第八小節 力を合わせて


「間違いない。やっぱりそうだ。でも、学級のみんなは校舎の方に避難していたんじゃ……?」

「私もよくは判らないけど、さっきコレットに避難するのを助けてもらった、逃げ遅れた子たちが、他のみんなに呼び掛けてくれたのかもしれないね」

「エフェスの考え通りなのかも。私がこうして力になれるくらいだから、みんなの力を合わせればきっとすごいはずだもの」

「ふふ……そうか、なるほどね」


 ボクはつい最近までずっと一人で行動してきたために、誰かと協力して何かをすることについては、術と術とを重ね合わせて発動する協奏術ユニゾンなどを除いて、自分の頭に描いていた考えを乱されたり、他人に足を引っ張られたりすることで、かえって不利益を生むのではと思っていた。


 もちろんメルたちやシャル姉さまと接するようになってからは、誰かと協調することに多少の価値を見い出せた気がしたものの、それでもやはり気付けば単独での行動を選択している自分が居て、エフェスがそんなボクの在り様を見ては、強引に人の輪の中に引っ張っていった。


 ただ、こうしてエフェスやコレットとのやり取りを通じて、ボクはこれまでの自分が知らなかった世界や感覚を知って、誰かと交わることで初めて得られるものがあるということが分かった。


 そして今、ボクはエフェスやコレットに助けられ、さらにそんなコレットが助けた子たちが巡り巡って今度はボクたちに力を貸してくれている。ボクやエフェスを創造した人間たちは、己の野望のために生命を弄んでいたけれど、やはりメルたちがそうであったように人というものは存外、捨てたものじゃないのかも知れない。


 ボクはもうさだめを受け容れたというのに、人というものを知りたいという気持ちがますます強くなって、このままでは止まることに対する極めて強い抵抗感……人でいうところの、死への恐怖を感じてしまいそうだった。


「それでエセル、あの封印するための石はどうなったの?」

「相手に打ち込みはしたけど何かに強く阻まれて、あと一歩押し込みが足りなかったんだ。だからもう一度あの場所に行って、力を加えないといけない。でも……」

「うん。相手はきっとさっきのことで物凄く警戒しているみたい。ほら、ああして尾が集まって、魔核がある周辺を特に固く守っているもの」


 相手は弱点となる魔核に刺激を加えられたことで防衛本能が働いたのか、尾をその周辺に集めて防御を固めている様子。このままでは何か強い突破力がある一撃を与えない限りは、目標地点に到達することはまず不可能であるように思える。


「あの地点に一気に到達出来て、なおかつ既に打ち込んだ水皇石を破壊することなく、尾の妨害だけを退けられるような、何か良い手立ては……」


 ――ここは一気に……いや、ボク一人では難しい。なら二人でやれば……駄目だ、それでもきっとまだ足りない。でも今は三人居るのだから……そうか、この方法ならあるいは……!


「ねぇ、向こう側からの攻撃が段々効かなくなってきてない……? このままだとあいつに上陸されて、島中が滅茶苦茶にされちゃう!」

「焦っちゃだめだよ、エフェス。ここは何とか良い方法を考えなくちゃ……!」

「それは分かってるけど、敵の攻撃が激しくなるばっかりで、ゆっくり考えていられるような余裕はもう――」

「……エフェス、コレット。ちょっと考えたんだけど、聞いてくれるかな?」

「エセル? ひょっとして何か良い手が浮かんだの?」

「はっきり言って、上手くいくかどうかは完全な賭けだけれど……まず二人には、お互いの力を合わせた集束流を思いきり撃ち放って欲しいんだ」

「私とレティの二人で集束流を? 狙うのは魔核があるところだよね?」

「狙いは……ボクの背中に向けて、だよ」

「エセルの背中に向けて撃つのかぁ。それで……って、は? エセル、こんな大変な時に何くだらない冗談言ってんの? さすがの私でも笑えないよ、そんなの」

「……話は最後まで聞くものだよ、エフェス。えっと、ボクの考えはね――」


 それからボクの説明を聞いたエフェスは、かなりいぶかった表情を浮かべながらも小さく頷いた上で、その考えに対して渋々了承の意を示した。

 またコレットも明らかに憂いを帯びた顔をしているものの、ボクを信じるということで協力に応じてくれた。


「エセル。本当に、後ろから思いっきり撃つんだよね……?」

「そう。手加減は一切なしで。ただ集束密度だけ調整してくれれば大丈夫だよ」

「だけどもし私が集束の加減を誤ったら、エセルは……」

「コレットはボクを信じてくれたんだろう? だったらボクもコレットのこと、信じるよ。もちろん、エフェスもね。だから、きっと大丈夫。上手く、いくさ」


 それは何の根拠も保証もない、実に無責任な言葉。

 止まることを受け容れたボクだからこそ、言えたのかもしれない。

 ただボクは、この二人になら安心して背中を預けられる、そんな気がした。


「よし……それじゃ行くよ、レティ!」

「うん! 絶対に上手く、やってみせる……!」


 ――コレット、君を信じたボクと、ボクが信じた君自身をどうか信じて。

 君になら必ず出来るよ。さっきだって見事にやって見せたのだから。

 人の可能性はきっと無限大。ならボクはその可能性に賭けてみる。


 間もなく両手に膨大な魔素を集約させたエフェスとコレットは、敵の攻撃を巧みに躱しながら宙を蹴って上空へと駆け上がり、そのままボクの真上に陣取ると、二人して目を見合わせながら、来たるべき時機を見定めたようだった。


「せぇ……のっ! 心奏共鳴カリタス・コンセンティオーニス!」


 その瞬間、頭上から太陽が現れたかのように赫耀かくやくとした閃光が煌き、時を移さずして音よりも速くボクの方へと殺到した。


開放アペルタ!」


 ボクは直撃を受ける寸でのところで背部に魔導障壁を最大出力で展開し、その降り注ぐ光の圧のみを利用して、大気を穿つような速さで宙を下った。

 そうして目標地点の近くまで一気に距離を詰めると同時に、流入した魔素による刺激で、背面の障壁に刻んでおいた魔紋ロガエスが目覚めた。


「さぁ受け取れ! 太陽の祝福ソル・ベネディクティオ!」


 魔導障壁は、ボクが仕込んだ魔紋により、エフェスたちから発せられた集束流そのものをおのが術の糧として転用する魔導陣サークルへとその姿を変え、其処からおびただしい数を誇る光のつるぎを生み出し、ボクの行く道を塞がんとする障害物の群れを悉く断ち切った。


「はぁあぁぁああぁっ!」


 もはや一切の邪魔者は無く、ただ魔核がある一点へと腕を伸ばしたボクは、まだ魔核の表層部に留まっていた水皇石に触れたと同時にそのまま奥の方へと押し込み、さらに自身の魔素を流し込んで、その石に施されていた魔紋に火を燈した。


起紋イグニス!」


 ボクが起動したのはおそらく、オデット先生たちが新たに付け加えた魔紋。そして今度はそれらが水皇石の内部にもともと刻まれていた太古の魔紋を再び覚醒させ、百頭竜が持つ魔核の活動を封じると共に、その巨躯を他の魔晶石と共に形成した亜空間結界内に閉じ込める光を放った。


 そしてボクはその結界に誤って巻き込まれないよう、水皇石が魔核と同化した際に生じた光の圧を利用して一気に上空へと舞い上がり、そのままエフェスたちが居る方へと駆け寄っていった。


「やったね、エセル! どうやら上手くいったみたいだよ!」

「はぁ……はぁ……ほら、ボクが言った通り……だったでしょ?」

「お疲れさま、エセル! 私、エセルがあの結界の光に巻き込まれちゃったんじゃないかって心配したよ……」

「ほんとだよ! 私とコレットにこんないっぱい心配をかけて、このぉ!」

「いったぁ……! そんなに強く背中を叩かないでよエフェス! 全くもう……」

「ね、二人とも見て? あの結界を形作る光が、他のみんなが放った複合魔素の光弾も糧にして、七色に煌きながら百頭竜の身体を呑み込んでいくわ……」


 ボクに水皇石を打ち込まれた百頭竜は、実におどろおどろしい咆哮で空を震わせながら最後の抵抗を見せていたものの、やがて内側から止めどなく溢れてくる光の渦へと完全に呑み込まれ、やがてその輝きはボクたちの両腕で抱えられるほどの光球へと姿を変えていった。


 百頭竜の巨躯が見えなくなって間もなく、空を埋め尽くすように棚雲っていた暗雲が大きく裂けて、その切れ間が刻々と拡がっていき、気付けば空はもとの抜けるような青を取り戻し、果てしなく続く水面を再び美しく煌かせ始めた。


「……終わったね、エセル」

「うん。今回ばかりは……皆で力を合わせたからこそ出来たこと、だと思ったよ。何というかその、協力っていうのも、思ったより悪くないかもね」

「レティ、今の聞いた? あんなに協調性を見せなかったエセルがこんなこと言ってるよ! いやぁ、本当に今からでもまた空が曇り出して雨が……あいたっ!」

「一言多いのは変わらないな、やっぱり」

「ふっふふふ。二人の仲がいいのも、ね。さぁ、みんなのところに行こっか?」


 そしてボクは百頭竜を呑み込んだ水皇石を回収し、オデット先生や学級の子たちが待つ砂浜の方へと向かった。なおこのままでは封印の維持に問題があるため、石はオデット先生に引き渡し、最終的な処理を任せることにした。


「……お疲れさまエセル、エフェス、それからコレットも。三人とも最後まで本当によくやってくれたわね」

「ボクだけじゃ到底無理だったと思います。でも先生の援護やここに集まってくれた皆の協力もありましたし、何より……この二人のこと、信じていましたから」

「上手くいって本当に良かったよ。まぁエセルが自分を後ろから撃て、だなんて急に言い出した時は心底驚いたけど。ねぇ、レティ?」

「うん。失敗したらどうしようって、ほんと気が気じゃなかったよ……でも、エセルが私を信じるって言ってくれたから、何とか最後まで落ち着いて頑張れたんだ」

「ふふ……ともあれ、三人とも無事で何よりよ。石のことは私に任せて、ゆっくり休んで頂戴。もっとも……この場からは中々離れられないと思うけど、ね」

「え? それってどういう――」


 オデット先生の残した言葉の真意を量りかねていると、先生と入れ替わるようにしてボクと同じ学級の子だけに留まらず、他の学級の生徒たちまでもがこちらに押し寄せ、百頭竜との戦いを終えたボクたち三人のことを口々に称賛した。


「エセルちゃんたち本当にすっごいよ! 自分たちだって危ないのに、あんなとんでもない化け物と戦って、みんなのこと守ってくれようとしたんでしょう?」

「しかもたった三人で……だよ? 絶対に真似できないよね。エフェスちゃんやエセルちゃんの力は前々から群を抜いてるって思ってたけど、ここまでやるだなんて本当に驚いたよ」

「コレットちゃんだってきっとまだ病み上がりのはずなのに、そんな二人に最後まで付いていったんだからすごくない? しかも他の学級の子たちがコレットちゃんから逃げるのを助けてもらったって聞いたよ」

「私はコレットちゃんに助けられたんだけど……先に校舎に避難してた子たちにたった三人で戦ってる子たち居るんだって伝えたら、皆やっぱり少しでも力になりたいって言い出して、他の学級の子たちとも一緒になってこっちに来たんだ」

「ねぇねぇ、エセルちゃんだったっけ? 明日私たちと一緒に遊ぼうよ!」

「あっ、ずるい! それなら私たちとも!」


 何だかボクたちを取り巻いていた子たちの熱気が、ものすごいことになってきた。せっかくこうして厚意を寄せてくれているのだから、一人一人に応えたい気持ちが強くなってきたものの、その圧は百頭竜が現れた時のそれよりもずっと強く感じる。


「あ、ははは……その、えっと……」

「みんな、ありがとう! エセルはちょっと照れ屋さんなところがあるから、上手くは返せないみたいだけど、みんなの声を聞いてすごく嬉しいみたいだよ!」

「そうなの? あんなに強いのに、エセルちゃんってば可愛い!」

「可愛いっていえば、エセルちゃんが着てるあの水着も、お花畑みたいですっごく可愛くない?」

「う……そういえば姿が元通りになってるの、すっかり忘れてた」

「ふふっ、大人気だね、エセル」

「ほんとほんと、もう妬けちゃうくらいだよね。人気者はいいなぁ?」

「え、また人が増えて……ちょ、エフェス、そんなこと言ってないで助けてよ!」

「いやぁ、エセルさんはもう私の手が届かないところに行っちゃったんだなぁ……レティさん、私たちは残された時間を慎ましやかに楽しみましょうか?」

「な、何を馬鹿なこと……わ、ちょっと、引っ張らないで、わわっ!」


 そのままボクは学級の子たちが巻き起こした大波に攫われ、しばらく為すがままの時間を過ごすことになった。やっと皆から解放された頃には陽もすっかり暮れて、海は水平線の彼方に消えた太陽の残照を揺らめかせていた。


 ボクが自分のコテージに戻ると、エフェスたちは二人して海へと続く階段のところに座り、穏やかな潮風に吹かれながら会話をしていた。話を聞けばどうやら二人も他の子たちに付き合わされて、ここへはついさっき戻ってきたらしかった。


 時間的にはもう夕飯の頃合いだったものの、三人共がまずお風呂に入りたい気分だという意見で一致したので、今日は先に皆でお風呂を頂くことにした。



 ***



「ふわぁ、生き返るうぅ!」

「ふふ、エフェスったら。でも今日は本当、みんなにお疲れさまって言いたくなる感じ、かな」

「そうだね。まさかあんな化け物をボクたちだけでどうこう出来るとは夢にも思っていなかったから……もちろん、先生や他の皆の協力があってこそ、だけれど」

「でもさぁ、もしあの時私たちがあの変な洞窟に行ってなかったら、一体どうなってたんだろうね? だってそれが無かったらあの石だって無かったろうし」

「それはもう島中に……いや、下手をすればもっと広い範囲に被害が出ていたかも。あの百頭竜とかいう獣は、周辺の魔素を吸ってどんどん進化するらしいから」

「……だとしたら被害が大きくなる前に防げて、本当に何よりだよね。それにこんな私なんかでも力になれるってことが分かって……あんな大変なことの後で不謹慎かも知れないけど、私は嬉しかったかな」

「コレット……そっか」

「私、これまではずっと必要とされないばかりか、うとましくすら思われていたはずだから。ふふ、これでお姉さまたちやお父さまたちにも誇れることが出来たよ」


 コレットはそう言いながら胸に手を当てて、これまでずっと、家族の中で浮いた存在だった自分自身のことを褒めてあげているように感じられた。彼女は今回のことできっと、今まで持てなかった自信を真に持つことが叶ったのかも知れない。


「そういえばレティってさ、こっちに来るまではずっと学院をお休みしないといけないくらい体調が悪かったんだよね?」

「あ、うん。ずっと熱が続いて吐き気や眩暈めまいがしたり、あるいは急に胸が苦しくなって動悸や息切れがあったりして、とても学院に通っていられる状態じゃなかったんだ」

「そんなに……? だけど今は全然そんな感じ、しないよね? エセル」

「うん。そこまで酷かっただなんて、言われなければ全く判らないくらいだよ。やはり、この地に充溢している高濃度魔素が良い具合に作用しているのかな」

「そうなのかな……でも確かに、こっちに来てからはずっと調子が良い感じなんだ。前に療養していたラヴァルツォーネってところも良かったけれどね」


 話を聞く限り、コレットが悩まされた症状は悪気ミアズマによる病やそれの後遺症とは違い、どうやら体質的なものである様子で、彼女が学院に通い始めてからしばらくして突然、そういった異常が現れたらしかった。


「そうか……ねぇ、コレット。もし良かったらボクが一度、分析術アナライシスを施して、何かその症状が出るきっかけというか、手掛かりが掴めないか試してみようと思うんだけれど、どうかな?」

「えっ、私に分析術を?」

「エセルが使う分析術はちょっと変わっててね、物でも人でも、そのものに刻まれた記憶みたいなものまで深く読み取れるらしいの。だから本人が気づかないようなことでも新たに判ることがあるんだって」

「うん。身体からの声を聞く感じ……だね。かつては療法士ヒーラーが人の体内を、分析士アナライザーが物質を調べる時にそれぞれ使っていた術なんだ」

「そうなんだ。別に何の弊害も無いなら、調べてもらおうかな……?」

「大丈夫。ボクが自分の魔素を少しコレットに注入するだけだから、大した影響はないはずだよ。それじゃ、明日にでも調べてみよっか」


 コレットはもうきっと、自分に誇れるものと自信とを持っている。これからの彼女にとって他に必要なものがあるとすればそれは、突然悪化する彼女の不思議な体質を改善する手掛かりを得ることにほかならないと、ボクは思った。

 そのためにボクの力が役に立つのであれば、ぜひ力を貸してあげたい。


「さぁて、レティさん。今日は三人の中でも一番の活躍者だったエセルさんのお背中を、私たち二人で流して差し上げましょうか?」

「あっ、それは良いね! 私、やるやる」

「えっ? 二人で背中をってどういう……って、わわ、エフェス、急に後ろから押さないで!」

「ふふぅん。何時間か前に後ろから撃てって言った人の言葉とは思えませんなぁ。ほらレティ、エセルの手を引っ張って、特等席までご案内しちゃって」

「あっははは、はぁい。一名様ご案内、だね!」

「くっ、エフェスはまだしも、いつの間にかコレットまで強引に……人の影響って、本当に怖いものだなぁ……はは、もうどうにでもするといいさ……」


 もはや抵抗は無意味だと悟ったボクは、後から背中を押すエフェスと前から手を引っ張るコレットに身を委ね、されるがままの状態になった。しかしこの胸の奥から湧いてくる弾むような気持ちは、不思議と悪い感覚ではないようだった。

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