彼女の困惑

 興奮していると言っても、そんな性的な話では決してない。

 見てくれは至って真面目な文庫本だし、常に無表情な彼女が小説で、しかも学校で隣に人がいるときに発情するとは思えない。


 タイトルを見るに、彼女が読んでいるのは推理小説だろう。物語が進むにつれて解き明かされる真実は、読者を物語の中へと引きずり込む。

 ストーリーに純粋にドキドキしているのだ。


 さて、推理小説っぽく、僕も少し推理してみよう。

 出会ってから一度も違う表情を見せない彼女の感情を、僕はなぜ見抜くことが出来たのか。


 表情以外で何かないか。


 声は論外。僕は彼女の声を聴いたことがない。誰かと話しているところを目撃したこともない。


 体はどうだろう。

 物語にのめり込むと、顔を本に近づけて血眼になって読む人がいる。先の展開が気になって足をバタつかせる人がいる。

 しかし彼女は、その類を一切していない。表情はおろか、体も微動だにせず終始同じ姿勢で本を読み進めている。


 はてさて、他のどこに感情を読み取る部分があろうか。


 答えはズバリ、彼女のアホ毛である。


 頭のてっぺんから生えるそれは、千切れそうなほど左右に大きく揺れていた。


「あのぉ〜……」


 声をかけずにはいられなかった。

 彼女は突然の声掛けにも動じず、覇気のないジト目を僕に向ける。目では「何か?」と訴えてくるが、その言葉が僕の耳に届くことはない。


「それ……」


 僕は思わず頭のアホ毛それを指さした。

 彼女の表情はこれまたピクリとも変わらず、しかしアホ毛は正直に、彼女の感情を表現していた。

 声をかけられ驚いたのか毛は空へ向かって真っ直ぐに、そして毛を指さされたのに困惑しているのかグニャリと曲がる。

 それらはまるで「!」と「?」を描いているよう。


 疑問符を頭に浮かべる彼女に答える義務が、僕に課せられた。

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