北の猫又街 さん
猫サイズに小さくなったナオの目にはてっぺんが見えないほどに積み上げられた箱店は色んな商いをしているようだ
例えば、薬草売り、例えば油売り、そして干物売り、そして料理の店などなど
何に使うのかよくわからない店もあるがそうした箱店の間を猫らしいしなやかさで猫又達は上下左右に動き回り、思うままに市場を楽しんでいる
「今夜はァ、何を買いに来たね」「マタタビと猫草の株をひとつ」鼻にかかったような声でのやり取りがそこかしこで聞こえ、「箱店」の中も思い思いの装飾が施され、目にも耳にも賑やかである
よく見ると、猫以外にもよく分からない生き物たちも紛れ込んでいる
小人のようなすがた、沢山トゲを生やしたようなすがた、リスのような姿、猫よりもほっそりとしたイタチのような姿、魚とカエルの混ざったような不思議なものもいる
すっかりこの奇妙な夜市が楽しくなったナオは、「ねぇ我聞」と話しかけようとした
その時頭上の店から「なんだってんだ!ここの店は」と怒鳴り声と徳利が放り出されてきた。我聞に手を引かれてとっさに避けると、三毛猫の女将さんが急いで「やだよォうちの箱店だ」と駆け上がっていく
ついて行くとそこはよくあるような、奇妙であるような光景が拡がっていた
ふかふかの玉子焼きを前にどこか得意げにする髭もじゃ小人の客、カウンターを仕切って鋭く青い目を釣り上げているのは真っ白な男性用の割烹着を着た毛のないしわくちゃの猫、三毛の女将さんの旦那さんかな?とナオは微笑ましく思ったがどうも店内はそれどころでは無いらしい
青い目の大将さんがじろりとこちらを見ると「あァ、かァちゃんに我聞さんに知らないお嬢さん」いらっしゃい、と無愛想に言う
髭もじゃ小人が「女将さん、さっきあたしが頼んだ卵焼きなんですがねこんなのが入ってまして」と1切れを鼻先につきだす
確かに卵焼きにベッタリと獣の毛が一房着いている
なおも不遜な客は続ける「大将は調理場に入るためにキチンと毛を落としてる、そりゃあ大したもんだ、だがよ、こんな間違いがあったら今までのいい気分もここまでだよな」
飲み食いした分をこれで反故にしろというのか、こんな所にも嫌な奴はいるものだ
と同時にこれは明らかにおかしいとナオは気づいた、我聞の後ろからそうっと踏み出すと勇気をだして言葉を何とか発した「それはおかしいですよ」
なんだって?と気色ばむお客にさらに畳み掛けて言う「この大将さん、毛を剃ってるんじゃありません。」
話してもいいですか?とカウンターの中の青い目と視線を合わせると
「毛の生えないただ1種類の猫、エジプシャンマウなんです、そうですよね?この種類は決して毛が生えることがありません、夏も冬もです。なのに女将さんもいないのにこんなふさふさな毛がどこから紛れ込んだんでしょうか?」
ナオの言葉に女将さんは大きく頷くと「あんたの魂胆はよォくわかりました」と髭の客に言った
「でもね、正しいことはこの世の神様が見てるの。この座敷童子様が言う通りよ、早く出ておいき、食べそうになった毛のはいった料理より酷いものを出すことになるよ」
座敷童子という言葉を聞くとあっという間に髭もじゃの顔色は変わり、何枚かのお金のような物をだすとほうほうの体ででていった。
「凄いじゃない!ナオ!さすが猫のための座敷童子様だ!」我聞の声で気を取り直したがまだ心臓はドキドキしている
今ので大丈夫だったのだろうか、と大将の方を見ると入ってきた時とは全く違う優しい目付きで応えてくれた
女将さんも「さあさ、座敷童子様のために取っておきを出すよ」とピカピカのしめ鯖を取り出してくる
「さっきの客、銅貨と銀貨をまちがえたよ。このぶんで我聞さんも座敷童子様もお礼も入れておもてなし出来そォだァ」
そのあとは実に楽しいものだった、酒があまり飲めないナオにもマタタビジュースや本当に小さな手毬寿司で歓迎してくれるなか
我聞は「箱店」の成り立ちを教えてくれたのだった
箱店の箱はもともとむかしの魚を入れる大きな木製のトロ箱だったらしい
それを置いてある場所を整頓し区画整理し人間には見つからない空間にずらし
こうして二条市場の裏の猫又街はできあがった
今は猫又だけじゃなく小型のあやかしたちの大切なライフラインなのだそうだ
そこまで聞いたところで大将が「今日のお礼に」と徳利を出してくれた
それを我聞と1杯ずつ飲んでから、ナオは意識を失ったのだった
気がつくと創成川公園のそばで我聞にもたれた状態でいた
驚いて身を離すと、我聞は東側を指さした、空は群青に染まり、夜明けが近いのだと分かる
「ここでナオとは終わりだ、このまま人間の日常に溶け込むのもナオの自由だ、でもね」
「もし会いたいなら昨日と同じところでJAZZを流してよ、おれはできるだけすぐ駆けつけるよ」
そう言うと我聞は浅いはずの川面に飛び込み...見えなくなってしまった
しかし、ナオはまたスピーカーと音源を持ってここに来るだろう
風変わりな河童と、彼を取り巻く不思議な世界に出会うために
立ち上がると朝一番の朝日が目を一直線に差した
ナオはワクワクする心を抑えながら1人の部屋に帰っていくのだった
第1部 おしまい
碁盤の目の街 あやかしの街2 @bikki_bouco
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