2-5 「そ、そんなことできるわけが! ・・・」

魔王の復活は、すぐに国中に伝わった。反乱に誘われ、態度を決めかねていた者達は決別を選び、すでに起ってしまった貴族達は覚悟を決めた。魔王に対して反乱を起こした以上、敗北は直ちに皆殺しを意味する。


アルフレッドの西部軍もいよいよ腰を上げ、アルベルトの部隊とにらみ合いに突入。帝国軍の主力が釘付けにされる間、フリードリヒが北方蛮族を抑えに回り、内乱に燃える各地に送られた援軍はエルンストが指揮をとった。


帝国が瓦解の寸前にまで至っていることは、誰の目にも明らかだった。だが、最後の一線を越える気配が感じられないことでも一致していた。魔王の復位により、その印象は確たるものとなる。


ランカプールを除けば、反乱を起こした大都市はなかった。領主は起こしたくても、起こす力を持たなかった。都市部では帝国の政策が深く入り込んでいたからだ。


アルベルトとしても、政策を決めたからといって、古くからの慣習の全てをすぐに塗り替えられるとは思っていない。だからまず、都市部に狙いを定めた。人口が多く、より多くの人々に影響があるから、という単純な理由もある。が、それだけではない。


都市の方が経済力が高い。それは利に聡い人間が多いことも意味する。十分の一税が誰にとって有利な法律か、商人の方が理解が早いだろう。教養がなく、字も読めず、物事の道理もわきまえず、ただ言われたことを言われたままに行なうだけの田舎農民ではそうはいかない。


事実、反乱を起こしている農民達は、全てそういう人々だ。帝国の布告も行き届かない、日々を暮らすのが精一杯の貧しい地方では、重税は帝国の指図だと信じ込まされている。自分たちを率い、駆り立てている貴族が張本人であることにも気づかず、フリードリヒ打倒の旗に集められた。


アルベルトの考えによれば、人々に損得勘定を教えれば改革はうまく行くことになっていた。魔王は怖がられているが、よくよく考えれば平民にとっては有利なものだ。平民に対しては裁判なしで死罪は与えられない権利を保障し、知識人を優遇して都市で私塾を開くことを支援した。


貴族の横暴で平民の生死が左右される事もなくなり、人々は学問を修めて将来に投資する事もできるようになった。お金のある商人たちの方が、子供達の教育に熱心なのは当然だ。一つ一つ段階を踏んで、人々がもっと自分にとってなにが得なのかを学ばせる。


魔王が宰相となって三十年。恐れられながらも敬われた政治の成果は、確かに現れていた。商人の力が強い大都市ほど、領主は戦力を徴収することができず、むしろ反発する市内勢力に阻まれ、身動きがとれずにいる。これでは内乱に組することはおろか、領主が望むと望まざるとに関わらず、王に従って内乱を抑える側に回るほかなかった。


まして再びアルベルトが現れたことで、将来を心配していた商人達が、魔王が存命ならば心配いらずと、さらに力を入れて反貴族を打ち出す。国内の平和を手にして長い月日が流れ、傭兵団と呼べるほど大きな食い詰め者はいなかったが、潤沢な資産を背景に自警団を組織した。


反乱軍は、帝国や王の軍だけではなく、地元有力者達にも阻まれることとなった。過去に起きた反乱が、国対それ以外の図式だったのと比べると、本質的な違いがあることが分かる。


これこそがアルベルトが求める、平民が自らの国を守るという形であり、最大多数の最大勢力に守られた国は負け得ない、という実証のために必要な戦いということになる。


全体的に見れば、確かに内乱の進行はある線上で食い止められていた。徐々にではあるが、その線が押し下げられても行く。が、やはり疲れてくる。お互いが理想のために戦い続け、一歩も譲らないと意気込んでいても、どこかで緩みは生じるものだ。


わずかな隙間を見抜いたアルフォンソが、一発逆転の一点突破を図った。


お互いに息を切らし、戦いを休みたいと感じるようになったある日、反乱軍が一斉に北上を始めた。一時的に陣を引き払い、戦いの焦点を別に移すのかと思ったが、そうではなかった。


帝国南方に位置するペンロッド、ローレンスの両王国の反乱勢力は、一路帝都ロムリアを目指して結集を始めていた。第三親衛隊でもその動向は察知し、エルンストに連絡を飛ばしたが、返事が遅れた。


エルンストの手元にあった六千の軍のうち、半数を帝都の防衛に戻そうとしたが、それを反乱軍が拘束した。やむを得ず、防御に有利な地点に陣を構え、三千を帝国の勢力圏だけを通って迂回させることにしたが、時間がかかる。


先行させた使者が第三親衛隊に現状を報告すると、エリス達は深刻な面持ちで作戦会議を始めた。


「まず、状況を確認しましょう」


隊長の机の前に、隊員五名が集まっている。本部に残っているのは参謀をはじめとしたごくわずかだった。偵察のため、ほとんどの人員は出払っている。


「いいよ。もうみんな絶望的な状況だって分かってるから、繰り返さないで」

「失礼しました」


確かに、参謀が言わなくても、非常にまずい状態なのはベルナルドでも理解できた。都の守備隊はほとんど残っていない。第二親衛隊すら三個中隊が待機しているだけで、ほかは新設部隊の士官として、前線部隊の補充士官として、投入されている。衛兵が百人程度残っているが、合わせても約四百人。


第三親衛隊が把握している敵勢力は、一万から二万の間。南側西寄りからはローレンス王国の貴族に率いられる形で、数千の農民が迫っている。それより東からはアルフォンソが麾下きかの三千を中核として、やはり数千の農民を従軍させている。


当然帝国側は反乱軍の北上を阻むために背後から迫ってはいるが、それを迎え撃ち、足止めする部隊は用意されていた。アルフォンソ達がすでにここから二日の地点に迫っていることを考えれば、南側の帝国軍に都を守ってもらうことは期待できそうになかった。


西から接近中の援軍は、到着までに丸二日を要するといい、東側に友軍はいない。援軍とアルフォンソ、どちらが先に姿を現すかの勝負ということになる。唯一の希望は騎兵隊がもうすぐたどり着くということ。敵に拘束される前に切り抜けたらしい。


が、数百騎の騎兵だけで反乱軍を追い返すことなどできるはずもない。


「参謀君、作戦できた?」

「上中下策と、三つございますが」

「さすが、早いね。じゃぁ、下からお願い」

「それはまぁ。もはやこの期に及んでは、考えてどうにかなるものではありませんから」


参謀がどうにもならないと言うのだから、どうにもならないのだろう。一言で士気が大幅に低下した。


「下策はアルフォンソの暗殺です。我々が密偵部隊であることを考えれば、起死回生の一手はこれしかないでしょう」


この方面で、周辺勢力を結集させられるほど統率力のある人物は、アルフォンソ一人だ。確かに、その中枢を暗殺すれば、敵軍を麻痺させられる。援軍到着まで優に持ちこたえられるだろう。


「暗殺、できそう?」

「できるわけないじゃないですか」

「はい次」


一人だけ、それをやってのけそうな噂を持つ人物がいる。影と呼ばれる異人の暗殺者で、相当な手練れらしい。アルベルトはぜひ第三親衛隊にほしいと言っていたが、所在すらつかめていない。


「中策は、都で義勇兵を募り、訓練して籠城します」

「勝てそう?」

「武器と防具さえあれば兵士になれる、というわけではないですからね」

「あーはいはい、じゃあ上策は?」


上策と言うからにはおすすめなのだろう。参謀のおすすめなら、きっとそう悪いものではないのではないか。エリス達は期待した。


「上策は、逃げることです」

「は?」


だが参謀の策は、事態を解決するものではなかった。


「逃げる? ここを捨てて?」

「はい」


エリスは机をたたいて立ち上がった。


「そ、そんなことできるわけが! ・・・」


あまりの非常識な立案に怒鳴り声を上げたが、途中で首をひねる。そもそもはと言えば、好きで働いているのではなく、罪人として捕らえられ、罪を許す代わりとして働かされているだけだった。落ち着いて考えてみると、別にそう悪い作戦でもないような気がしてくる。


が、エリスはそれを退けた。


「い、いややっぱだめ。おーさま怖いから。あの人、本気で裏切り者には容赦ないから。マジになったおーさまの追っ手なんか相手したくない。もっとどうしようもなくなってから考えよう」


参謀はため息をつく。


「すでにどうしようもないのですが」

「いや、なんかあるでしょ」

「確実に切り抜ける方法なんてありませんよ」

「そこをなんとか」


参謀は右へ左へと、歩き回った。腕を組み、こめかみをつつき、頭を抱える。


「考えがまとまるまで、好きにしていいよ」


エリスが声をかけると、礼を言って大広間を出て行った。練兵場をぐるぐると歩き回っている。


「じゃ、私たちはゆっくりしよっか。うちらが考えても仕方ないし」

「アルスがいなかったら、アルフォンソ暗殺しよう! ってことにまとまったかな」

「もっとましな考え出てきそうにねえもんな、俺ら」

「よくもまぁ、こんな馬鹿ばっか集めて密偵部隊なんて作ったよな、あのおっさんも」

「おーさま、頭いい振りしてるけど、結構馬鹿なんだよ」

「そうだよな! 俺たちの馬鹿さが分からねえくらいだもんな!」


エリスはルキウスを手招きした。


「芋でも茹でてきて。あと、もう最後かもしれないから、お茶も入れて。もらったの残ってるでしょ」

「まだ参謀が考えてるんだから、あきらめるなよ」

「参謀君がどうしようもないって言ってるんだから、覚悟は必要でしょ」


ルキウスは調理場へ向かう。マリーとベルナルドと千里眼。エリスと馬鹿話をしながら、普段通りに過ごしている。二日後が命日になる可能性は十分に認識しながらも、運命から逃げ惑う様子は見えない。


いつでも死ぬ可能性のある任務をこなしてきたことによる慣れと、ここで逃げて、無様に処刑されるよりはましという矜恃。何よりも、年の若い女隊長を残して逃亡なんて、末代までの恥だろう。


五人がお茶会をしていると、広間に一人の騎士が入ってきた。


「エルンスト閣下の第一騎兵隊長、まかり越しました」

「あ、こっちきて」


隊長席まで来た騎士に、芋と茶を勧める。戸惑う騎士に怪力男が、「いいからいいから、腹空いてんだろ」と手渡した。


「まず、到着のご連絡をしたいのですが」

「騎兵六百騎が到着。私の指揮下に入る。そういうことでしょ? もう聞いてるよ」

「左様でございます。エリス将軍の命令を頂きに参りました」

「じゃあ、作戦が決まるまで、そこでお茶飲んで待ってて」


待つことはなかった。すでに参謀も戻っていた。


「作戦ならばだいたい決まりました。まず騎兵隊ですが、南の農民部隊を攻撃して頂きます」

「アルフォンソのいるところが本隊と思われますが、そちらは無視するのでしょうか」

「はい。あそこは騎士も多く、装備も整っています。槍も揃えていますので、騎兵だけでたたくには被害が出すぎます。南側、ローレンスから向かってきている農民部隊は、いくつかに分離しており、装備が整っていない集団がほとんどです。精鋭の槍騎兵隊の敵ではないでしょう」

「もちろんです。我らの名誉にかけて、いくつか殲滅してご覧に入れます」


参謀は首を振った。


「あぁ、いえいえ、それでは困るのです。適度に殺し、少なくとも半分以上は逃がしてください」

「わざと逃がせと?」

「一つの農民部隊は数名の貴族が率いているようです。それらをまとめるための部隊として、騎士を中心とした一団もあります。おそらく、広範囲に展開した方が、多くの集落を略奪できるということで、散開しているんでしょう。言ってみれば貴族が率いる、盗賊の集団です」


行きがけの駄賃とばかり、村々で金品食料を強奪しながら北上していた。


「貴軍は彼らを襲い、リーダー気取りの貴族達が農民を見捨てて逃げていく様を、できるだけ多くの農民に見せてやってください。そして、多くの農民が中心部隊に逃げ込み、そこで貴族達ともめ事を起こしてくれれば、数日を稼げるはず。暴動は大きければ大きいほどいい。できるだけ恐怖と理不尽さを植え付けてやってください」

「承知いたしました。我らへの指令は以上でしょうか」

「ええまぁ」

「では、早速準備に取りかかります」

「ご武運を」


騎兵隊長は足早に退出していった。もうじき日が暮れる。今日はもう身動きはとれないだろうに、真面目な士官だった。


「さて、南方の農民達はこれで無力化できると考えています。問題は東側。アルフォンソ隊を止める方法がないということです」

「止められないの?」

「残念ながら、方法が思い浮かびません。その代わり、アルフォンソ隊と平行して北側を進んでいる部隊ならば、到着を遅らせることが可能かもしれません」

「どうやって?」

「日に一度は伝令をやりとりしている、という報告を受けています。当然ながら、進軍経路についても意思の疎通が行われているとみるべきでしょう。これを変更させます」


確実性がなく、また劇的な効果もないですがと前置きしてから、参謀は作戦内容を説明した。


アルフォンソ隊の現在地から考えて、帝都に到着するのは二日後の夜明け前、もしくは夜中になりそうだ。いつ休息を入れるかで変わってくるが、いずれにせよ、明後日の日の出とともに攻撃を開始できる手はずを整えるだろう。


相手もこちらに援軍が向かってきていることくらいは察知、予測しているはず。なんとしても到着前に都の制圧を目指すのが当然だ。


アルフォンソ隊と平行して進軍中の農民部隊も、その攻勢に間に合わせる予定に違いない。いくぶん遠回りで北側を通過しているが、到着のタイミングは合わせてくるはず。これをほんのわずかでもずらすことができれば、攻撃を遅らせ援軍の到着を待てる可能性は高まる。


「チャンスは一度だけか」


エリスは頬杖をついて息を吐く。


「しかも、十五キロくらい? 遠回りさせるだけ」


あまり乗り気ではないように見えるが、それが今できる精一杯と言われてしまえば、断る理由はない。隊長として、参謀の献策を採用した。


アルステイルの作戦は、ごく単純な、焼け石に水のようなものだった。アルフォンソから別動隊に向かう伝令を殺害し文書を強奪、代わりの密書を持たせておく。到着しない伝令は捜索され、程なくして発見されるだろう。そこで、平原を直進して最短ルートを進軍する指示を読ませる。


それがアルフォンソ自身から送られてきた指令とは思うまい。当然、何者かが自分たちを陥れるために、偽の伝令を掴ませようとしていると考えるはず。予定していたルートがどれであれ、ここだけは危ない、と判断してくれれば成功。おそらく南に進路を取り、アルフォンソ隊を後から追いかける道に進んでくれるはず。


さらに北を遠回りするルートでは遠くなりすぎるし、平原で突出するよりは、本隊に合流しやすい方面が安全と考えるのは自然だ。


もっと直接的に、本物の指令に見せかけることができれば確実性は増すが、残念ながらまだ相手側の暗号を解読できていない。平文でしか偽文書が作れない以上、本物と思わせることは出来ない。


しかし、明らかな偽情報に対して、相手がそう素直に受け取ってくれる保証はない。こちらの思惑を読み取り、あえて直進するかもしれない。その方が帝都攻撃を早められるのは間違いないのだから。


だが、それをさらに深読みすれば、危険のようにも思えるだろう。平原を突っ切るとなれば、騎兵の餌食になりやすい。アルフォンソ本隊とは違い、武装は貧弱だ。並べられるほどの槍もない。


参謀の計略が成功しても、少しばかり到着が遅れるだけでしかない。だからこそ、そのくらいの差ならば安全策をとろうと、甘えた判断をしてくれることに期待するしかなかった。


「それから、念のため中策も準備しましょう」

「義勇兵も集めとくの?」

「はい。前日に集めたばかりの兵士が戦列を維持できるとは思えませんが、脅しくらいには使えます」

「相手の予想よりこちらが多ければ、攻撃準備に時間をかけてくれるかもしれないしね」

「第二親衛隊に、隊長殿の方から手続きを依頼しておいてください。兵舎に残っている装備をかき集めれば、千人分くらいは揃うでしょう」

「分かった。じゃあ伝えてくるけど。ほかにはない?」


参謀が頷いたのを確認し、エリスは本部を出て行った。残された隊員達はチェスを持ち出し、緊張感のない絶望の夜を過ごした。

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