第三小節 三人寄ればかしましい?
浅瀬での一件があった後、ボクたちは砂浜の方に移動し、
そして夕刻を迎え、校舎にある食堂へと移動したボクたちは、皆が自分の好きなものを選んでお皿へと運んでいく、ビュッフェ形式の食事を取ることになった。
「いやぁ……好きなものを食べたいだけ食べられるって、最高の幸せだよね」
「えっ? エフェス、一人でそんなにお料理をお皿に盛って大丈夫なの……?」
「あぁ、コレット。これ、いつものことだから心配は要らないよ。本当、気付いたらぺろりと平らげてしまっているから」
「二人はそんなにちょっとで大丈夫なの? エセルもそんなんじゃ大きくなれないよ? その……リゼお姉ちゃんやシャル姉さまみたいに、色々と」
――色々というのは、一体何のことを言っているんだろう?
まぁ、わざわざ突っ込んで訊くのは野暮ってものなのかな。
「私、もともと食が細い方だから、とりあえずは自分が食べられそうな分だけ取ってきたんだ。だから一杯食べられるエフェスのこと、ちょっと羨ましいかも」
「ボクは、色々なものを少しずつ楽しみたい方だから、まずはこれだけって感じかな。まぁ様子を見ながらまた追加で取ってくるよ」
「ふぅん。なら私もエセルと同じ感じかな。まずはこのくらいって感じだし」
「ボクと同じって、最初からそんなにたくさん盛っておいて、一体どの口が言っているんだろう……」
それからシャル姉さまたちに教わった通り、いただきますと食材への感謝を告げて、三人での夕食が始まった。シャル姉さまやメルたち以外の人と一緒に食事を取るのは、ボクにとっては初めてのことで、何だか不思議な感じがした。
「そういえば、エフェスとエセルって、見た目がとてもそっくりだけど……双子ってわけじゃないんだよね? 名前を見た限り、名字が全然違っていたし」
「あ、レティ。それはね――」
ボクたちの出自に纏わる真実は、その特殊性からごく一部の人間しか知らない、文字通りの極秘事項となっている。実際、ボクたちが作られた存在であると語ったところで、その言葉を鵜呑みにするような人はまずいないだろう。
そこで、見た目が瓜二つなボクたちの関係について誰かから訊ねられた際には、もとは双子だったものの、生まれてすぐ親に捨てられたあとに救児院で保護され、その後別々の親元に貰われたのだという説明をするようにしている。
そしてボクたちからその話を聞いたコレットは、迂闊なことを訊いてしまったといわんばかりの、実に申し訳なさそうな表情を浮かべていた。
「そう、だったんだ……二人とも、ごめんね。せっかく楽しい食事の時間なのに、辛い過去のことを話させてしまって……」
「あ、いいのいいの。私もエセルも捨てられた記憶自体はないし、親の顔なんて知らないもん。だけど今は二人ともちゃんと帰れる家があるし、何でも話せるあったかい家族だっているからね!」
「あったかい家族、かぁ……ふふ、とっても素敵だね」
家族という単語をエフェスが口にした途端、コレットの顔色が急に曇ったような感じがした。ひょっとすると彼女にも、家族に纏わる何かがあるのかもしれない。
「……ん? コレット、どうかしたの?」
「え? あ、ううん。何でも」
「そう? 何かちょっと物憂げな顔をしていたから、一応気になって訊いてみたんだ。けどもし何か胸につかえていることがあるのなら、エフェスやボクに話してみれば、少しは気分が楽になるかもしれないよ?」
「そうだよレティ。私たちせっかく三人組になったんだから、お互いのこと、色々話していこうよ。もちろん、嫌なことは無理に話さなくても大丈夫だから!」
「うん。ちなみにボクが最近嫌だなと思ったのは、エフェスがボクの住んでいる屋敷に遊びに来て、いつの間にかボクの分のおやつまで食べちゃったことかな」
「ちょ、あれはエセルの分だとは思わなかったって言ったでしょ?」
「ふふふっ、そんなことがあったんだ? 二人とも、もとは双子だって話だけど、雰囲気は全然違う感じだよね。でも根が優しいところは、どっちも同じみたい」
そう言われたボクとエフェスはお互いを見合いながら、何だか不思議な気分になった。ひょっとするとこれは、前にメルたちが言っていた照れくさいという感情なのかもしれない。
「まぁエフェスが優しいってところは、確かに解るかな。普段はやりたい放題で図々しいし、盗み食いはするし、それに恩着せがましいところもあるけれど、よくボクのことを見ていてくれている感じがするというか、結構元気をもらってる、かな」
「ん、何だか私……褒められてるのか貶されてるのか判らない、ような?」
「ふふっ、エセルはエフェスのこと、きっと褒めているよ。ほら、面と向かって直接言うのって結構恥ずかしいからこう、ちょっと遠回しに、ね?」
「むぅ。そうなの、かな? ね、ところでレティは今までどんな感じで過ごしてきたの? 何だか身体が弱いって聞いたけど、ずっと昔からそうなの?」
「あ、うん。身体が病弱なのは元々なんだけれど、遠い場所で療養していたのは他にも色々と、あって……」
するとコレットは、少しの間を置いてから、やがてゆっくりとした口調でボクたちに自分のことを語り始めた。
コレットはフィルモワールでも名の知れた魔術士の家系、ベルリオーズ家の三女として生まれ、幼い頃から魔術に関する英才教育を受けて来たのだという。
彼女は、魔術の素養こそは高かったものの、力の制御がどうにも上手く行えず、上の姉二人に陰で
しかし、一際病弱な体質だったコレットは、その修練も長く続けることが叶わず、また優秀な姉たちに病気を移す可能性もあったことから、次第に両親からも疎んじられ、半ば隔離をするかのように、遠地で療養生活を強いられることが続いた。
その体質は、コレットがこの魔術女学院に通うようになってからも一向に改善せず、彼女は姉たちのように親からの愛情を十分に受けることが叶わないまま、今に至るまで長く一人ぼっちでの暮らしを余儀なくされていたらしかった。
「そっかぁ……うん、分かる。寂しいよね、一人ぼっちってさ。私もその……今のお母さんたちと出会う前に、ずっと一人きりだった時期があったけど、誰も自分のことを知らなくて、何処にも頼る人が居ない状態って……ほんと、辛かったもん」
「ん……」
エフェスが言っているのはきっと、ボクが生みの親たちからの命令でエフェスを抹殺しようとしていた頃に、一人きりで逃げていた
あの時のボクは感情の無いただの操り人形で、エフェスはそれこそ寄る
「こう言っちゃなんだけど、出来の良い上のお姉ちゃんたちばかり可愛がって、病気がちなレティを邪険にするのは、あんまりだよ……。いくら名門だからって、要らない子みたいに扱われたら……私、考えただけで胸が、張り裂けそうになるもん」
「ううん、きっとお母様やお父様は何も悪くないの。責められるべきは、せっかく寄せられた期待に何一つ応えられなかった弱い私だと、思うから……」
「私はそうは思わない。私、レティのお母さんやお父さんのこと、何も知らないし、悪く言ったらレティが嫌な気分になるかもしれないけど、レティは何も悪くなんて、ないよ。責められる理由なんて、もっとない……」
コレットが置かれてきた境遇は、形こそ違えどシャル姉さまやメルのそれに似ているところがあるように感じられる。
いずれも皆、求められた期待に応えて認められようと自分なりに必死に生きて来たものの、望んだものは得られずに、心ばかりが傷ついて疲れ果てていったんだ。
感情と呼べるようなものを最近まで持っていなかったボクが、こうして思いを馳せるのも妙な話ながら、せめてこのコレットにも、今ボクやエフェスが与えてもらっている、家族が家族を想いやる気持ちのようなものがもう少し注がれていたなら、身体は病弱なままでも、その心は幾分か晴れやかだったのかも知れない。
「……エフェスの言う通りだよ。コレットが自分のことを
「うん。だからね、レティ。こうして会えたのも、私は何かの縁だと思うから……もしレティが良かったら、私たちとお友だちになろうよ。私、自慢じゃないけど結構すごい人たちに囲まれてて、色々、力になれることもあると思うんだ」
「私と、お友だちに?」
「そうそう。私自身は今日だけでも、一緒に遊んだり、お互いのことを話してごはんまで食べているんだから、とっくに友だちになれたって思っているけど、一番大事なのはレティの気持ちだと思うからさ」
「……ありがとう、エフェス。もちろん、エセルも。そう言ってくれて、本当に嬉しい。私、こんな風に言ってもらえたの、初めてのことで……上手く言えないけど、こんな私でよければぜひ、お友だちになって……ください」
コレットはそう言いながら腕を伸ばし、ボクたちのそれぞれに握手を求め、エフェスが間髪を入れずそれに応えて、ボクも彼女に続くかたちでコレットの白い手をぎゅっと握り返した。
「ふふっ、これで私たちもうずっと友だちだよ! これからはもう堅苦しいのとかも全部抜きで、一人で抱えきれないことは皆で一緒に考えていこうよ。三人寄れば何とかの知恵っていうし」
「
「んもう、細かいことはいいの! とにかく、そういうわけだから! レティ、改めてだけど、どうかこれからもよろしくね?」
「……うん! こちらこそ!」
それからコレットの憂いを帯びていた表情が、みるみる明るくなっていき、さらに和やかな雰囲気の中で話が弾むうちに彼女は食欲までも沸いて来たのか、最終的にはボクよりもずっと多くの量を平らげてみせた。
「ふぅ、食べた食べた。お腹いっぱいでほんと幸せな気分だよ。それにレティも最初は小食だ、なんて言っていたけど、結構食べれるんじゃない!」
「ふふっ、そうみたい。エフェスが楽しそうに食べている姿を見ていたら、何だか私までお腹が空いてきちゃって。結局こんなに食べちゃった」
「ボクはそんな二人を見ているうちに満腹になった感じ、かな。ともあれ、思った以上に有意義な時間を過ごせたなって思うよ」
「お? エセルがそんなこと言うなんて珍しいね。こりゃ明日雨とか降るかも?」
「……お望みならまた、頭の上から大きな滝でも落とそうか?」
「うぅんと、それはちょっと、遠慮しとこうかな。はは……」
「ふふふっ。二人って本当に、仲が良いんだね?」
それを聞いたボクとエフェスが、揃って『どこが?』と言おうとしたことにお互いが気付いて、二人してその最初の一文字目を口で象ったまま固まってしまい、その続きをすぐに呑み込む結果になったのはちょっと複雑だった。
***
その後、ボクたちは皆が一緒になって利用する大浴場で一日の汗を流し、変温器がある部屋でしばらく涼んだあと、寝間着に着替えて歯を磨き、いつでも眠れる状態にして、自分たちに割り当てられていた水上コテージへと戻ることにした。
ちなみに明日からは実技を伴う修練もあるためか、校舎から出る際に先生たちからは早めに休むようにと言われた。
「ふぅ、何だかあっという間の一日だったね。明日からは結構忙しくなるみたいだけど、この三人でなら楽しくやれそうな気がするよ」
「私も。ただ、エフェスとエセルはどちらも魔術が物凄く堪能みたいだし……私、二人の足だけは引っ張らないように頑張るからね」
「ふふ、そんなの気にしなくて大丈夫だよ。ボクも面倒そうなことはエフェスに丸投げするつもりだから」
「あの……聞き間違いじゃないと思うんだけど。今さらっと、とんでもないこと言ったよね、エセル?」
「あはは。きっとそれだけエフェスを信頼しているってことだよ」
「全くもう。素直じゃないよね、エセルは。でもレティ、どんな課題もみんなで協力すればぜんっぜん余裕だから。肩の力なんて抜いて、気楽にいこうよ!」
「うん。ありがとう、エフェス」
月明かりに浮かぶ海は、ありとあらゆるものを洗い流す爽やかな風を伝え、のたりのたりと乗せては返す波の音が、実に心地よい囁きとなって、この耳を優しく撫でてくれているように感じられた。
そしてコテージの中でボクが静かに読書に耽っていると、コレットと二人で仲良く話していた様子のエフェスがおもむろに立ち上がって、海へと繋がる階段がある方へと歩き出していったようだった。
「はぁ……涼しくって、気持ちいいな。でもやっぱり海っていいよね。朝も昼も夕方も、それから夜も。みんな全然違う顔をしてるけど、いつ見てもほんと素敵だなって思うよ。中でも夜の海は……ん?」
「あれ、どうしたのエフェス?」
「いや、何か海の表面がきらきらってしてない? ほら、レティも見てみなよ」
「ん……? あ、本当だ」
「ほら、エセルも!」
「え? わわっ、首を無理やり曲げないでって……ば?」
エフェスによってボクは視線の先を強引に変えられたものの、その瞳が捉えたものは、波が階段やコテージの柱に寄せる度、その波面が青く発光しているかのように煌く、実に幻想的な光景が広がっていた。
「これは……」
「ね、すごいでしょ? 何でこんなにきらきらしてるんだろ……」
「ん、ひょっとしたら最初に貰った冊子に何か書いてあるかも」
ボクが冊子の中身を丁寧に確認してみると、ある時刻を迎えると自ら青い光を放つ夜光虫なるものがこの内海でも見られるとの記述が目に留まった。最初に冊子を貰った時には、簡単にぱらぱらと流し読みしていたせいで、全く気付かなかった。
「へ? やこう、ちゅう? これって虫の仕業なの?」
「そういうわけじゃなくって……ええっと、この辺に昔から居る本当に小さな生き物で、便宜上そう呼んでいるみたい。現地ではノクチルカって言うんだってさ」
「そうなんだ? じゃあノクちゃん……チルちゃん、ルカちゃんって感じだね!」
「ふふふっ、何それ……」
「ああして光るのは、物理的な刺激でそうなっているんだって。だから波打ち際にこのきらきらが集中しているように見えるんだね。本当に不思議だよ」
「よぉし、ならちょっと試して見なくっちゃ。ほら、二人ともこっちに来て!」
するとエフェスは海へと続く階段を足早に下りていくや否や、その両手でばしゃりと波を掬って水鞠をたくさん飛ばして見せた。
「わあっ、ふふ! 見て見て! 手でばしゃってしたら、そこから飛んでった水にも反応してきらきらがいっぱいに拡がったよ!」
「私も、やってみたいかも……」
「ほら、レティも真似してみて?」
「うん! ……えいっ」
コレットがエフェスに倣って、寄せる波を勢いよく両手で掬い上げると、その飛沫があちこちに飛散して、煌きの波紋が方々へと拡がっていく光景が見えた。
「ん……とっても、綺麗だね。雨なんか降ったら一体どうなるんだろう?」
「ね、ちょっとだけやってみよっか? さすがに雨を降らせるのは無理だけれど……こう、ちょちょいと魔現を使ってさ?」
「それなら、風の魔現で広く波立たせてみるのはどうかな?」
「風の……? なるほど! じゃ少し強めの風を吹かせてみようっと!」
エフェスはそう言うと、手元に風の魔素を引き寄せ、ゆっくりかつ大きく息を吸い込み、それを吐き出すと共にその両手を正面へと勢いよく突き出した。
「
エフェスが紡ぎ出した風の魔現は、穏やかだった波間を慌ただしく騒がせながら内海を疾風の如く駆け抜けてゆき、辺り一帯の海面が、まるで果てしなく広がる夏空のように青く澄み渡っていった。
「うわっはっ! これはすんごいや!」
「わぁ……夜の海に空が広がっていくみたいで、すっごく綺麗……」
「ふふ。なかなかどうして、こういうのも悪くないね。あんまりやると先生たちが気付いて怒鳴り込んで来そうだけれど……もう一回だけ、見てみたいな」
「お? エセルからのお願いなら、聞かないわけにはいかないなぁ……じゃあもう一回、おかわりいくよ? せぇ、のっ……!」
そしてエフェスがもう一度、辺りの波面を一斉に
「はぁ……楽しかった。また明日の夜もやっちゃおっか?」
「ふふっ、知らない間に他の子たちの楽しみにもなっちゃったりして」
「さて、面白い光景も見せてもらったことだし、ボクはそろそろ休もうかな」
「あっ、エセル。久しぶりに一緒のお布団で寝ようよ! あの寝台、結構大きいから全然余裕でしょ?」
「えっ、一緒に? 別に、構わないけど……いびきとか立てたら起こすからね?」
「大丈夫大丈夫。ね、レティも一緒においでよ。三人でくっついて眠ろ?」
「わ、私も……? うん、私も良いけど……三人も入れるかな?」
「ふふぅん、早速試してみよう!」
寝台は二段式になっているものと、大人が二人入れるほどの余裕がある寝台がそれぞれあり、後者の方であれば三人が一緒に入っても、ボクたちぐらいの体格なら綺麗にすっぽりと収まりきるほどの大きさがあった。
エフェスはその大きな寝台へ飛び込むようにして潜り込み、ボクとコレットに手招きをするような仕草を見せた。
「ほら、私が両手を広げてもこんなに余裕があるよ! ぜんっぜん大丈夫だね」
「本当、自分の好きなように持っていくのが上手いんだから。しょうがないから行こうか、コレット」
「あっ、うん! ふふっ」
それからややあってボクはエフェスの右隣り、コレットはその左隣りにとエフェスを挟み込むようにしてそれぞれ位置取って、灯りを消したあと、三人で川の字のようになって眠ることにした。
「ふわ、あぁ……それじゃあ今夜はおやすみ、エセル、レティ。また、明日も一杯遊ぼうね」
「遊びもいいけど、修練もちゃんと頼んだよ、エフェス。コレットもまた明日はよろしくお願いするよ。じゃ、二人とも良い夢を」
「今日は、私のお友だちになってくれて本当にありがとう……エフェス、エセル。どうかこれからもずっと、仲良くしてね。では二人とも……おやすみなさい」
そして目を閉じたボクは、程なく心地よい眠気に誘われ、波の音を子守唄代わりにしながら、緩やかに眠りへと落ちていった。明日もまた、こんな夜を皆で迎えられればいいなと心の中で願いながら。
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