ラブソングは聞こえない

一ノ瀬

第53回 Tw300字SS企画作品

 「――御卒業おめでとうございます」

 後ろの建物から聞こえてくる祝辞を聞きたくなくてイヤホンで耳を塞ぐ。

 彼女が好きだと言っていた音楽で両耳が満たされていき、感傷的な歌詞が僕の気持ちに寄り添ってくる。

 曲に身を任せ、感傷に浸っていると、片側の音が遠ざかって行くのを感じた。

 「……こんなところにいたんだ」

 「どうして、先輩がここに……」

 音の遠ざかる方に目をやると、イヤホンを手にした先輩がいる。

 「君に祝福されない卒業式なんて、私には何の価値もない」

 彼女は手にしたイヤホンを自分の耳に当てると、

 「私、この曲も君のことも好き」

 と、呟いた。

 身体の奥で痛みを伴いながら、雑音が流れ始める。

 ――もうラブソングは聞こえない。

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ラブソングは聞こえない 一ノ瀬 @Aki_itinose

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