エピローグ ―藤崎 貴志―
十二月十五日 午後二時
我々は、同時多発自殺事件の犯人を検挙する事に成功した。
犯人の名前は真崎定理。高校一年の男子学生。両親とは絶縁状態にある。
同級生に聞き込みを行ったところ、特に目立つ特徴の無い生徒であるとの事。但し、唯一の友人であると証言された相原勇次は高層ビルからの飛び降りで死亡しており、本件と無関係とは言えないだろう。
友人すらもその手にかけた性格は極めて凶暴であると言わざるを得ない。このまま放置していれば更に多数の犠牲を出した事だろう。逮捕に至る事が出来て何よりだ。
証拠品としては真崎定理本人の携帯電話に残っていたメールの数々。
カザナミデパートの放火もそれに則って行われたと思われる文面が残っており、余罪が複数あると見られている。
しかし、そのメールが送信されたアドレスは現在使われていない物で、マインドコントロールが具体的にどの様に行われていたかを辿ることは出来なかった。
逮捕時に犯人の体に何が起こったかも不明。突然絶叫を上げたと思えば、次の瞬間耳からの出血と共に意識を失った。
医者による精密検査の結果、何か尋常ではない大きな音を聞かされたかの様に鼓膜が破裂していたとの事だ。当時私を含め複数の警官が周囲を取り囲んでいたが、そんな音は誰も聞いていなかった。
犯人は捕まったが、真相は再び闇の中に消えた。
……
「真崎定理は特監行きだ。状況証拠だけでは裁判には勝てない。未成年だからそう長期間の拘束は出来ないがな」
警察署の屋上で、煙草をふかしながら神狩刑事が言う。その声が不満そうに聞こえるのは気のせいではないだろう。神狩刑事にとって、犯罪者に未成年も成人も関係が無いからだ。
徹底して犯罪者を嫌うその性格では、司法の元ではさぞかし生きづらいだろう。
「真崎定理はあくまでメールを送っていただけ、と言う事ですか。それこそ神狩刑事の言っていた超常の力が働いているなら、我々警察には完全にお手上げですよ」
「まったくだ。とにかく、マインドコントロールに関する一連の事件はまた一から洗い直しだ。町中に、いや日本中に網を張って関連しそうな事件を洗い出さないとな」
「本部は解散されたんですから、あまり派手には動けませんけどねぇ」
「それに関しても一からって事だ。個人的に動ける範囲で動くさ」
そう言って神狩刑事は煙草を携帯灰皿に入れ、私に背を向け屋上の出入り口に向かって歩いて行った。その背中に向けて、改めて自分の決意を表明しておく。
「何か掴んだらまた呼んでくださいね。必ず協力いたしますので」
「いつも済まない。その時は頼む」
その言葉を最後に、神狩刑事は扉を閉めて階下に降りて行った。
階段を下りて行く音を確かに確認してから、私はアレに向かって話しかける。
「もういいぞ、出てきても」
私が声を掛けると、ソレは屋上のフェンスの向こう側からふわふわと飛んできた。話の途中で神狩が屋上に来たので、見えない位置に避難していたらしい。
「ちょいと。アレとかソレとか、アタシは物じゃないんですけどー」
「名前を名乗らないのだから呼びようがないだろう。というか、平然と心の中を読む辺り、神だという妄言に嘘は無いらしいな」
「名前なんて個人を識別するための記号がアタシにあるわけないでしょ。あとアタシは神様じゃなくて、その眷属ね。真崎定理に送ったメールを作ったのも、ア・タ・シ」
したり顔で決めポーズを取ってくる。こんな飄々としたのが神の眷属だと言うのだから世も末だ。
「いやマジで世も末なのよ今は。だから世界を変えるルールが必要なわけ。理解した?」
「その辺りの事は理解した。で、なぜ真崎定理から聴力を奪ったんだ?」
気になっていた事を確認する。次は私がルールを作らなければならないのだから、同じ目に遭うのは真っ平御免だ。
「あれはアタシのメールを最後まで読まないアイツが悪いの! ちゃんと書いたのよ? 『最後に作るルールには制約があるからです。その制約とは、①死は平等に訪れなければならない。②人間はこれ以上の肉体的進化をしてはならない。③神のような振る舞いをしてはいけない。以上を踏まえた上で最後のルールを作成してください。制約を破ればあなたの聴覚を奪います』って! あんなに頑張って長文メール書いたのに!」
眷属とやらが憤慨して地団駄を踏んでいる。ちなみに空中でやっているから音は全く出ていない。一応誰かに見つからない様に配慮はしているらしい。
「真崎定理は十二月十三日が期限だという事も忘れていたようだがな。まぁそれは分かった。他にも疑問点がいくつかある。答えてもらおうか」
「いいよん。前回と前々回はちょーっとだけアタシの説明不足があったみたいだし? その反省を生かしてわざわざこうして姿を見せたわけだし?」
反省を生かして、といいつつも全く反省していない様子だった。それはそうだろう。こいつらにとっては恐らく人間の命などどうでもいい物なのだから。
「まず一つ、作ったルールを破る人間が現れる事があるのか?」
「あるよん。てか人間なんて皆そうでしょ。どんなルールでも、それを知った当初は頑張って守ろうとする。けど、時間が経つに連れてなぁなぁになっちゃうってヤツ。車の速度制限? とかが特に顕著よね。これは当然神様のルールでも同じなの。完全に効力が無くなることは無いけど、人間側がどんどん慣れて適当になっていく。真崎君は別の要因だと勘違いしてたみたいだけどね」
「成程。その点は気を付けねばならんな。次、お試し期間中は何をしてもいいのか?」
「好きにすれば? あくまでお試しなんだから、本チャンのルールの練習である必要も無し。やりたいようにやってよし」
やはりどこか適当だな。倫理観と言う物が存在しないのだから、必然的にこういう対応になるのかもしれない。
「ていうかどうでもいいのよ、基本的に。チャームを与えた人が偶然世界を救済するルールを作れればそれでよし。ダメならまた次、っていう考え方だから」
なるほど。そこまで聞いて合点がいった。次の質問は「なぜ俺を選んだのか?」だったのだが、それもどうやら完全なるアトランダムという事らしい。
「最後の質問だ。ルールってヤツはメールでないと作れないのか?」
「いいえ、そんな事無いわよ。最初は手紙だったし、真崎君とやらはメールが得意みたいだからメールにしたの。アンタはどうする?」
驚いた。まさか今から聞かれるとは思わなかった。そういう事は私の元に来る前に決定している物だと思い込んでいた。
前例がある物だと見つかるリスクがあるからな。こちらから指定できるのは有り難い。
「では――『声』にして貰おうか。私がルールとなる文言を発声したらそれを適用する様にしてくれ。証拠が残る物は避けたいからな」
「あいよー。そんじゃあチャームはこんな形かな。えいっ!」
眷属が私の首元に指を突きつける。瞬間、首元が薄く輝いたと思えば、光が収まると同時に小さなネックレスが首に巻きついていた。ご丁寧に、目立たない様に細い紐で長めのネックレスになっている。派手な装飾も一切無しのつまらない一品だ。
「――完璧だ」
「でしょー。目立つ形にするとブーブー文句言われると思ったから、最大限の配慮よ。それじゃあそのチャームを与えた瞬間、つまり今日から三か月がお試し期間って事で。よろぴくー」
眷属は自分の目の前でピースサインを作りながら言う。正直うっとおしいが、見なかった事にして精神を落ち着かせた。
それにしても、「チャーム」か。いいネーミングセンスだな。大方真崎定理は護符やお守りと言った意味だと思ったのだろう。もちろんその側面もあるが、チャームと言う英単語には他にも「呪い」という意味がある。ルールを作らなきゃ殺すだなんて、まったく呪いとしか言いようがないだろう。
屋上からの景色を見下ろしながら考える。
さて、最初に作るルールはどんなものにしようか。どうすれば、私はあの神狩を差し置いて昇進できるだろうか。
三か月の間に可能な限りの地位を会得して、無難なルールを作りこの呪いから解放されるのが目標だ。そうすれば力を失った後も盤石な人生を歩むことが出来る。
私なら出来る。私が今まで爪を隠して神狩の下に付いていたのは、こういうチャンスを待っていたからだ。
まさかこんな形でチャンスが巡って来るとは夢にも思わなかったが、どうあれコレを生かさない手は無いだろう。
警察に所属していれば、捜査の状況を確認することも出来る。警察の人間を操って捜査を攪乱することも出来る。
完璧だ。何の不安要素も無い。
私は最初のルールを頭の中で纏め上げ、声量を抑えて声を発する。
「良く聞け眷属。私が最初に作るルールは――」
神様のルール 砂竹洋 @sunatake
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