降りる。
これが夢でないなら、誰かが助けてくれたと言う事だし、ならば友好的な住人がいると信じたい。
とはいえ、それが信じられない。
行き倒れたところに誰かが通りがかる。
その時点で奇跡的だが、それでも狩人などの職業もあるのだから否定はできない。
なら何が信じられないのか。
繰り返すが私は醜い。
それこそ呪いかと思うレベルで嫌われる。
そんな私が行き倒れ誰かに助けられるというのは俄かに信じがたい。
となると、何か理由というか助けるメリットがあるのだろうか。
それなら分かりやすくていいのだが。
無償の善意を信じられない私は、そんなふうに考えながら気配のする方に行く。
この家はそこまで大きくないようで、迷わなくて済みそうだ。
「おや、起きたのかい」
かくしてそこには、ちょうど器とスプーンをテーブルに置く美女の姿があった。
見た目は二十代前半程度だ。
腰まで伸びた銀色の髪。
均整のとれた顔は、陳腐な言い回しだが芸術品のようだ。
すらりとした肢体には、無駄な肉がない事が見て取れる。
着ているものは簡素な緑の布着だが、どこか気品を感じる佇まい。
今の言葉も、いくらでも聞いていたくなるような美しい声だった。
私の今世の両親、いや元両親も美しい夫婦だったが、彼女は比べ物にならない。
おそらく彼女のそばに立てば、地球のミスユニバースとかトップアイドルでさえ霞んでしまうだろう。
言葉遣いと見た目の違和感より場違い感の方がすごい。
それこそ異世界転移の小説なら、色々説明してくれる女神様あたりのポジションが合いそうだ。
そんな彼女がこちらを向いて言葉を繋げる。
「立って歩けるなら、大丈夫そうだね。今スープが出来たところだ。食べちまいな。」
その声を聞き、ハッとして顔を覆う。
「?どうしたんだい?」
「その、私の顔を見ると、みんな嫌がるので」
「ふーん。気持ちは分からんでもないけど、気にしなくて良い。不細工ぐらいは何人も見てきたさ」
「いえ、私のは不細工とかいう話しでもなくて…」
「なんだい。吐くやつでもいたかい」
「…はい」
そこで彼女は少し口をつぐみ、その後話し出す。
「そいつは大変だったね。けど、もう一度言うよ。気にしなくて良い。そもそも、あんたの顔は拾ってくるときに見ている。確かにあんたは不細工だ。でも、それだけさ。」
「それだ…け?」
「そう、それだけだ。今まであんたの周りにいたのがどんな奴らか知らないが、こちとら100から先は数えてない世捨てババアのミリアだ。醜いものなんざ今まで何度も見てきたさ」
決して優しい言葉ではなかったが、彼女の慰めようとする暖かい気持ちは理解できた。
だからこそ、私は衝撃に思考が止まってしまった。
「さあ座って、さっさとスープを飲んじまいな。せっかく作った料理を無駄にするなんて許しゃしないよ」
「は、はいっ!」
言われるままに椅子に座り、目の前のスープを啜る。
おそらくは塩といくつかの野菜を煮込んだだけの質素なスープ。
しかしそのスープと先ほどの言葉の暖かさに、涙が溢れる。
「ふん、感動するほど美味かったかい」
微妙に検討外れの言葉に、しかし反論はしない。
一度流れた涙は止まる事なく、部屋には私が泣きながらスープを啜る音だけが響いていた。
「私はルークと申します。」
スープを飲み干した私は、彼女に今後ここに置いてもらえるよう頼むため、まずは今までの経緯を全て話した。
そう、前世の知識も含め全てだ。
はっきり言って当時の私は3歳児として異常としか言えない様子だった。
一緒に暮らせばすぐに気付くだろう。
気づかないのは、私を見ようとしない屋敷の人間くらいなものだ。
なんにせよ私は事情を説明した。ここではない異世界で45年の人生を過ごし、この世界で3年間を生きてきた事。貴族だったが、跡取り問題といえるだろうかかは微妙な家の事情で、森に捨てられた事。どうかこの家に置いてもらいたい、と。
また、体は小さいがそう言った理由で大人と同じ思考力はあり、工夫すれば家事などで役に立てるだろうと主張した。
彼女の反応は、私が予想した以上にあっさりしたものだった。
異世界のくだりには驚いていたがむしろ姿と言動のギャップに納得がいったらしい。
置いて欲しいという部分に対しては
「ここで放り出すくらいなら、最初から拾いやしないよ」
と返された。
そうして、私の新しい生活が始まった。
ここでまずは命の恩人であるミリアさんについて話したいと思う。
とはいえ、私も彼女について知っている事は多くない。
まず、今までの会話から読み取れるように、彼女は見た目通りの年齢ではない。
素直に信じるなら100歳を超えているらしい。
これについては、前世の知識が、魔法もある世界ならそういう事もあるだろう、と変に納得している。
また、彼女は凄腕の魔法使い、いわゆる魔女だ。
つまり普通の人のようにただ日常的に使うだけではなく、神秘の探求を行い新たな魔法を生み出すことを目的としている。
前世で言えば、研究者や開発者というべき立場の存在のようだ。
そして現在、私の魔法の師匠でもある。
ミリアさんが魔法の専門家と聞き、私は魔法を教えてほしいと頼んだ。
すると彼女はすぐさま鋭い目で
「復讐でも考えてんのかい?」
と聞いてきた。
「いえいえ、違います。」
誤解されてはたまらない。
私は急いで口を開く。
「お話しした通り私が前世住んでいた地球では魔法は物語の中のものでした。ですから、これは興味本意です。もしも、そんな動機では教えられないと言うなら、どうか忘れてください。」
私の当面の目的は生き延びることだ。
ここで彼女の逆鱗に触れては元も子もない。
それに…
「それに、そもそも私には復讐のつもりはありません。確かに今世の両親には愛情は貰えませんでしたが、この歳まで育ててくれました。また、もしここで私が復讐なんて事を考えたら、前世の家族の愛情が足りなかったみたいに思えるんです」
前世の家族は確かに私を愛してくれた。
私にはそれで十分だ。
しばらくの沈黙の後、ミリアさんは口を開いた。
「嘘じゃなさそうだね。いいだろう、それじゃあ今日から私のことは師匠と呼びな。ふん、悠々自適な隠居生活だと思っていたが、面白い運命もあったもんじゃないかね、ルーク」
「はい、師匠。よろしくお願いします。」
かくして私に魔法の師匠が出来たのだった。
命を救われ、魔法を教わる。
これからも数え切れないほどの恩を受けるだろう。
今はまだ何の力もない私だが、いつか必ず恩返しをしなければ。
そう心に決めたのだ。
なお家事については、ひとまず体の成長に合わせて出来ることをやることになった。
訓練の最初、私の魔法訓練について聞き、試しに使わせた風魔法を見てミリア師匠は頭を抱えていた。
「よくもまあそんな無茶苦茶なやり方で魔法を使えるもんだね。しかも魔力量をそんなやり方で増やすなんて聞いたこともないよ。」
そう言うとミリア師匠は魔法について説明する。
「確かに簡単な魔法、火種を作ったり、コップ一杯の水を出したり、もしくは魔道具を使うなんて時には、確かにいちいち詠唱はしないもんさ。だけど、今ルークがやってみせたみたいな、風の球を作ってそれをそのままにするなんて魔法は、とても簡単に出来るものじゃない。」
一度話を区切ると、ミリア師匠の空気が真面目なものになる。
私がしたように手のひらを上に向け言葉を紡いだ。。
「我が魔力よ、今ここに風を集めよ。」
一拍置いて、師匠の手に空気が集まるのが分かった。師匠は風を散らすと続きを話した。
「まあ、私は出来るがね。とはいえ、今みたいに風を集めるだけならまだしも、それをそのままにするには魔力を使い続けなけりゃならない。そうなると、魔法の難易度ってのは一気に難しくなるんだ。間違ってもルークみたいな魔法の初心者が、無詠唱で涼しい顔してやっていいことじゃないんだよ。」
「では師匠、他の方はどうしているのでしょう?」
「普通は、魔法の効果は一瞬だと割り切る。例えば火が欲しい時は、薪なんかを用意した後、火の魔法を使ってすぐに火をつける。薪が燃えればもう魔力は必要ないからね。もしくは、魔道具なんかを使うこともある。例えば、始めから魔力を込めた道具を用意すれば、魔力消費についてはなんとかなるし、ものによってはイメージの補助をしてくれるから、未熟な魔法使いでも高度な魔法が使えちまうね。」
しかし師匠はあまり高性能な魔道具に頼るのには否定的らしい。
「魔道具に頼ることが当たり前になると、自分の魔法の技術が落ちちまうんだよ。そのせいで、元々簡単に使えていた魔法まで使えなくなっちまうこともある。ルークも私の元で学ぶ間は、まずは自分を鍛えることに集中しな。」
「はい、師匠。」
それと、私が風の球を比較的簡単に集め維持できる理由は、師匠と私の予想では、前世の知識によるところが大きいということになった。
つまり空気の存在や風が動く理屈を知っている事で、イメージが鮮明になり呪文がなくても発動したというわけだ。
「ただ、あんたの言った魔力の鍛え方だけど…」
私は魔力に関しては、1年ほどかけて無理矢理上げたわけだが、ミリア師匠からは以後気を失うまで魔法を使うことは禁止された。
当たり前だが、3歳児が魔法の訓練をするなんて事は前代未聞で、どんな影響が出るか分からない。
「魔力ってのは生まれつきの才能次第ってのが常識で、たまーに増えたなんて話もあるけど、こんなのは長年修行を続けたベテランの魔法使いがジジイになったあと、若い頃より増えたかも、とか感じる程度のことなんだよ。そもそも魔力とはなんなのかってのはまだまだ分かってなくて、魔法使いによっては生命力そのものだ、と言っている。私も多少は賛成するね。少なくとも魔力は生き物の体を流れる何かだ。無闇矢鱈に垂れ流していいもんじゃないんだよ。」
そう聞くと、自分がいかに異常なことをしたかが分かる。
同時に、どれだけ危険だったかも理解する。前例がないという事は、それだけ慎重にならなければいけないという事だ。
もしくは成長期のように、魔力が増える期間が決まっているのかもしれないが、師匠が言うには十分どころか異常なほどの魔力が既にあるようだし、無茶をする場面ではないだろう。
「これからは、こういう鍛錬をしな。これなら、実績もあるし安全だからね。」
まず目を閉じ、自分の魔力の流れに意識を向ける。
これは今までやっていたことだが、さらにその魔力を体全体を巡る河のように動かしていく。
これを魔力を練るというらしい。
魔力を練ることで、魔力の質が上がり、結果的に少しの魔力でもより複雑な魔法が使えるようになる。
また、発動も素早くなるそうだ。
「しばらくはこれを繰り返しなさい。魔法の使い方はもう少し後にしよう。」
その後、私は師匠の言いつけ通り、時間があれば魔力を練るようになった。
以前のような劇的な変化はなかったが、それでも自分の中の魔力の流れが太く強いものになるのが分かる。
なにより、師匠のお墨付きというのは安心できる。
やはり、先達はあらまほしき事なり、だ。
というか、
「あんたって弟子は…」
師匠が言うにはこれでも異常なのだそうだ。
普通はこれだけでは変化は分からず、魔法を使うようになって初めて実感出来るらしい。
これについて私なりの仮説としては、血管の流れを知っていることが、イメージの強化につながったのではないだろうか。
結局あまり経たずに基本の魔法を教わることになった。
火を起こす魔法、水球をつくる魔法、風をつくる魔法、土を隆起させ壁をつくる魔法エトセトラエトセトラ。
まさに本の中の理想の魔法使いだ。
年甲斐もなく、と言うよりはむしろ身体年齢相応なのだが、私は目を輝かせミリア師匠の真似をした。
相変わらず火は怖かったので、試しに手を土の上に置き魔力を送りながら先程の師匠の魔法を思い浮かべる。
すると、大地が自分の体の延長になった感覚とともに、目の前に1メートル程度の土の壁が出来た。
「師匠、出来ましたよ!」
喜んで声をかけると、師匠はまたしても頭を抱えている。
「確かに見本を見せるとは言ったけどさ。まさかすぐ真似されるとはね。全く非常識にもほどがあるだろうよ。そもそも呪文を教えてないじゃないか」
確かに、普通は呪文が必要と教わったばかりだ。
おそらく師匠の実演のおかげではっきりイメージできたおかげだろう。
しかし、師匠も呪文は唱えていなかったはずだ。
それについて聞くと、
「熟練の魔法使いは簡単な魔法なら呪文は使わないもんさ。大人が歩くときにいちいち考えないようなもんだよ。つまり無詠唱はそれだけ魔法の道を歩んできた証拠と言える。今回も、自慢するつもりだったんだがね。」
そう言ってこちらをジト目で見る。
私のはまあ、特殊すぎるケースだからカウントしないでください。
というか自慢したかったらしい。
ジト目と相まって師匠も案外子どもっぽいところがある事が分かった。
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