第9話 街へのお誘い。ガインの街へ。

師匠からは様々な魔法を教わることができた。

中でも役立ったのは、危険判断と念力だ。

危険判断は対象に魔力を通すことで、そのものの安全性を判断出来る森などで生きていく上で必須とも言える魔法だ。

キノコなども、毒の有無が一発で分かる。

この魔法のおかげで、近隣の食材を探すことが出るようになった。

もう1つの念力はもっと分かりやすい。

それこそ物語で出て来る触らずに物を動かす魔法だ。

魔法というよりは超能力のイメージが強い。

この魔法は、言うほど燃費も良くなく、本来なら自分の手で動かした方が楽なので殆どの魔法使いからは好まれないそうらしい。

しかし子どもの身としては、この魔法の習得によって一気に出来ることを増やしたいところ。

日常的に練習する事で、徐々に精度を上げていった。

今では椅子の上に立ち、念力の魔法で皿洗いも出来るほどだ。

ちなみに魔力量についてはかつて何度も気絶したせいか、感覚的に魔力がつきそうかどうかがわかるようになっていた。

おかげで師匠の言いつけ通り、魔法の使い過ぎで気を失うことはなくなった。


まあそんなこんなで魔法の修行と家事をこなしながら3年が過ぎ、私は6歳になっていた。

ある日のこと。

「ルーク。今日はあんたも一緒に街に行くよ」

「街、ですか」

今更だが、私達、というよりミリア師匠は街とも交流がある。

世捨て人と本人言っていたが、完全に交流を絶っているわけではないようだ。

定期的に街に行き、作った魔法の薬を売って、代わりにパンや野菜、日用雑貨などを購入している。

おかげで、森の中だというのに文明的な生活がおくれているのだ。

魔法の薬といったが、以前屋敷の執事が私を眠らせようとした時に使ったのも魔法の薬らしい。

師匠が言うには、その時には私は既にかなりの魔力量だったため、並みの魔法薬では勝手にレジストしたのだろうとのことだ。

もちろんこれも異常なことだと、もはや呆れられもしなかったが。


さて、そんな街行きに同行させてくれるらしい。

いつかはと思っていたが、とうとう来たか。

しかし、私には1つ懸念がある。

師匠のおかげで最近忘れかけていたが、この顔だ。

おそらくはいい結果になりはしないだろう。

黙っている私を見て師匠がこう言った。

「気にしていることは分かるよ。だから、これを使いな」

師匠がお面のようなものを1つ手渡してくる。

顔にかけるためか紐がついており、表側は卵の殻のようにシンプルで真っ白だが、裏面、顔に接する側には複雑な文様がびっしりと書かれている。

それより気になるのは、普通のお面にある目を出す穴が見当たらないことだ。人間の顔の大きさ程の真っ白な、コンタクトレンズを楕円にしたような形の物を思い浮かべて貰いたい。

「師匠、これは?」

「いいからつけてみな」

言われてつけてみた。

すると不思議なことに、視界を遮ることなく、今まで同様に外を見ることが出来る。それに息苦しさも全く無い。

これなら街の人は私の顔を見ないで済むし、私自身は仮面が無い時と同じように生活できるだろう。いや、流石に食事は無理か。

「師匠、これはもしかして魔道具ですか?」

喋ってみると、声がくぐもった様子もない。

師匠は師匠で、

「そうだ。しかもこのミリアお手製の品じゃぞ。」

そう言って綺麗な顔をドヤ顔させている。

うちの師匠はこう言ったところがちょくちょく可愛い。

いや、しかしこれは本当にありがたい。

そして何よりも師匠が私のためにこれを作ってくれたことが素直に嬉しい。

何はともあれ、こうして私の街デビューが決まったのだった。


さて、どうやって街に行くかと言うと、これも魔法だった。

遠距離移動という魔法で、空間魔法の1つだ。

空間魔法は魔法の中でも最も高度な魔法の1つで、私が見ただけでは真似できなかった魔法でもある。

師匠曰く、無詠唱は熟練すれば大抵の魔法使いが出来るようになるが、空間魔法は才能の有無が大きいらしい。

なにせ師匠自身も言葉での説明が難しくほぼ感覚的に使用していると言っていた。

他の魔法使いも同様だそうで、ある時ふと出来そうだと思うと出来ているものなんだそうだ。


師匠の魔法により、気づけば私達は小高い丘の上に立っていた。

特に浮遊感などもなくあっさりしたものだ。

「あれがガインの街だよ」

師匠が指を指す。

師匠の指差す方に目を向ければ、果たしてそこには巨大な防壁に囲まれた街が立っていた。




「街に行く前にもう1つやっとくことがある」

ミリア師匠はそういうと目を閉じ、聞き取れない声で呪文を唱えている。

呪文の内容は分からないが、師匠の全身を魔力が駆け巡るのが分かる。

それは、師匠が異常だ異常だという私の魔力とさえ比べ物にならない程の量と力強さだった。

足元の影が伸び、闇が全身を包む。

が、次の瞬間には闇が消え、そこには60歳程度の男性が立っていた。

髪は白く、顔には皺が刻まれている。

だが背は曲がっておらず、普段から着ている質素なローブが、むしろ俗世から離れた老賢者の雰囲気を出していた。

私が驚き声も出せずにいると、師匠が非常に深みのある男性の声で教えてくれる。

「これが変身魔法。正真正銘儂のオリジナルだ。ちなみにこの姿の時は、ラトと名乗っている。言い間違えないようにしなさい。」

やっと頭が動き出した。

「分かりました。ラト師匠ですね。」

まあ、間違えないように師匠とだけ呼べば良いだろう。

「しかし、師匠のオリジナルというのは分かりましたが、なぜわざわざ違う姿になったのですか。」

「なに、元の姿だと男がうるさくてな。うるさいだけならまだしも馬鹿な考えを起こすものもいて面倒だったので、街に行く際にはこの姿になるようにしているのだ。一応言っとくが、残念ながらお前さんがこの魔法を使うのは難しいだろう。儂の場合は少々特殊でな。」

「なるほど。ですが、大丈夫です。私には師匠から頂いたこれがありますので。」

要するに芸能人の変装のすごいバージョンのようなものだろう。

ミリア師匠の姿を思い起こせば、納得のいく理由だ。

私も顔を隠しているが、理由は別どころか全くの対極らしい。

そして、師匠がこうやって淡々と説明する場合、それは事実だ。下手な希望を与えない事も、師匠なりの優しさだ。

「さて行くとしよう。1時間も歩けば着く。」

師匠が歩き出し、私も慌てて後を追いかけた。


師匠の言う通り、1時間も歩くと壁にまで到着した。

改めて見れば、その巨大さに息を飲む。

私自身が小さいせいで余計に大きく感じるのかもしれない。

師匠の向かう先には門があり、列が出来ていた。

我々も列に並ぶ事30分ほどで門のところに来た。

門は他にもあり、別の門には馬車などもあって、見た感じ商隊のようだ。

ここの門番は大柄な男性で顔見知りなのか師匠の顔を見ると親しげな雰囲気になる。

次に私の顔を見ると不思議そうにするが、何か聞かれる前に師匠が答えてくれた。

「これはルークというもので縁があり弟子と迎えた。顔に火傷があってな。怪しいだろうが、身元は儂が保証する。年は今年で6歳だ。」

そういいながら、何かカードのようなものを見せている。

「かしこまりました。では、これからギルドで登録をするのですか」

「そうだ。ところで、この場合こやつの通行税はいくらかな?」

「初回ですので、銀貨1枚ですね。登録が済めば、ギルドから返金されるはずです。通行税というより登録までの保証金ですね。」

「なるほどな」

会話をしながら、師匠は銀色のコイン、以前教えてもらった銀貨1枚を門番に手渡している。

「確かに。さてルーク君。俺はルイーズだ。ようこそ、ガインの街へ」

「こちらこそ。ルイーズさん、よろしくお願いします。」

そう言って頭を下げると

「よく出来た子だな。さすがはラトさんのお弟子さんということか。」

と感心された。


こうして私は、ガインの街に足を踏み入れることが出来たのだった。


「ところで師匠。ルイーズさんはこのお面のことに触れませんでしたが、こういう魔道具は珍しい物では無いんですか?」

「いや、そうでは無いよ。儂が火傷をしていると言ったからな。顔を隠しているのは理解してくれたんじゃろう。あとはなんかの魔道具か、ぐらいに思った程度のはずじゃ。お前も覚えておけ。よく知らない相手を頭から信じるのは愚かなことじゃが、知らなくても困らない事を探るのも賢いことでは無い。踏まなくて良い魔物の尾を避けるのは、臆病では無いのじゃよ。」

「はい、師匠。」

「そういうわけでじゃ。もし仮面について触れられても、火傷があると答えておきなさい。」

「分かりました。」

実際、この設定のお陰で、私はすぐに助けられる事になる。



とうとう街の中に入ることが出来た。

門の中には大きな道があり、たくさんの人が行き交っている。

その左右には露店が並んでいた。

いつか見たファンタジー映画のワンシーンさながらの風景に感動を覚える。

「まずは行く場所がある。」

「先ほどの話にあったギルドですか。」

「そうだ。ギルドはいくつかあるが今回行くのは冒険者ギルドじゃな。」

冒険者ギルドとは、またファンタジーな単語が飛び出した。

というか、

「師匠は冒険者だったんですね。」

「一応な。というよりは、街や村に住まない者や街の外で働くものは、ほとんどが冒険者だ。なにも全員が命がけの冒険をしているわけではない。儂のように、森に住み時折街に来る者も、冒険者の1人になるんじゃよ。そして今回はルークを儂の弟子として登録するつもりじゃ。そうすれば、儂と一緒なら街に入るのに税を払わなくて良いからのう」

「そんな決まりがあるんですね。ありがとうございます。本当に師匠には何から何までお世話になります。」

そう感謝を告げると、

「何度も言っていることだが、気にするなとはいわんが、かしこまるな。初めは成り行きだったが、今ではお前を弟子にしてよかったと思っておるよ。」

照れ臭そうに答える。

これがこの人のいつもの反応だ。

そしてこの話はお終いだという代わりに違う話をする。

「ちなみに旅芸人なんかも冒険者の一種じゃな。」

「それは意外ですね。芸人の方々に冒険者っていうイメージはありませんでした。」

「それは儂も同感じゃ。」

そうこう話ながら、師匠は目的地に向け歩き続ける。

程なくして、1つの建物の前に来た。

かつて住んでいた屋敷とは違った材質だが石造りの建物だ。

というよりは、この街の建物はどれも石造りだが。

「入るぞ。」

師匠が扉を開けて中に入る。私も後を追った。


そこは思いのほか広い空間だった。

入ってすぐはひらけていて、少し行くとカウンターがある。

奥にはいくつもの机があり、前世の銀行を思い出すような作りになっていた。

また入って左手奥の壁には、何枚も紙が貼ってある。

何が書いてあるかは見えないが、お約束通りなら冒険者への依頼に違いない。

人はそこまで多くない。

入って右手に丸い机がいくつかあり、そのうちの1つに男女の2人組が座っているだけだ。冒険者ギルドというともっと活気があるイメージだったが。

「朝ならば依頼を見にもっと多勢の冒険者達がいるはずじゃ。今がいちばん少ない時間帯じゃな」

私の心を読んだわけでは無いだろうが、師匠が教えてくれた。

「さて、お前の登録をしてしまおう。」

そういうと、師匠はカウンターに行き、受付の女性に話かける。

こちらも顔見知りなのか、緊張感はない。

「アリスや、今日も買取を頼む。それと、弟子を連れてきたので登録もしたい。」

「かしこまりました。ラト様のポーションはいつも喜ばれてますよ。それにお弟子さんですか?」

「そうじゃ。とりあえず、まずは買取を頼む」

師匠は持っていた袋から瓶に入った液状の薬、ポーションを取り出す。

明らかに、袋の体積よりも多いが、実はこれも魔道具で、物語でもお馴染みの収納袋だ。が、本当はこれ自体はただの袋。

収納袋自体はあり、周りにもそう思われているみたいだが、師匠は空間魔法で同じようなことが出来る。

なんでも収納袋と同じことが出来ないか試したら出来た、とのことだ。

「ポーション、30本ですね。では、鑑定に回しますので、本日はその間にお弟子さんの登録をさせて頂きます」

「うむ。ルーク、こちらへ」

「はい、師匠」

師匠に促され、受付の女性、アリスさんの前に来る。

「はじめましてルーク様。受付のアリスと申します。以後お見知り置きを」

「はい。ラト師匠の弟子、ルークと申します。アリスさん、こちらこそよろしくお願いします。」

「まあ、随分と丁寧にありがとうございます。流石はラト様のお弟子さんですね。では、検査をしますのでこちらの水晶球に触れてください。」

聞き覚えのあるセリフだが、それだけこの街での師匠の評判が良いということだろう。

それよりも目の前の球体だが。

「これはなんですか?」

「これは魔道具の1つでな。触れた相手が何かしらの精神異常を抱えていないかを調べるものじゃ。例えば、無理矢理連れてこられたとかな。まあ、形式的なものじゃよ。」

師匠が教えてくれる。

私は促され、手を伸ばした。

水晶に手が触れた瞬間、水晶から光が出る。

と思ったら光はすぐに消え、以降は何の変化もなかった。

どういう意味かと、師匠とアリスさんに目を向けると、2人とも難しそうな顔をしている。

最初に口を開いたのはアリスさんだった。

「これはどういう意味なんでしょうか。そもそも反応があること自体珍しいですが、すぐに消えたというのは、初めて見ました。」

続けて師匠が

「儂も初めてだ。だが、最初の光も小さいものじゃったし、問題は無いと思われる。もしかしたらルークの着けておる仮面のせいで誤作動を起こしたのかもしれんな。」

「仮面ですか?」

「というのもこやつは顔に火傷を負ってな。不便がないようにこの仮面を付けているが、一応魔道具の類だ。大した効果は持っていないが古いものじゃし、魔道具同士で反応が起きかけたのかもしれん。とはいえ言っといて悪いが、かもしれん以上のことは言えんな。」

師匠がそう話すとアリスさんは何度か頷いた。

「分かりました。この街でラト様以上に魔法に詳しい方もいないでしょうし、一応記録はしますが、登録をしておきます。」

多少のハプニングはあったが、当初の目的は達成出来そうで良かった。


登録後、門のところで言っていた銀貨を受け取った。

ギルド内の椅子に座っているとあまり待たずに声が掛かる。

「ラト様、お待たせしました。こちら鑑定が終わりました。」

師匠と一緒に改めてカウンターに向かう。

「では、ポーションが20本、上級ポーションが10本ですね。それぞれ1本が銀貨1枚、金貨1枚になりましたので、合計で大金貨1枚と大銀貨2枚になりますが、いつものように崩していかれますか?」

「うむ。では、金貨9枚と大銀貨10枚、銀貨20枚で頼む。」

「かしこまりました…では、こちらになります。ご確認ください。」

この世界では、銀貨1枚が平均的な1日賃金であり、多少贅沢して1日分、普通にすれば多少貯蓄に回せる程度になる。

また、銀貨10枚で大銀貨1枚、大銀貨10枚で金貨1枚、金貨10枚で大金貨1枚だ。逆に銀貨1枚は大銅貨10枚、大銅貨1枚は銅貨10枚。となる。

つまり、大金貨1枚あれば銀貨1000枚分。

一般の人の年収3年分に近い収入になる。

しかし、それだけの価値はある。

師匠のポーションは質が良く、上級に至っては大抵の傷や病気は治せるし、指の1本ぐらいは失っても生やす事が出来るらしい。

一般の人が手に入れようとすれば、かなり生活を切り詰めても1年はお金を貯める必要があるだろう。

当の師匠はと言えばカウンターの上のお金を丁寧に数えている。

あっ、今終わったようだ。

「うむ、問題ないようだ。ではこれで失礼する。今日は世話になったな。」

「いえいえ、こちらこそ。ポーションは売れ筋ですし、上級ポーションも貴族の方々がご購入されてまして、ギルドとしても大変助けて頂いております。また、いつでもお越しください。ルーク様も是非どうぞ」

「ありがとうございます。では、これで失礼します。」

私が頭を下げ、私の冒険者ギルド初体験は終了したのだった。

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