彼女のきもち

 あの一件があった次の日、僕と彼女は顔を合わせる。席が隣なのだから、否が応でもそうなるに決まっている。


「あ、おはよう」

「……」


 彼女が辛うじて判別できるくらいの小さな会釈をすると、彼女を誇張表現するアホ毛がより強調されて大きく前に垂れた。どうやら感情だけでなく、彼女の行動までも誇張することがあるらしい。


「あのっ、昨日は……」


 挨拶のついでに、昨日のことを謝ろう。そう思ったが、彼女はすぐに本を開き、話しかけるなオーラを出して自分の世界でまたアホ毛を振り始めた。

 その後も話しかけるタイミングや勇気がなく、まともな会話も満足に出来ないまま、しかし見てはいけないという理性を保ちながら一週間が過ぎた。


 そして再び、図書委員の当番の日が訪れる。


 もしかしたら来ないのでは、という可能性もあったが、彼女は何事もなかったように先週と同じように図書室のカウンターの中に入り、静かに本を開いた。

 バレないようにこっそりと彼女の頭を見ると、やっぱりアホ毛が揺れている。先週と違うのは、激しさがなく、子守歌のリズムのようだということ。

 本の表紙を見る限り、読んでいるのはおそらくノンフィクションのドキュメンタリー。読むものによって読者の感情は変わるのだから、それに合わせてアホ毛の動き方が変わってもおかしくない。


 僕はその放課後、ゆったりとしたメトロノームの気配を感じながら、穏やかな心で夢の中へと入っていった。



 肩に二回、触れられたのを感じて目を覚ます。図書室や窓の外はもう黒く、照明で照らされたこのカウンターの中だけが、際立って眩しい。

 彼女はというと、前傾姿勢で僕の顔を覗き込んでいた。


「——っ! あ、ごめ……」

 思わず謝りながら、そこから飛び退いた。火照る僕に対して彼女の顔は、分かってはいたが決して揺らがない。

 だが頭のアホ毛は、推理小説のときのように勢いよく揺れていた。

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