食い逃げ天使と集め屋の少女たち
だれかの記憶を集める仕事。なんて素敵なんだろう。大切にしなくちゃ。
「――――ここで働かせてくださいッッッ!!!!」
まさかこのセリフを言う日が来るとは……。こんな展開、映画や漫画の世界だけだと思ってた。でもそっか、ここはそ・う・い・う・世界なのか。そういう、ドラマチックな世界なのか。
ナスナは唖然としていて「……な、な、な、」と言葉を失っている。アオナさんは「まあ」と、呆然と。そしてイトエさんは少しキツイ声色で「働くって、具体的にはどうしようって言うんだい?」と尋ねた。
わたしは床に頭を擦り付けたまま、出せる限りの声で答えた。
「集め屋として、ナスナと一緒に働きたいですッ! お給料は無くていいですッ!! 料理は下手っぴだけど練習しますッ!! 掃除もッ! 洗濯もッ!! だから、……ここに居させてくださいッッ!! ヒカリ屋で、まだまだみんなといたいんですッ!!」
床にぶつかって返る声を聞いて、わたしは、わたしが本当にしたいことを知った。今までぼんやりとしていたこれからのことが、そのとき、しっかりとした形を持って、わたしの心に居場所を持った。……わたしは、ここにいたかったんだ。ここでナスナと、アオナさんと、イトエさんと、もう少しだけそばにいたかったんだ。もっともっと、笑っていたかったんだ。
「……お願いしますッッ!!!」
わたしは精一杯の声で頼み込んだ。
ナスナは「ば、バカじゃないのッ」と慌てている。反対派か、……まあ予想はしてたけど。アオナさんは困った様子でイトエさんを見ている。
そしてイトエさんは、――――。
「顔を上げな」
……わたしはゆっくりと、恐る恐る、顔を上げる。
イトエさんは、――優しく微笑んでいた。
「……コトコ、今日からお前はヒカリ屋の一員だ。家族だ。勝手にどっかへ行くなんて許さないからね」
――――ッッ!!!
その言葉に、わたしの顔は驚くほどパッと明るくなった。緊張が解け、不安が飛んで、笑顔が溢れた。
「あ、あ、あ、……ありがとうございますッッッ!!!」
わたしはもう一度、深々と頭を下げた。……一員。家族。嬉しい言葉がいっぱいあった。思わずニヤけてしまう。
「イ、イトエさんッ!!」
ナスナは慌てている。そりゃそうだ。内心、これからもわたしと過ごせることに喜びが隠せないのだろう。可愛いヤツめ。
「空き部屋はないから、ナスナ、あんたの部屋を半分――」
ナスナは全力で首を横に振った。……ねえ、さすがに傷つくよ?
「こ、こいつうるさいし、寝相悪いし、よく食うし、バカだから嫌ッッ」
わたしの心は4000のダメージ。……ぐぬぬ、言わせておけばぁ…………。
イトエさんはため息を吐いた。
「困ったね。……コトコ、まずはナスナと仲良くなるところから始めな。お前の最初の仕事だよ」
……それは、最初からなかなかの無理難題を…………。
わたしがナスナの方を向くと、ナスナはぷいっと顔を背けた。わたしが「むぅ」と頬を膨らませても見向きもしない。よくよく考えればあのイトエさんが大好きで大好きでどうしようもないナスナが、イトエさんの考えを否定するぐらいにわたしは拒絶されたのだ。溝は深い、デカい。
……はぁ。先が思いやられるなぁ。
わたしがげんなりしている間に、アオナさんはなにやら一度自室へ戻り、小さな袋を持って戻ってきた。
「あ、えっと、……コトちゃん、」
思わずドキッとした。きゅんとした。……コ、コトちゃんッ!?
「これからはコトちゃんって呼びますね」
なにこの破壊力。ナスナは「ナスちゃん」と呼ばれるの嫌がってたけど、そんなの贅沢だよッ!! こんなの、何回だって聞きたいよッ!! ……も、もう一回言って…………。
「……これ、作ったので使ってください」
て、て、て、……手作りッッッ!?
わたしの心拍数はさらに上昇する。落ち着け、落ち着け、落ち着け心臓。
渡されたのはオレンジ色の巾着袋。お花の刺繍ししゅうが施ほどこされていて、その完成度の高さに本当に手作りなのかと疑うほど。
「……その、……ガラス玉、失くしてしまっては大変ですから」
……そっか。割れたガラス玉のために作ってくれたのか。優しいな。本当に。
わたしはありがたく受け取った。
「ありがとうございますッ」
するとアオナさんはなにやら険しい顔を見せた。わたしが不思議そうに見つめると「私が言うのもなんですが、敬語はやめてください。コトちゃんもナスちゃんみたいにもっとラフに接してくれていいんですよ?」と言った。その言葉がなんだかアオナさんまでわたしを家族に迎え入れてくれたような気がして、胸の奥がじわり熱くなって、わたしは笑顔で返した。
「じゃあ、うん、……ありがとうッ。大事にするね、アオナさんッッ!」
アオナさんはニコリと笑った。
「私はまだ認めてないからね」
背後から憎悪まみれの声が聞こえたけど、気にしない。ナスナにもきっと認めてもらう。わたしは今日からきみの家族なんだよ、って。
みんなで朝ごはんを食べて、(その間もナスナは冷たかったけど)、やっぱり、同じ時間に同じごはんを食べれるというのは幸せなことだな、と実感。それが美女の作った絶品料理なら尚更だ。
わたしはアオナさんがくれた巾着袋にガラス玉の破片たちを大事に仕舞って、首から下げた。片時も離れてやるもんか、と。アオナさんもわたしが早速使ったからか、すごく嬉しそうな顔をした。
「食べ終わったら、ナスナに集め屋の仕事を教えてもらいな。ナスナ、よろしく頼むよ?」
ナスナは一瞬モノ凄く嫌そうな表情を浮かべたが、イトエさんの頼みなら仕方ない、と渋々頷いた。
……もう、そんなに嫌がらなくたっていいじゃん。拗ねちゃうよ。
食べ終わって、部屋に戻って外に出る支度をする。いつもの大きなショルダーバッグに道具やらなにやらを詰め込んでいるナスナ。わたしもその後ろで貸してもらったリュックサックにガラス玉を入れるための透明な箱を詰めていく。
無言で手を動かしていると、ナスナが落ち着いた声で「聞いてもいい?」と言ってきた。わたしは「なに?」とナスナの方を向く。ナスナは背中を向けたまま話し出した。
「……ガラス玉、……割れちゃったでしょ。……これからどうするの?」
「どうするって?」
「……だから…………」
言葉に詰まった。詰まらせた。これはちょっと意地悪だったか、とわたしは反省する。
「……わかんないよ。……昨日までは、明日のことだってわからなかったのに」
――そうだ。
昨日、きっと、ナスナがいなかったら、わたしはいまここにいない。どこか遠くへ逃げて、やるせない日々を送っていたのだと思う。だけどナスナがいてくれたから、……言ってくれたから――。
――――でも、明日もし、またいつものように笑ってるなら、そのときはそばにいてあげる。そばにいて、またいつものようにいじわるしてあげる。
――わたしは前に進むと、そう決めたんだ。約束したんだ。
「……とりあえず頑張ってみる。どうすればいいかなんてわからないけど、……わたし、諦めてないから」
わたしの言葉にナスナは一瞬、その小さな体をビクッとさせて、それからゆっくりと振り向いた。振り向いて、目があった。わたしがにっこり微笑むと、ナスナは目を逸らして居心地の悪そうな顔をした。
靴紐を結び、トントンと地面につま先を叩きつける。それからアオナさんに目一杯の笑顔で「いってきますッ」と伝えて、ヒカリ屋から飛び出した。
今日も快晴。雲ひとつない青空だ。
カモメたちが泳ぐ青も、ヤドカリが潜る白も、蟻たちが歩む灰色も、いつも通り世界を彩っている。思わず深呼吸してしまうような光景は、どれだけ経っても日常になることがない。……綺麗だなぁ。
「ほら、早く行くよ」
前を行くポニーテールに続く。相変わらず素っ気ない。……まあいいけど。わたし決めたんだ。集め屋として大活躍して、いつかナスナに尊敬してもらうって。
「コ、コトコさんッッ!! 一生ついていきますッッッ!!!!」
「うむうむ、苦しゅうない」
――こんな感じに。
「なんかバカなこと考えてるでしょ?」
ナスナが振り返り、そう言った。わたしは「か、考えてないよッ!!」と誤魔化した。……意外と鋭いなぁ。気をつけよ、と。
今日は西の方へ行くみたい。どうやら西には凄腕の集め屋がいるらしく、未回収のガラス玉がある可能性はほぼゼロに近いと言う。だけど仕事を教えるには向いていると言って、いま、わたしの前をせっせと歩いている。一応、集め屋としての仲間入りはできたのだろうか。
歩き始めて早10分。紅葉した木々が見下ろす並木道を通る。赤と黄色の絨毯が踏むとくしゃくしゃ音を立てて気持ち良く、ついつい大げさに足踏みしてしまう。風が吹くと手のひらの形をした葉が枝の先から溢こぼれて、わたしの頭にピタリと張り付いた。
「見て見てナスナ、髪飾り。いいでしょ」
「遠足に来たんじゃないんだけど」
……辛辣だなぁ。そんなんじゃモテないぞぉ。
しばらく歩くと、少しずつ辺りが賑やかになってきて、キラキラしたガラス細工や道行く人たちのおめかしに華やいだ気持ちになる。なんてハイセンスな町なんだ……。
「ねえ、あれなにッ!!」
ショーケースに並ぶ七色のガラスでできた装飾品の数々にわたしは目を輝かせる。仕方ないよ、こんな綺麗なモノ見たことないッ!!
「ちょっと、ふらふらしないで」
ナスナの言葉をよそに、わたしは彼方此方へ走り回った。秋色に染まった町は昨日までと全然違くて、暖かい雰囲気が包み込んでいる。それがすごく素敵で、ついついはしゃいでしまう。
「ナスナも見てごらんよ。すごいよ。感動だよッ!!」
イチョウの葉が模してあるペンダントが可愛くて「これ買ってー」とねだってみたがナスナはそんなわたしの襟元を引っ張って、無理やり歩かせた。
「痛い痛い痛い痛い……」
「調子に乗らないで。働いて」
……働くもなにも、ガラス玉全然落ちてないし…………。
わたしがいじけているとナスナは「クソガキ」と悪態を吐いてきた。いやいやいやいや、口悪すぎるでしょッ!! びっくりするわッッ!!!
「いい? コトコみたいに注意力散漫だとガラス玉を見落とすかもしれないでしょ。そしたらイトエさんに褒めてもらえないでしょ。それは困るでしょ。だからちゃんとして」
……なんじゃそりゃ。結局ナスナはイトエさんか…………。
ほんと、掴めないヤツ。
わたしはふと、自分がナスナのほとんどを知らないことに気がついた。もちろん、チビで毒舌家で猫舌で、髪のお手入れが上手いことが取り柄の、イトエさん愛好家だってことは知ってるけど、それ以外は、……。
……あれ? わたしとナスナって、どうしてこんなに仲悪いんだっけ?
わたしは前で揺れているポニーテールを見つめる。なんだかそれがすごく懐かしいモノに感じて、心の隅が騒つく。なんだろう、この感じ。すごく切なくて、思わず震えてしまうような――。
「……コトコ。……コトコってば。……ねえ、聞いてる?」
「……え、あ、なに? ……ごめん、ぼうっとしてた」
虚ろな目が覚めて、ぼんやりとしていた視界が怪訝そうなナスナを映し出す。どうやらずっと名前を呼ばれていたようだ。
ナスナはため息を吐いた。
「まったく。……そこを見て」
……ん?
指のさす方を向く。――と、建物と建物の間、路地にひとつ、光るモノが落ちていた。
「――――ガラス玉だッッ!!!」
わたしはすぐさま駆け出した。やった、やった、やっと見つけたッッ!!
砂利を被って少し汚れているが確かな光を放っているガラス玉。わたしは落とさないようにしっかりと持ち上げた。
「そしたら持ってきた箱に仕舞って。気をつけてよね、壊れやすいんだから。――わかってるとは思うけど」
ナスナの指示通り、わたしは透明な箱の中にガラス玉を仕舞った。手が滑らないようにじっくり時間をかけて。
……ふう。これで回収完了。
想像の何倍も緊張した。ナスナはいつもこんなことをあんな澄ました顔でやっていたのか。わたしはひとつだけでも汗びっしょりだよ。
――ぐうううううぅぅぅぅぅ〜〜〜〜ッッッ!!!
「……うう、働いたらお腹へった…………」
「そんな大したことやってないじゃん」
「初仕事なんだもん。緊張するよッ」
わたしが「お腹へったぁッ!!」と駄々っ子を発揮するとナスナは諦めたようで「早めの昼食ね」と知り合いがやっているらしいレストランに案内してくれるみたい。わたしは上機嫌になって鼻歌を歌いながらナスナの後に続く。
随分と大きなレストランだった。話によると『キオク屋』という万華鏡を取り扱ったお店が経営しているレストランらしい。レストランの他にも洋服店や家具店なんかも一緒に営業していて、この町で一番大きく、知らない人はいないのだという。……まあ、わたしは知らなかったけどね。ヒカリ屋の方が10000倍は素敵だと思うけどね。敵視なんかしてないけどね。
これは視察。他のお店がどんなもんか視察するだけ。別にどうってことないんだから。ヒカリ屋が負けるわけないんだから。
さあさあ、わたしが品定めしてやろうじゃありませんか。ごめんくださーい、――――。
……。
…………。
…………うわぁ。
レストランの内装を見て、わたしは言葉を失った。
まるで不思議の国に迷い込んだみたい。それとも魔法の世界かな。
大部分はレストランなのだが、小さな市場のようなモノがあって、そこで洋服やアクセサリー、その他もろもろが売られている。とにかくオシャレでわたしなんかじゃ手が出せないような品々だ。……なんてこったぁ…………。
木造だから森の匂いがして、3階まで吹き抜けだからすごく広々とした空間。天井はステンドグラスで覆われていて、赤ずきんや白雪姫など、おとぎ話のヒロインたちがデザインされている。
「ナ、ナスナ、なにここッ!! すごいッッ!! すごすぎるよッッ!!!」
心臓から全身へ、熱が送られてくる。わたしはぴょんぴょんと跳ねながらこの感動を必死にナスナに伝えようとした。
「興奮しすぎ。落ち着いて。……それと、恥ずかしいから跳ねるのやめて」
やめてと言われましても、……足が勝手に動いちゃう。
「興奮もするよッ!! そりゃそうだよッッ!!! ここは女の子の憧れの世界だよッッ!!!!」
わたしが目をキラッキラッに輝かせているとナスナは呆れて「いいから座って」とテーブルについた。冷たいなぁ。
美人な店員さんがメニューを置いてくれて、わたしはそれをまじまじと眺める。……ぐぬ、……どれも美味しそう……。アオナさんの料理が家庭的な温かさを帯びているとしたら、ここの料理は高級店の輝きだ。……ダメだ、緊張でメニューを持つ手が震えてきた……。
「決まった?」
「待って。汗が滲んで文字が読めない」
「なにしてんの」
「こんなお店来たことなくて……」
「普通のレストランだよ」
わたしがおどおどびくびくしているうちにナスナはなにを注文するか決めてしまったみたい。……予想はできるけど。
「パフェにする。……それからプリンアラモード」
……わたしには違いがよくわからなかった。
えっとえっと、どうしよう……。どれも美味しそうだよぉ……。
「早くしてよ。メニュー見てたら私もお腹へっちゃった」
急かさないでよぉ。……えー、全部頼んだら怒られるかなぁ…………?
うーん……、うーん……、うーん…………。
わたしが優柔不断をこの上なく発揮していると、なにやら、店の外から騒がしい声が聞こえてきた。なんだろう? わたしたちは扉の方へ目を向ける。
――と、店員ふたりが女の子を連れてやって来た。
――女の子の腕をそれぞれ抑えて、逃げられないようにして戻って来た。
……あれ? というかあの子――。
「店長、コイツ食い逃げしようとしたッ! 逮捕よ逮捕ッッ!!」
店員のひとり――、ツインテールの少女がぷんすかぷんすか腹を立ててそう言った。吊り上がった目は威圧的な表情を醸し出していて、彼女の鋭い声に女の子はびくついている。言葉が強くなればなるほど白く覗く八重歯が少しばかり幼くて可愛らしいのが唯一の救いだ。……そして、忘れちゃいけないのが、レストランのぴっちりした制服からもわかる胸元のライン、……此奴こやつ、なかなかのモノを持っておる。わたしが負けている、……だと。
「ボクはまずこの子から話を聴きたい。多分、並々ならない事情を抱えてる。そんな気がする」
次にもうひとりの店員――、天然パーマっぽいウェーブのかかった髪が特徴的な少女、……少女だよね? ボーイッシュな見た目と喋り方は、一瞬どっちかわからなくなるほどだった。じとーっとしたやる気のない目は、その奥にわたしが想像もできないようなすごいことを考えている気がして目を凝らしてしまう。身長は先の少女より低く、体のラインもナスナと同じで控えめで――――。
――痛ッッ。
ナスナに脛すねを蹴られた。
「失礼なこと考えてたでしょ」
「か、考えてないッッ!!!!」
……心を読まないで。怖い。
店員ふたりに縛られて身動きがとれなくなっている女の子。店長は困った表情を浮かべていて、「きみ、名前は?」と優しく尋ねた。
「……シーナ…………」
そのか細い声と、切なそうな横顔が、わたしの数少ない記憶と合致した。
「ねえナスナ、あの子って前に喫茶店で――」
「……ん? どこかで会った?」
ナスナは覚えていないみたいだけど、わたしは鮮明に覚えている。数日前、喫茶店で出逢った女の子だ。天使みたいな容姿なのにやけにボロボロな服装をしていて、確かそのときも食い逃げをして、わたしはその一部始終を目撃したんだ。……そっか、またやっちゃったのか……。
「ごめんなさいッ! もうしないからッッ!! 許して!! シーナ、お金持ってなくて……、だからこうするしかなくてッ!! ごめんなさいッッ!!!」
女の子は必死で謝っている。舌足らずな声が幼さを加速させる。
「許しちゃダメよ、店長。罰はきっちり受けてもらいましょッ!!」
「そんなぁ……」
「ボクはもっと詳しく尋問するべきだと思う。罰を科すならそれからでいい」
「お、お願い、……許してッ…………」
ふたりの店員に怯えた様子を見せるシーナちゃん。店長は「えぇ……、こういうときどうしたらいいのかなぁ……」と頼りにならない。
次第にシーナちゃんの目がうるうるしてきて、今にも溢れそうになった。
「ちょ、ちょっとッ!! 泣き落としなんてズルいわよッ!! そんなことしたって許さないんだからねッ!」
「……うぅ…………」
「ボクは涙に弱い。だからどうか、……泣かないでおくれ」
「……うぅぅ…………ッッ」
それぞれ、シーナちゃんの幼い表情に翻弄されている様子。言葉に若干の焦りが感じ取れる。
「……シ、シーナ、……お腹空いてて……、お金ないからダメだってわかってたんだけど……、美味しそうで我慢できなくなって……、それで……、それで…………ッッ」
シーナちゃんは大粒の涙を流しながら喋った。ポタポタと床に落ちる涙が模様をつくる。
段々と他のお客さんたちの視線もシーナちゃんたちに集まっていった。皆、心配そうな表情で彼女たちのことを見つめている。
「な、なによッ! アタシたちが悪者みたいじゃないッッ! やめてよッッ!!」
「ほら、泣かないで……、いい子だから…………」
……うん。
……なんだかもう、みんな可哀想になってきた。
わたしは見ていられなくなって席を立つ。ナスナは「ちょっと、なにするつもり?」と慌てている。まあまあ、見ときなさい。コトコさんがすべてまるっと治めてみせるから。
「……ねえ、…………」
声をかけると一同はわたしに視線を集中させた。シーナちゃんはもちろん、なぜかツインテール店員も泣きそうな顔になっていて、居た堪れない気持ちになる。
「な、なによあんた……」
「あ、えっと、わたしはヒカリ屋のコトコッ!!」
「……ヒカリ屋?」
「……コトコ?」
ふたりの店員は顔を見合わせ首を傾げた。
「……その、……シーナちゃん、大丈夫?」
わたしがシーナちゃんと目を合わせると、彼女はうるうると泳いだ瞳をして「……乱暴しないで」と呟いた。
「し、しないよッ。乱暴なんてッッ」
……どうして、そんなこと思ったんだろう?
「あんた、この子の保護者?」
「ち、違うけど、……でもなんか見ていられなくなったからッ!」
「なにそれ、部外者は黙ってなさいよッッ!!」
「ぶ、部外者じゃないもんッ! ずっと見てたもんッッ!!」
わたしは頬を膨らませ反論した。……やはり、ツインテール店員は少しキツめな少女だ。
するとナスナが、仕方ないな、とため息を吐きながらやって来て、わたしたちの間に入った。仲介してくれるのだろうか。
「あ、ナスナじゃないッ! なに、アタシと勝負しに来たの?」
……しょ、勝負?
ツインテール店員は敵意剥き出しの目でナスナを睨んだ。
「相変わらずだね、セイラ。私は勝負する気なんてないけど」
ナスナはいつも通り冷めた目でツインテール店員、――セイラというらしい、を睨み返した。
……というかふたり、知り合いなの?
「ナ、ナスナ、……一体どういう…………?」
「ああ、さっき言ったでしょ? 凄腕の集め屋がいるって。……それがこのふたり、セイラとミクノ――」
セイラは鼻を鳴らし、天然パーマ店員ことミクノは小さく頷いた。
「そうなんだ。……なんか、あんまり凄そうに見えないね」
わたしが何気なく言った一言がセイラの気に障ったらしく「会って早々失礼なヤツねッ!!」とほっぺたを全力でつねられた。……痛い痛い痛い痛い。
「コトコって言ったよね? ……もしかして、ユウキを知ってる?」
ミクノはそんなことを聞いてきた。
「ユウキ、……ユウキさんのこと?」
以前、置き去りにされていた赤ん坊を助けたときに出逢った女性だ。とても美人で、ちょっぴりおっちょこちょいな優しい人。
「やっぱりか。……ユウキから話は聞いているよ。あのときはどうもありがとう」
「あ、いや、全然だよッッ!!」
そっか、ユウキさんの知り合いなのか。なら悪い人じゃなさそうだねッ!
「ボクはミクノ。よろしくね」
「うんッ! よろしくッッ!!」
ミクノはセイラと違って、割と話のわかる人らしい。わたしたちはぎゅっと握手を交わした。
「ナスナ、こいつなんなのよッ?」
セイラは不機嫌そうな顔でわたしを見た。こいつじゃないもん、コトコだもん。
「……あー、えっと、…………」
ナスナは言葉を詰まらせ、終いには「知らない。だれだろ?」と。
「ちょっとッッ!! ひどいよ、ナスナッッ!!!」
「私はまだコトコのこと認めてないし」
「なんでッ! いいじゃんッッ! わたしも今日からヒカリ屋の一員だって、イトエさん言ってくれたじゃんッッ!! ナスナが大好きなイトエさんが言ってくれたじゃんッッ!!!」
「うっ…………」
イトエさんという強力なワードにナスナは怯んだ様子。嫌々、セイラとミクノにわたしのことを紹介してくれた。セイラも「ふーん」と納得したみたいで、「じゃあアタシたちはライバルってことね」と言った。
「……ライバル?」
「そうよッ! アタシたちとナスナは、それはもう数多くの困難をともにしたライバルなんだからッッ!! だからあんたも、今日からアタシたちのライバルよッッ!!」
「私は無理やり付き合わされただけだけどね」
「なッッ! アタシより多くガラス玉集めといて、……なに、アタシのことは眼中にもないってことッ!?」
わたしが耳打ちでナスナに「面倒くさそうだね」と言うと、そのときばかりはナスナも「うん、だいぶね」と同意した。
「ちょっとミクノッッ!! あんたはどう思うのッ? アタシとナスナはれっきとしたライバルよねッッ?」
「ボクはセイラに従うだけだから」
「あ〜〜〜〜もう、むしゃくしゃするッッ!! あんたはどう思うのッッ!!!」
――と、いよいよセイラは関係のないシーナちゃんにまで問いかけた。わたしが言うのもなんだけど、直情型すぎるよ、この子……。
「……えっと、…………」
シーナちゃんは困った表情を浮かべた。そりゃそうだ。可哀想だよ。
セイラが強烈な視線を送る中、シーナちゃんは目を泳がせている。泳がせて、そして口を開く――。
「……ねえ、お姉ちゃんたち集め屋なの?」
シーナちゃんが目の下と鼻の頭を真っ赤にしながら尋ねた。
「ちょ、ちょっとッッ!! あんたまで違うって言うのッッ!! アタシたちは……、アタシたちは……、ライバルでしょ……?」
やがて、セイラの瞳に涙が浮かんできた。……えぇぇ、泣かないでよ…………。
「ミクノ、セイラをどうにかして」
「わかった」
ナスナの指示でミクノはセイラの背中をさすりながら「ほらほら、大丈夫だよー。ボクが付いてるからねー」とあやし始めた。セイラは「ミクノぉぉぉ〜〜〜〜ッ!」と泣きついた。
……まあ、とりあえずあのふたりはほっといて――。
「うん、そうだよぉ。わたしはまだまだ見習いだけどね」
シーナちゃんと同じ目の高さになるように屈みながら、そう言った。
するとシーナちゃんはすごく真剣な表情になって、そしてこんなことを告げた。
「――じゃ、じゃあ、シーナのガラス玉を助けてッッ!!!」
その言葉に、わたしも、ナスナも、……セイラとミクノも、動きを止めた。
「……た、助けるって?」
ナスナたちもシーナちゃんのそばに寄る。集め屋としての本能なのかもしれない。
そしてやがて、シーナちゃんは自分の身に起こった出来事をひとつひとつ説明し始めた。
その幼い体が背負うにはあまりにも大きな傷に、わたしたちは言葉を失った。
かれいどすこーぷ! サチ @zaqtruenanoripe
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