出品された男

孔雀 凌

こんなはずじゃなかった! 擬人化コメディ・ストーリー。


なんだ? やけに、めかしこんで。

俺という者がありながら。

最近、彼女は洒落た衣服を身に纏う。

不思議なことに、何故か指先と服だけに気合いを入れているみたいだ。

髪や足下には、さほど手をかけていないといった様子で、お世辞にも外出用とは言えない。

おっと、彼女が俺をお呼びだ。






綺麗に潤色された指先のネイルと、淡いピンク色のフェミニンなワンピースを纏う彼女は、俺の前で色々な決めポーズをして見せる。

さすが、スタイルが良いだけあって、見惚れてしまう。

俺の役目は、カメラの撮影音と共に一瞬で終了。

用を果たした俺は、柔らかい絨毯の上に寝転んだ。

実は、この俺自身も着飾っている。

薔薇の髪飾りを付けているのだ。

男の癖に、気持ち悪いって?

俺が付けたんじゃない。

彼女が、そうしたんだ。

畜生、ゆらゆら揺れる大きな薔薇の飾り物が視界を遮って邪魔で、動きにくいぜ。






あ、申し遅れた。

吾輩はスマホである。

そう、俺は彼女が使っている携帯電話機だ。

今月に入ってからというもの、彼女はよくパソコンに向かう。

一件のメールが届いた様だ。

彼女はそれを確認すると、いそいそと行動を開始する。

小振りの段ボール箱に、衣服、伝票の様な物。近頃、良く目にする光景だ。

彼女が丁寧に箱に詰めている衣服には、見覚えがあるぞ。

一連の作業を終えた彼女が、俺をまじまじと見つめた。






「このスマホ、不具合多いのよね。一度、水没もしてるし」

その言葉に戸惑う。

別に不具合を起こしているつもりはないんだ。

でも、俺は時々、自分を上手く操れないことがある。

彼女に誤って洗濯機の中に放り込まれてからは特に。






「そうだわ」

絨毯から俺を拾い上げた彼女の指先が、パソコンの置かれた机上へと移動する。

彼女は俺を手放すと、小棚の奥からもう一台の携帯電話を取り出してきた。

あ、彼奴は……!

俺がやって来る前に、彼女を独り占めしていた折り畳み式の携帯野郎だ。

機能も性能も俺より劣るはずのお前が、今更どうして姿を現すんだ。

「いい加減、スマホに疲れたのよね。不具合、半端ないし」

細く伸びた爪先で折り畳み式の携帯を開いた彼女は、カメラを使って、俺を撮影する。

古びた携帯が鈍いシャッター音を放つ。






彼女がパソコンのキーボードを打ち始めた。

間近で見る画面は、表示内容が手に取る様に理解出来る。

彼女がアクセスした先は、オークションサイト。

オークションって、人間が不要になった物を売買するやつか。

マイページなる物が開かれた画面には、沢山の衣服の画像が一覧を埋め尽している。

この衣服の数々、全て俺が撮影した物じゃないか。

写した物は衣服を纏う、彼女の身体の部分と指先だけだ。

他は、映っていない。

確か衣服を箱詰めしては最後に伝票を貼り、どこかへ持ち運んでいたはずだ。

嫌・な・予・感・が・す・る。






『カテゴリ選択』から『タイトル/説明文』へと画面が切り替わり、タイトルに「エクスぺリア」と、彼女が入力する。

そう。俺の名はエクスぺリアだ。

我ながら格好良い名だと想う。

いや、だから、そうじゃなくて!

少し考え込んだ様相で、彼女は続きを打ち始める。






『先日、携帯を水没させてしまいました。今回、ジャンク扱いということで、格安価格にて出品します。今のところ、電源も入り、操作は可能です。サブとして如何ですか』

な、何だって。出品!

この俺が。

長らく一緒に過ごしてきた仲じゃないか、想い改めてくれ。

彼女が操るマウスが『出品』ボタンを押した。

俺の額から、一気に血の気が引いていく。

でも、まだ諦めちゃいけない。

そもそも、ジャンク品の家電なんて、簡単に落札されるものか。

俺と彼女は、切り離せない運命で繋がっているんだ。

なんてのは、甘かった。

一時間後、パソコンが数件のメールを受信した。

俺は、彼女が出品ボタンを押す前に、見てしまったんだ。

開始価格0円、即決価格1000円と設定していたのを。

そんなに俺を安売りしないでくれ。

慌てふためく俺を横目でちらりと見た彼女は、編集画面に戻り、説明文に追加を記す。

『おまけに、薔薇のスマホピアスも差し上げます。ぜひ、ご検討下さいね』

彼女は再び、折り畳み式の携帯電話を手にしていた。

満足そうな笑顔で、物理ボタンを押しながら。

「やっぱり、ガラケーは最高ね」






次の瞬間、彼女の笑顔がさらに輝きを増す。

落札者が決まったのだ。

パソコンと向き合っていた彼女の手が俺を掴む。

すぐに、白い箱の側まで連れて行かれた。

俺は元々、この箱の中で眠っていたんだ。

段ボール、そして例の伝票が用意される。

ま、待ってくれ。

俺を売り飛ばさないでくれ。

彼女が、俺からSIMカードを抜き、透明の小さな袋を被せた。

そこへ、意識が朦朧とする度にいつも元気を与え続けてくれていた充電器も一緒に収められる。

蓋を手にした彼女が、ゆっくりとそれを降ろそうとしていた。

俺の視界から、光が奪われ始める。

待ってくれ。

頼むから、考えなおして欲しいんだ。

待ってくれ。

待って……!









完.

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